大将首になりました
出陣を控えた朝、薄曇りの空に霧がたちこめていた。砦の中庭では、兵たちが装備を整え、馬に鞍をかけ、最後の準備を進めている。そんな中、ゼイルとガロットもそれぞれの小隊の前で隊列を点検していた。
そこへ、ひとりの伝令兵が駆け込んできた。
「お届け物です! 第一軍より、師団長殿へ!」
ゼイルとガロットが首を傾げたその瞬間、背後から何かが飛んできた。
「……っと!」
「おわっ、あぶね!」
慌てて手を伸ばして受け取ったそれは、見慣れた軍服と、金の糸で縁取られた階級章だった。丁寧に畳まれた布の重み。胸元に輝く双剣と月桂樹の紋章――間違いなく、師団長の証だ。
「……おまえ、本気だったんだな……」
ゼイルがぽつりとつぶやいた。
「冗談だと思ってたぜ……」
ガロットも目を丸くしながら、手の中の軍服を見つめている。
「当たり前だろう。三度同じことを言わせるな」
セレンが歩み寄ってきて、涼しい声で言い放つ。
「さっさと着替えろ。今日からお前たちは“標的”だ」
「……標的?」
「……ああ……大将首、ってことか……」
二人の顔から血の気が引いた。
「師団長の首は高く売れる。前に出るなら、覚悟しておけ」
セレンはそれだけ言うと、くるりと背を向けて歩き去った。足取りは相変わらず静かで無駄がなく、言葉にも感情はこもっていない。
だが、後に残された兵士たちは別の反応を見せていた。
「ゼイル様、師団長って本当ですか!?」
「すげえ!ガロット隊長、ついにだな!」
「ほら、あの伝令も第一軍って言ってたし間違いないって!」
中庭が一気にざわめいた。歓声、どよめき、驚きと称賛が入り混じり、兵士たちの士気は一段と高まっていく。
ゼイルは軍服を見つめながら、口元をひきつらせた笑みでガロットに目配せした。
「……なあ、俺ら、どこで道を間違えたと思う?」
「たぶん、最初に“あの将軍の命令なら通る”って言った時だろうな」
ガロットがぼやく。
「撤回してぇ……けど、まあ……」
ゼイルは軍服を肩にかけながら、少し遠くのセレンの背中を見やった。
「仕方ねえな。ここまで来ちまったし、やるしかねぇか」
「せめて首を取られる前に、少しでもいいとこ見せてやるさ」
そう言って、二人は階級章を胸に留めた。
その背後では、部下たちが歓声を上げながら祝福を叫んでいた。
戦の準備は整った。
あとは、前に進むだけだった。