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死神が下りた戦場で  作者: りん
本編
19/57

商品としての価値

戦場にあって、傷を負わぬ将などいない。

セレンも例外ではなかった。


剣で切られ、矢で射られ、爆裂の魔法に巻き込まれる。

服は裂け、肌は焼け、骨がきしんだ。

戦場で幾度となくその身に刻まれた傷――それらは、気がつけばいつも、綺麗に消えていた。


氷を思わせる白い肌に、赤く走ったはずの傷跡はひとつとして残っていない。

医療部隊が特別な回復魔法を施したからだ。だが、それは「公爵家の娘だから」という理由ではなかった。


上層部は理解していた。

彼女が「戦の駒」であると同時に、「国の切り札」でもあることを。


いざという時、彼女を西の王に差し出せば、講和が成る。

その可能性がある限り、セレンの「価値」は失われてはならない。

女として、容姿として、商品として。


どれほどの矛盾だろう。

彼女はあの男を討つために戦場に立った。

しかし同時に、あの男の歓心を買う“貢ぎ物”として磨き上げられ続けていた。


戦場で泥と血にまみれながら、背には常に“飾り棚”が見えた。

王の寝所を飾るため、壊れぬようにと扱われる自分の姿が、想像の隅に常にあった。


その背反が、何より苦しかった。

――けれど、それを言葉にすることはなかった。


それを誰にも告げずにいたセレンにとって、ある日ゼイルが屈託なく笑いながら放ったひと言は、思いもよらぬ慰めだった。


「女なんだから、綺麗に治してもらえよ。跡が残ったらもったいないだろ」


何の悪気もなく、ただ彼女を“女”として扱ったその言葉。

戦場の駒でも、貢物でもない――一人の年頃の女として、当然のように語られた言葉。


彼女は、一瞬、言葉を返せなかった。

胸の奥に、なにか熱いものがこみ上げて、声が出なかったのだ。


その夜、ガロットが傷口に触れたときもそうだった。

彼は大きな手で包みこむようにして、低く言った。


「治っても、痛かったことに変わりはねぇよ。よく耐えたな」


ただそれだけだった。

労るでも、同情するでも、まして値踏みするでもない。

彼の言葉には、何ひとつ裏がなかった。


あの二人にとって、セレンは「セレン」だった。

才ある将であり、戦友であり、支えるべき仲間であり――

「売られる前提の存在」などではなかった。


彼らは永遠に知らないだろう。

その無邪気な言葉が、どれだけの呪縛をほどいてくれたか。

“価値”という名の鎖から、どれほど彼女を解放してくれたか。


ただのひとりの女として、言葉をかけられた記憶は、

それから先の長い戦において、幾度となく彼女の心を守ってくれた。


戦場では誰にも言えなかった痛みのなかで、

ゼイルとガロットという二人の男だけが、何も知らずに彼女を支えてくれていた。


そのことに、彼らが一生気づかなくても構わない――

だがセレンは、生涯、忘れないだろう。

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