謁見の間に走った報告
王宮の謁見の間に、重々しい緊張が満ちていた。
重臣、将軍、そして各派の貴族たちが居並ぶ中、正装の魔術使者が息を切らして駆け込んできた。
「報告――! 西方防衛線、南西の丘の敵拠点、攻略!」
その一言に、部屋が揺れたように感じられた。
重厚な赤絨毯の上で、一斉にざわめきが広がる。
「南西の丘……だと?」「あの堅陣を、もう?」
「まさか……中央の援軍は、まだ到着していないはずだぞ……」
「まさか、撤退戦ではないだろうな?」
使者は続ける。
「敵陣、壊滅! 第三軍、制圧完了! 先鋒――ゼイル団長、及びセレン准将。両名、健在!」
「単騎、だと……?」
「“ふたり”で……あの丘を!?」
王の前に立つ老将が、目を見開いたまま呆然と声を漏らした。
「ば、馬鹿な……あそこは……」
そこへ、王のもとに届いたのは、セレン自身の手による簡潔な魔法報告。
《敵指揮官を排除し、本陣を制圧。現在、本線制圧作戦に移行中。兵の士気は上昇傾向。拠点の保持は可能。補給と戦力の補填、至急に願う》
王はその文面を見つめ、ふと目を細めた。
「……三ヶ月、か」
静かに呟く王の声は、かすかに震えていた。
出発の朝、彼女はただひとこと、「必ず、勝利を持ち帰ります」と言った。
あの静かな金の瞳には、燃えるような意志が宿っていた。
王は思い返す。
王族の姪として育ち、冷徹な軍略の才を持ちながらも、どこか儚さをたたえたあの少女の姿を。
――いや、もう“少女”ではない。
これは、将の顔だ。国を背負う者の覚悟を帯びた軍神そのものだ。
「……あの子に、そこまでの決意をさせてしまったのだな……」
玉座に身を沈めた王の、深く刻まれた目尻に、悔いの色が浮かぶ。
戦乱の中、彼女を西へ送ったのは、政敵からの圧力が強まったからだった。
「外交的解決を」「セレンを差し出せ」と囁いた貴族たち。
その声に、王は――彼女を信じて、送り出すという決断をした。
だが、それは言い換えれば、“切り札を手放した”ということでもある。
西の王が欲しがった、あの娘をいつでも差し出せるように手元に置いておくべきだ。そう心のどこかが言っていた。
あのときの自分の決断は正しかったのか。
そう問いかけるように、王は目を伏せる。
すると、その瞬間、ざわついた空気の中で声が上がった。
「やはり……西方で成果が出る前に、セレン殿を外交に使うべきでは――」
「黙れ」
王の声は低く、鋭かった。
その一言で、場が凍る。
「我が姪は、西方に勝利をもたらした。あの丘を落とすと予告した上で、実行してみせた。彼女の剣が国を救っている」
王は、静かに立ち上がった。
「セレン・カリス・レオントへの全権限を再確認する。第三軍の予算を即時増額し、補給の遅延を即刻是正せよ。彼女を支えるのが国家の務めだ。文句のある者は――代わりに、あの丘へ行ってみろ」
押し黙る一同。
そのなかで、ひとりの老将――セレンのかつての師が、静かにうなずいた。
「……殿下。あの娘は、“ただの天才”ではない。彼女は、“意志”を持った者だ。あれほどの才に、信念が加わったとき……国の未来を変える存在となる」
王は目を細めた。
「……だが、代償は大きい。あの子は、それでも前に進む」
その言葉に、誰も返せなかった。
報告が続く。
セレンの策により、敵は西方本線から押し戻されつつある。
第三軍の兵の士気は上がり、中央への信頼も再構築されているという。
王は最後に、再び使者に命じた。
「……西へ、援軍を送る。最精鋭を選べ。あの子が勝つために、国が動くのだ」
その日、王都では静かな決意が燃え上がった。
そしてこの決断が、のちに語られる「第三軍の奇跡」の第一歩となる。