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死神が下りた戦場で  作者: りん
本編
22/57

新生・第三軍―はじまり

火の周囲にいた兵士たちが一人、また一人と外套にくるまり、焚き火の傍でまどろみはじめていた。


その中にあって、セレン、ゼイル、ガロットの三人だけは、まだ目を閉じなかった。




沈黙が、しばし流れる。




パチ、と乾いた音を立てて火が弾ける。


それに合わせたように、ゼイルがぽつりと口を開いた。




「──俺はな、セレン。正直言うと、最初あんたのこと、嫌いだった」




ガロットが茶を吹き出しそうになったが、ゼイルは止めなかった。




「どこか冷たくて、感情が見えなくて。人を“駒”みてぇに扱う奴なのかと思ってた」




「否定はしない」


セレンの返答は、静かだった。




「そうだろうな。……でも、今は、違う」




ゼイルの青い瞳が、金の瞳とまっすぐに交差する。




「今日、誰一人として死なせなかった。あんたの采配で、皆が生き延びた。……その事実だけで、俺はもう、あんたを“指揮官”として信じられる」




セレンは少しだけ視線を外した。


自分が“感情”で測られることに、未だ慣れていないのかもしれなかった。




「……君がそう言うなら、そうだろう」




「おいおい、せっかくの感謝の言葉、もう少しありがたがってくれよ」


ガロットが茶を啜りながら、にやりと笑う。




「私は“結果”に重きを置く。……だが、兵たちの言葉が、時に結果を超えることも、最近ようやく学びつつある」




セレンは、そう静かに続けた。


その声音に、不器用ながらも確かに“変化”が感じられた。




ガロットは火を見つめながら、湯気を立てる鉄鍋をかき混ぜた。




「……こいつはあれだな。たぶん、“始まり”ってやつだ」




「始まり?」とゼイルが聞き返す。




「ああ。まともな軍になる、始まり。兵が帰ってきて、指揮官がいて、火を囲んで飯を食って、明日の戦を語れる。──俺たちは、やっと“戦線”を手にしたんだよ」




その言葉に、セレンは短く息をついた。




「そうだな」


彼女が小さく呟く。




「この炎の数だけ、命がある。この炎の温かさの分だけ、次の戦で守れるものがある」




その言葉に、ゼイルもガロットも答えはしなかった。


ただ、火を見つめていた。




──ふと、遠くから風が吹いた。


焼け残った草木が揺れ、焚き火の火が一瞬だけ細くなる。




けれど誰も動じない。


彼らは、今夜だけは火を囲んでいられることを知っていた。


明日にはまた剣を握り、命を張る日々に戻る。だが、今は──ただ、静かな夜を味わっていた。




それは、ほんの短い安息。


だが、確かな“前進”の夜だった。




そしてその中心に、セレンという名の若き准将がいた。


誰よりも冷徹に、誰よりも合理的に、そして今は、誰よりも深く、兵たちの命を考える“指揮官”として。




やがて、セレンは一人立ち上がる。




「……すまないが、私は先に戻る。明日の行軍計画を再調整する」




「もう?」


ゼイルが少し驚いた顔をする。




「休息は必要だが、思考を止めるわけにはいかない。明日の“最適”は、今夜のうちに導き出さねばならない」




「ほんと、あんたらしいな」


ガロットが笑いながら言った。




「……じゃあ、俺らはもうちょい火にあたってる。寒くなったら呼んでくれ」




セレンは無言で頷いた。




焚き火を背にし、静かに歩き出す彼女の背には、もはや“若すぎる女将”という色眼鏡はなかった。


そこにあるのはただ、“戦場を生き抜く者たちの指揮官”という、確かな信頼だけだった。




──明日もまた、戦は続く。


だが今夜だけは、生き延びた者たちがひととき火を囲み、互いの存在を確かめ合う。


その夜の火は、静かに、そして力強く、彼らの胸の中に灯り続けた。

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