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死神が下りた戦場で  作者: りん
本編
13/57

怪談:死神将軍の白き手


――夜営地の焚き火を囲む兵たちは、焔の揺れに合わせるように、声を潜めていた。


「……聞いたか、あの話」


「またかよ。やめろ、縁起でもねぇ」


「いや、でもさ。オレの従兄弟、あっちの前線にいたんだ。見たってよ、死神将軍の“手”を」


ざわり、と炎が跳ねる音に紛れて、誰かの息が止まった。


「手?」


「そう、“白い手”だよ。どんな傷を負った奴でも、一度それに触れられたら動かなくなる。死ぬんだ。どんなに遠くにいても、その手は――届くんだってさ」


「……魔法か?」


「さぁな。魔法使いなんだろうけど、見た奴はみんな口を閉ざすって話だ。ただ、“手”が目の前に現れた瞬間、死を悟るんだってよ」


「おいおい、じゃあどうやってその話が伝わってんだよ」


「逃げた奴がいるんだ。指揮官の命令無視して。怖くて、逃げて、それでも生き延びたやつがいる」


「そいつ、処刑されただろ」


「……それでも、話だけは残った」


沈黙が落ちた。

パチ、という焚き火の音がやけに大きく響く。

遠くで鳴いた獣の声に、誰かが無意識に剣の柄を握った。


 


「くだらん」


唐突に割り込んできたのは、中隊長の声だった。

軍服の襟を正しながら、男は厳しい顔で兵たちを見渡す。


「ただの噂だ。敗残兵の戯れ言を信じるな。怯える者から死んでいく。そんな馬鹿げた話に耳を貸すな」


「……は、はい」


兵たちは頭を垂れたが、その目の奥に漂う恐怖までは消せなかった。


「“死神将軍”とやらの話なら、俺も知ってるさ。白髪に金の目、顔色一つ変えずに千の兵を動かす、王国の准将だろう? だがな、たかが一人の人間だ。夜に出るだの、目を合わせたら死ぬだの、そんな話があるか」


そう言いながらも、中隊長の声には、ほんのわずかに揺れがあった。


 


その噂は、今や敵軍のあちこちに広まっていた。


「……死神将軍は手を使わない。指を動かすだけで兵が死ぬ」


「目が合えば、もう最後。心臓が止まるってさ」


「彼女の近くで死んだ兵は、綺麗なまま死んでるんだって。傷も、血もなくてな。ただ、冷たくなってるだけなんだ」


「その髪と手には、血が一滴もつかないらしい。だから“死神”って言われてるんだよ」


 


それを聞いた前線指揮官の一人は、苦々しく唸った。


「……くだらん。だが、気持ちはわかる」


テントの奥、参謀たちの控える軍議の場でも、“死神将軍”の話題は密やかに取り上げられていた。

話題にするのは敗北の予兆かもしれないと、誰も口に出そうとはしなかったが。


「ただ、戦術は異常に冷静だ。あの女……こちらの動きを完全に読んでいる。駆け引きに隙がない。あれは“感情がない”のか?」


「むしろ、“ある”から怖いんだ。情を捨てて戦っている。あれは“勝たなければならない”という信念で動いてる。兵を捨て駒にする将は珍しくないが、あれは……使い切る。全部だ」


「死神の手か……」


誰かが呟いたその言葉を、誰も笑わなかった。


 


静かに、戦況が傾いていることを皆が感じていた。

だが、それを口にする者は少ない。


恐怖は伝染する。

特に、名前のある恐怖は。


“死神将軍”――セレン・カリス・レオント。

その名が、敵軍の若き兵たちの間では“災厄”のように語られ始めていた。


そして、その災厄の象徴が、彼女の“白い手”だった。


 


「……なあ、隊長」


「なんだ」


「今夜、前線の補給所を見に行くの、おれ、外しても……」


「……黙れ。死ぬぞ、そういう弱音から死ぬんだ」


「……はい」


そう答える声は、小さく震えていた。


 


焚き火の灯りが消えると、兵たちはまるで何かを追い払うように、ひとつ、またひとつと剣の手入れを始めた。


まるで、自分の手が“あの白い手”に届くと信じるかのように。

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