支援要請
その喧騒から離れ、セレンは小高い丘の上に一人で立っていた。
手には、血で少しにじんだ地図と戦後の報告書としてまとめた資料。
そして、足元には報告に使う魔法陣が淡く光を放っている。
──勝った。だが、まだ完成ではない。
「……1%。本来、4%を見込んでいたはず。部隊の損耗率が甘く見積もられていた……?」
いや、違う。
見積もりは正確だった。誤算だったのは、兵たちの動き。
そして──あの二人。
「……やはり、“ゼイル”と“ガロット”という駒は、既存の枠に収まらない」
彼らの存在が、兵たちの士気を押し上げ、判断力を底上げし、戦術を凌駕した。
「……この戦線は、まだ伸ばせる」
セレンの指先が、魔法陣の中心を軽く叩いた。軍令帳の魔法陣の中心を軽く叩く。
《発信:第三方面軍団長代理 セレン・カリス・レオント
宛先:第一方面軍団長ヴォルテス・カランドール将軍》
老いた軍団長の姿が半透明に映し出された。
「セレンか、此度はどうした」
これまで何度もつながり、支援を受けてきた老将軍。
その顔を見ながら、セレンは即座に頭を下げた。
「第三軍、初陣を以て補給路の防衛に成功。ただちに再編に移行するにあたり、以下を要請します」
・予備兵一千名の派遣(訓練済の軽装歩兵)
・医療物資、魔導燃料、補給車三十台
・弓兵三隊の臨時転属(熟練を優先)
表示された文字を見て、老軍団長はしばし黙し、次いで微かに笑った。
「やっとお主が、軍の頂にふさわしくなってきたようじゃの。よかろう、すぐに回す。国王には……私から言っておこう」
「感謝します、カランドール将軍」
「……余計な遠慮は要らん。お前は最初から軍団長の器だった。今さら、お前の判断を疑う必要なぞない。…西方はどうだ?」
セレンは短く頷き、答えた。
「現状は順調です……ですが、正直言って困惑しています。兵の損耗がほとんどなく、ほぼ無傷で戦力を維持しているのです。ここまで生存率が高い戦場は未だかつてありません」
長く王国の軍団長として国防を担ってきたヴォルテス・カランドールは深く息を吐き、微かに微笑んだ。
「ふははは!そのような話を聞けるとはな。お前がどんな采配を振るっているか、ずっと気になっていた。しかし、セレン嬢が困惑するか」
「率直に言えば、私の計算が狂いっぱなしです。だが、これもお前らが望んだ結果。新たな戦法として、こちらも計算し直すしかありませんね」
ヴォルテスは言葉を続けた。
「優秀な将が生き残り、部隊を無傷でまとめているのだ。これは我々にとっても望ましいことだ」
セレンは胸の中にわだかまりを感じながらも、それを隠した。
「物資は十分か?」
老将軍の後ろから聞こえたのは第5軍団長。諜報と魔法、衛生など戦いにおいて欠かせない要素をつかさどる軍の長だった。
セレンはゆっくりと顔を上げ、硬い表情のまま答える。
「やっと、戦えるようになった。彼らの士気も確実に高まっている」
第5軍団長は目を細め、安堵の色を浮かべた。
「それを聞いて安心した」
「必ず、この地を取り戻します」
そう言い切ったセレンに、二人の軍団長は静かにほほ笑んだ。
「セレン、武運を祈っている」
映像が消える。
セレンはふっと、わずかに肩を落としたように見えた。
丘の上、セレンは再び地図を巻いて立ち上がる。
戦はまだ続く。
けれど、この一歩は、確かに未来へと進んだ。
ふと、野営地の笑い声が風に運ばれてくる。
──それを、守るために戦っている。
「……良い夜だ」
誰にともなく呟いたセレンの表情は、どこか柔らかかった。