新生・第三軍、初陣へ
荒廃した西の地に再び、軍靴の音が響いた。
戦線崩壊から数ヶ月。各地の散兵を拾い集め、砦を補修し、
野営地を点在させて連携網を敷いた第三軍は、ついに一つの軍としての体裁を取り戻した。
その矢先、最前線の補給路が敵襲を受けたとの報が届いた。
現地の駐屯部隊は壊滅、わずかに逃げ延びた伝令兵が駆け込んでくる。
「セレン将軍。敵は……おそらく、西王国の騎馬隊です。補給路を断ち、我らの背を撃つつもりかと……!」
地図を広げるセレンは、即座に状況を把握した。
狙いは明らかだった。補給を絶ち、再建したばかりの第三軍を再び崩壊させる。
だが、彼女の言葉に迷いはなかった。
「迎撃する。ゼイル、北の谷から突撃隊を率いて回り込め」
「了解。久々に馬に乗れるな」
「ガロット、平野を封鎖し、敵が逃げ道を取れぬよう包囲を固めろ」
「まかせときな。盾の出番だな」
セレン自身は中央の高地に陣を敷き、砦の射程圏内から指揮を取った。
魔法通信と魔導地図を通じて、各中隊・小隊へ細かい命令が刻々と飛ぶ。
それは、精密機械のような連動だった。
戦闘開始直後、兵の中には戸惑いもあった。
「この布陣、本当にうまくいくのか……?」「突撃を、先にしかけるのはあの人でいいのか……?」
だが、ほどなくしてそれは吹き飛ぶ。
ゼイルの部隊が、谷間から煙を上げながら敵本隊の背後に襲いかかったのだ。
雷鳴が轟く。
剣が煌き、突き進む彼の姿に、誰もが目を奪われた。
「おい、あれ、ゼイル様じゃねえか!」
「なんだよ、ひとりで十人斬ってんぞ!」
だが、ゼイルが暴れられるのは背後を任せられるからだ。
その背を守るようにガロットが布陣を敷き、敵の迂回隊をすべて受け止めていた。
「こっちは通さねえよ、坊やたち。全員、通行止めだ」
敵兵を打ち払いながら、手負いの兵に声をかけ、指揮官を守り、補給路の確保にまで気を配る。
彼の隊にいた兵たちは、知らぬ間に声を揃えていた。
「盾は任せた、ガロットさん!」
「当たり前だ、俺はそういう役目だ」
そして、遠く高台から冷たく鋭い指示が飛ぶ。
「第二小隊、側面展開。前方は雷撃の余波に注意しろ。砲撃座標、山の尾根、三時方向――」
砦の上から指示を下すセレンの声は、一糸の乱れもなく的確だった。
情報、動線、残存兵力すべてを把握した采配。
それに従えば、生き残れる――そう、誰もが肌で理解していく。
──ある若い兵士の記憶。
最初、彼は逃げ回っていた。戦争が怖くて、仲間が次々倒れていって。
こんな戦なんて、と思っていた。
けれど、指揮官のあの声を聞いたとき、思ったのだ。
「この人に従ってれば……本当に、生きて帰れるかもしれない」
ゼイルの背を追って走った。
後ろから、ガロットの仲間たちが守ってくれた。
高台の砦から、魔法の光が空を切り裂いて、彼らの進む道を拓いていった。
息を切らし、剣を振るいながら、その兵士は泣きそうになっていた。
「本当に……生きてる、俺……」
補給路を狙った敵軍は、わずか半日で壊滅した。
包囲、突撃、射撃、魔法すべてが一つの輪のように連動し、無駄のない勝利を収めたのだ。
兵の損耗、わずか3%。
その中には戦闘不能者も含まれ、戦死者は限りなく少なかった。
高台から戦場を見下ろしていたセレンは、ゆっくりと息を吐いた。
「……形になったな」
そう言った彼女の視線の先には、
戦場を歩きながら兵たちに声をかけるガロットと、
荷車の上で食料袋をかつぐゼイルの姿があった。
ふと、彼女は地図の端に書き込む。
《第三軍、作戦初戦:勝利。士気、安定。信頼関係、構築中。》
その手書きの文字は、誰よりも冷静で、そして、どこか満ち足りたものに見えた。