表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神が下りた戦場で  作者: りん
本編
15/57

白い手の現る夜


「……この霧の中、奴らの本陣を叩けば、形勢はこっちのもんだ」


敵将の一人が声を潜めて言う。


西の王国に仕える中将、グラト。

若き王子に付き従う忠実な副将だが、その目の奥には、この戦の異様さに対する動揺が見え隠れしていた。


「だが、中将……その、噂は……」


参謀役の男が声を潜める。すでに十名以上の斥候が戻っていない。


「“白い手”が、夜霧の中で動いていたと。あれを見た者は、皆……」


「くだらん。戦場に怪異など存在しない。あれは情報戦だ。噂に踊らされるとは、士官として恥を知れ」


そう言い放つグラトだが、その手には冷たい汗がにじんでいた。

夜霧の中で、静かに崩れた斥候部隊の報告。

全員の喉が掻き切られ、声を上げる間もなかったという。


その痕跡すら残されず、ただ地面に白い灰のような印が残っていたと。


(そんなはずが……魔法か、罠か、それとも……)


グラトは唇を噛んだ。


「全軍、静粛に。接近は山の稜線に沿って行う。死神将軍とやらの噂に屈してはならん」


 


その時だった。


──ひゅう、と霧を切る風の音がした。


風に乗って、妙な音が届いてくる。音とも言えぬ、低い響き……。


「鐘の音か?」


誰かが呟いた。だが、その音は鐘ではなかった。

それは、魔力が集束し、大気を震わせる時にだけ聞こえる異音。


「っ──伏せろ!」


刹那、丘の上から轟く雷撃が放たれた。


一瞬で前線の左翼が焼き払われ、煙が立ち昇る。

続けざまに、弓矢が霧を切って降り注ぎ、悲鳴が響いた。


「罠だ!引け、いったん態勢を──!」


誰かが叫ぶ。だが、それを遮るように、黒煙の向こうから“それ”が現れた。


──白。


全身を覆う軍装の白。夜目にも浮かぶような淡い銀髪。

手には一振りの短杖と、輝く魔導具。


霧の中に、静かに歩み出るその姿を見て、兵たちは息を呑んだ。


「あれが……!」


「“白い手”だ……死神将軍!」


誰かが叫ぶ。

その声が引き金となった。


「いやだ……無理だ、あんなのが敵にいたら勝てるわけが……」


「斥候が消えたのは、あの手のせいか……?」


「死にたくねえ……!」


列が乱れた。最前列の一角が崩れ、その動揺が一気に後方へ波及する。


兵の一人が盾を投げ出し、背を向けて走り出した。


「おい、止まれッ、戻れッ!」


叫ぶ副官の声も空しく、次々に兵が動揺を見せる。

前線が瓦解しかける。


「落ち着け!あれは一人の魔術師にすぎん!」


グラトが叫ぶが、誰一人彼の方を見ていなかった。


霧の向こう、白き影の隣には、雷をまとった剣士と、大剣を担ぐ巨躯の男が現れた。

雷が地を穿ち、炎が舞い、大地が揺れる。


あまりにも鮮やかで、あまりにも絶望的な、三つの影。


「……あの三人が“死神の騎行”……だと……?」


呆然と呟いた若い士官の顔が、恐怖に凍りついた。


 


この日、敵軍は本格的な接触を前にして、前衛の半数を失い、戦意を喪失した。


その報告を受けた西の王子は、苦々しげに舌打ちを漏らしたという。


「やはりあの女を放っておくべきではなかった……」


そうして彼は、自ら前線に立つことを決意する。


だがそれは、すでに“死神将軍”の手のひらの上だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ