商品としての価値
戦場にあって、傷を負わぬ将などいない。
セレンも例外ではなかった。
剣で切られ、矢で射られ、爆裂の魔法に巻き込まれる。
服は裂け、肌は焼け、骨がきしんだ。
戦場で幾度となくその身に刻まれた傷――それらは、気がつけばいつも、綺麗に消えていた。
氷を思わせる白い肌に、赤く走ったはずの傷跡はひとつとして残っていない。
医療部隊が特別な回復魔法を施したからだ。だが、それは「公爵家の娘だから」という理由ではなかった。
上層部は理解していた。
彼女が「戦の駒」であると同時に、「国の切り札」でもあることを。
いざという時、彼女を西の王に差し出せば、講和が成る。
その可能性がある限り、セレンの「価値」は失われてはならない。
女として、容姿として、商品として。
どれほどの矛盾だろう。
彼女はあの男を討つために戦場に立った。
しかし同時に、あの男の歓心を買う“貢ぎ物”として磨き上げられ続けていた。
戦場で泥と血にまみれながら、背には常に“飾り棚”が見えた。
王の寝所を飾るため、壊れぬようにと扱われる自分の姿が、想像の隅に常にあった。
その背反が、何より苦しかった。
――けれど、それを言葉にすることはなかった。
それを誰にも告げずにいたセレンにとって、ある日ゼイルが屈託なく笑いながら放ったひと言は、思いもよらぬ慰めだった。
「女なんだから、綺麗に治してもらえよ。跡が残ったらもったいないだろ」
何の悪気もなく、ただ彼女を“女”として扱ったその言葉。
戦場の駒でも、貢物でもない――一人の年頃の女として、当然のように語られた言葉。
彼女は、一瞬、言葉を返せなかった。
胸の奥に、なにか熱いものがこみ上げて、声が出なかったのだ。
その夜、ガロットが傷口に触れたときもそうだった。
彼は大きな手で包みこむようにして、低く言った。
「治っても、痛かったことに変わりはねぇよ。よく耐えたな」
ただそれだけだった。
労るでも、同情するでも、まして値踏みするでもない。
彼の言葉には、何ひとつ裏がなかった。
あの二人にとって、セレンは「セレン」だった。
才ある将であり、戦友であり、支えるべき仲間であり――
「売られる前提の存在」などではなかった。
彼らは永遠に知らないだろう。
その無邪気な言葉が、どれだけの呪縛をほどいてくれたか。
“価値”という名の鎖から、どれほど彼女を解放してくれたか。
ただのひとりの女として、言葉をかけられた記憶は、
それから先の長い戦において、幾度となく彼女の心を守ってくれた。
戦場では誰にも言えなかった痛みのなかで、
ゼイルとガロットという二人の男だけが、何も知らずに彼女を支えてくれていた。
そのことに、彼らが一生気づかなくても構わない――
だがセレンは、生涯、忘れないだろう。