新生・第三軍―はじまり
火の周囲にいた兵士たちが一人、また一人と外套にくるまり、焚き火の傍でまどろみはじめていた。
その中にあって、セレン、ゼイル、ガロットの三人だけは、まだ目を閉じなかった。
沈黙が、しばし流れる。
パチ、と乾いた音を立てて火が弾ける。
それに合わせたように、ゼイルがぽつりと口を開いた。
「──俺はな、セレン。正直言うと、最初あんたのこと、嫌いだった」
ガロットが茶を吹き出しそうになったが、ゼイルは止めなかった。
「どこか冷たくて、感情が見えなくて。人を“駒”みてぇに扱う奴なのかと思ってた」
「否定はしない」
セレンの返答は、静かだった。
「そうだろうな。……でも、今は、違う」
ゼイルの青い瞳が、金の瞳とまっすぐに交差する。
「今日、誰一人として死なせなかった。あんたの采配で、皆が生き延びた。……その事実だけで、俺はもう、あんたを“指揮官”として信じられる」
セレンは少しだけ視線を外した。
自分が“感情”で測られることに、未だ慣れていないのかもしれなかった。
「……君がそう言うなら、そうだろう」
「おいおい、せっかくの感謝の言葉、もう少しありがたがってくれよ」
ガロットが茶を啜りながら、にやりと笑う。
「私は“結果”に重きを置く。……だが、兵たちの言葉が、時に結果を超えることも、最近ようやく学びつつある」
セレンは、そう静かに続けた。
その声音に、不器用ながらも確かに“変化”が感じられた。
ガロットは火を見つめながら、湯気を立てる鉄鍋をかき混ぜた。
「……こいつはあれだな。たぶん、“始まり”ってやつだ」
「始まり?」とゼイルが聞き返す。
「ああ。まともな軍になる、始まり。兵が帰ってきて、指揮官がいて、火を囲んで飯を食って、明日の戦を語れる。──俺たちは、やっと“戦線”を手にしたんだよ」
その言葉に、セレンは短く息をついた。
「そうだな」
彼女が小さく呟く。
「この炎の数だけ、命がある。この炎の温かさの分だけ、次の戦で守れるものがある」
その言葉に、ゼイルもガロットも答えはしなかった。
ただ、火を見つめていた。
──ふと、遠くから風が吹いた。
焼け残った草木が揺れ、焚き火の火が一瞬だけ細くなる。
けれど誰も動じない。
彼らは、今夜だけは火を囲んでいられることを知っていた。
明日にはまた剣を握り、命を張る日々に戻る。だが、今は──ただ、静かな夜を味わっていた。
それは、ほんの短い安息。
だが、確かな“前進”の夜だった。
そしてその中心に、セレンという名の若き准将がいた。
誰よりも冷徹に、誰よりも合理的に、そして今は、誰よりも深く、兵たちの命を考える“指揮官”として。
やがて、セレンは一人立ち上がる。
「……すまないが、私は先に戻る。明日の行軍計画を再調整する」
「もう?」
ゼイルが少し驚いた顔をする。
「休息は必要だが、思考を止めるわけにはいかない。明日の“最適”は、今夜のうちに導き出さねばならない」
「ほんと、あんたらしいな」
ガロットが笑いながら言った。
「……じゃあ、俺らはもうちょい火にあたってる。寒くなったら呼んでくれ」
セレンは無言で頷いた。
焚き火を背にし、静かに歩き出す彼女の背には、もはや“若すぎる女将”という色眼鏡はなかった。
そこにあるのはただ、“戦場を生き抜く者たちの指揮官”という、確かな信頼だけだった。
──明日もまた、戦は続く。
だが今夜だけは、生き延びた者たちがひととき火を囲み、互いの存在を確かめ合う。
その夜の火は、静かに、そして力強く、彼らの胸の中に灯り続けた。