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死神が下りた戦場で  作者: りん
本編
21/57

戦の夜、静けさの中で

広がる野営地の焚き火は、冷え込む夜空をほんのり温めていた。

兵士たちは互いに肩を寄せ合い、長い戦闘の緊張を解き放つように笑い声を響かせている。


「おい、聞いたか? ゼイル様が前線で雷のごとく突撃してたってよ」

「おお、あの青い瞳の剣士か。俺もあの突撃で何度助かったことか」

「ガロット殿が後ろでしっかり守ってくれなきゃ、あの突撃はただの無謀だったろうな」


兵士たちのざわめきは、勝利の実感をひとつひとつかみしめるようだった。

顔を汚し汗を流す若い兵士が、酒壺を手にして言葉を継いだ。

「温かい飯に、暖かい酒。これ以上のごちそうはねぇな」


食糧配給のトラックが到着し、焚き火の周囲に歓声が上がる。

久しぶりの温かい食事に、兵士たちの疲れ切った表情がほころんだ。


ゼイルはその様子を静かに見守りながら、飯盒の中の飯を手に取った。

「みんな、生きていてよかったな」

隣のガロットも酒を口に含み、にやりと笑う。

「だがまだ油断はできねぇ。セレンはもう次の策を練っている」


疲れた表情の中にも、不思議な安心感があった。

彼らにとってセレンはもはやただの若き指揮官ではない。生き残るための羅針盤であり、鋭い知恵の象徴だった。やがて、火の周囲に集まる兵たちが徐々に眠りにつきはじめたころ、ゼイルとガロットも一息ついたように腰を下ろしていた。

二人の間に置かれた鉄鍋からは、まだ湯気が立っていた。煮込まれた野菜と肉の匂いがほんのりと漂う。


「うまいな」

ゼイルが短く言うと、ガロットがこくりとうなずいた。

「体があったまる。……何日ぶりだ、こうやって落ち着いて飯を食うのは」


「多分、10日ぶりくらいだな」

ゼイルが言うと、ガロットはひとつ苦笑し、隣に転がっていた酒壺を片手で掲げた。

「兵どもが喜んでるのは、温かい飯と、この酒だ。あと、あんたの突撃か」


ゼイルは肩を竦める。

「俺はただ、できることをしただけさ」


「おまえはちっとは自覚した方がいい。おまえの突撃で何人の命が繋がってるか。……まあ、それでも自惚れねぇとこが、おまえらしいがな」


その時だった。静かな足音が、焚き火に近づいてきた。


「──いい夜だな」


その声に、二人は同時に振り返った。

薄闇に白銀が揺れる。

夜具の外套のまま、セレンが姿を見せた。表情は相変わらず読めない。


「……将軍殿」

ガロットが先に立ち上がり、礼をとる。

ゼイルも後に続いた。

「お疲れさまです」


「座れ。今は非公式だ」

セレンの声は落ち着いていた。

「命令はしない。……感謝を言いに来ただけだ」


ガロットは意外そうに眉を上げる。

「感謝……ですか?」


「想定よりも損耗が低かった」

セレンは言う。

「この結果は、私の計算にない。……だが、望ましい“誤差”だった」


ゼイルが微かに笑う。

「失礼ですが、それは……俺たちの手柄ってことで?」


「手柄かどうかは、今は問わない。ただ、事実として……あなたたちがいなければ、今夜、ここに宴はなかった」


セレンの声には、珍しく静かな熱があった。

それを感じ取ったのか、ガロットはふと目を細めた。


「……あんた、ほんとに若いな。こんな戦、他の奴らじゃ無理だったろうよ。准将だか軍団長代理だか知らねぇが、実質、あんたがこの戦線の命運握ってる」


「そう思って動いている」

セレンは即答する。


火の灯りが、彼女の金の瞳を照らした。

まるで氷の奥で、なにかがじっと燃えているようだった。


「──だからこそ、あなたたちを計算の外に置かざるを得ないのが、問題だ」

「……それ、どういう意味で?」

ゼイルが聞く。


「おまえたちは将でも兵でもない。指揮系統に収まらない動きをして、結果を出す。……規格外だ。軍の機構に当てはめるのが難しい」


ガロットがにやりと笑った。

「つまり“使いにくい”ってこったな」


「“使いにくい”が“必要だ”でもある」

セレンは認めた。

「これから先、あなたたちをどう活用するか、私はまだ明確な答えを持っていない。だが、必要であることは確かだ」


その言葉に、ゼイルは真顔になった。

「……答えが出るまで、俺たちはどうすれば?」


「自分たちの信じた通りに動け。私が後から、それを策に取り込む」


即座にそう言えることが、セレンという将の異質さだった。

軍の常識を壊すのではなく、編み直す。今ある手札を最善に組み上げて使う。


ガロットは酒壺を傾けながら、しみじみと言った。

「こりゃ、やっぱ面白い女だな」


「……なんか言ったか?」

セレンが一瞬眉をひそめる。


「いや、こっちの話だ」

ガロットが肩をすくめ、火のそばに戻る。


ゼイルも静かに座り直し、火の中を見つめた。

そして、ぽつりと漏らす。


「……この夜のこと、俺は多分忘れねぇよ。誰も死なずに、皆で火を囲めた。そんな戦、今までなかったからさ」


セレンは黙ってその言葉を聞き、そして小さく頷いた。


「忘れないでくれ。──これから先、もっと苦しい夜が来る。その時、今夜の火を思い出せ」


夜の空気が、少しだけ温かく感じられた。

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