氷の死神あるいは死神将軍
その異名を最初に耳にしたのは、ある戦の最中だった。
敵軍の斥候が、恐怖に顔を引きつらせながら叫んだという――「あの銀髪の死神が来るぞ」と。
セレン・カリス・レオント――
その名を知らぬ者は王国にはいないが、彼女の「顔」を知る者は少ない。
銀糸のように光を放つ髪、陶器のように白く滑らかな肌、まるで絵画か彫刻かと見紛う整いすぎた顔立ち。だが、それはあくまで静止しているときの話だった。
表情が乏しい。喜怒哀楽の輪郭がほとんど動かない。
氷のように冷たく、理知の刃で戦場を切り裂く彼女に、人は「氷の死神」と名をつけた。
その異名の由来は美貌だけではない。
敵軍が築いた要塞陣地を、僅か三日で潰した電撃戦。
自軍の損耗を最小限に抑えつつ、敵の動きを読み切り、まるで予知していたかのように最善手を打ち続ける采配。
情け容赦のない撤退判断と、援軍の切り捨て。
仲間であろうと、王命であろうと、自らの正義に反すれば淡々と切り捨てる冷徹さ。
――その冷たさと、無数の敵兵の屍が積み上がる戦場を背景に立つ姿は、まさに「死神」そのものだった。
「死神将軍」「氷の死神」
彼女のことを、兵たちは恐れと敬意を込めてそう呼んだ。
だがそれは、恐怖ではない。ただの畏怖ではない。
彼女は――「勝つ」からだ。
どんなに劣勢でも、彼女が戦場にいると信じる者たちは戦える。
どれほど戦況が厳しくとも、あの銀髪が風になびく背を見れば、自分たちは生きて戻れると信じられた。
それが、セレンという存在だった。