〜後日談〜
あの旅の終わりから、ねむもは静かに姿を消した。
最後に残されたのは、枕元に一冊の絵本。タイトルは《夢で会えたら合体しよう》。
その夜、ユルは夢を見る。
見たことのない草原。空には浮かぶ素材たち――
名前も付けられなかったアイテム、使われなかった木片、合体されなかった“やさしい矛”。
夢の奥で、ねむもが微笑んでいる。
ねむも:「合体しなかった子たちも、ちゃんと生きてるんだよ。
だからわたしは、ここで“夢のレシピ”を作ってるの」
そこは、“未合体素材たちの楽園”。
もう、誰かの役に立てなくてもいい。ただ、在ることが許される世界。
彼女は、夢の中で世界を紡いでいた。
それは、誰かが眠るたびに少しずつ広がっていく――“やさしさの合体”。
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合体が終わった世界。
ポタージュはベルナークの小さな路地に、食堂を開いた。
看板にはこうある。
『合体しません。味で、つながります。』
素材を“混ぜる”のではなく、“響き合わせる”。
調味料たちも、もう叫ばない。ただ静かに、風味が心に染み渡る。
ある日、旅の少年がスープを口にして涙を流した。
少年:「この味…昔、家族で食べた料理の味に、似てる」
ポタージュ:「味は心を合体させる道なんだよ、いや…共鳴か」
やがて噂は広まり、“食べると誰かを思い出す”料理が名物に。
ポタージュは今日も、味の合体ではなく、“心の調律”をしている。
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「ボルト」はあだ名だった。
ネジみたいに、誰かに“はめられる役目”ばかりだったから。
でも、あの旅の中で彼は、
はじめて「自分の意思で動いた」。
ユルの後ろをついていき、
ねむもに怒られ、ポタージュに鍋で叩かれ、ルガスにメモを取らされ…
それでも、笑っていた。
ボルト:「俺…どこまで行けるんだろうな。合体が終わった世界でも」
旅の終わりに、ボルトは静かにユルに別れを告げた。
ボルト:「ユル。ありがとう。
次は“俺の名前”を探してみるよ。合体じゃなく、俺だけの形で」
そして彼は小さな港町――テルシアに辿り着く。
そこは、合体文化が消えたあとの“元合体道具”たちが捨てられていた町。
使われなかったパーツ、分離されたスキル片、読まれなくなったイベントアイテムの断片。
ボルトは、その町で古びた工房を借りる。
看板にはこう刻んだ:
『かけら屋ボルト――何にもならなかったもの、直します』
・壊れた羽つき靴 → 花瓶にリメイク
・スキル「加速Ⅲ」の文字片 → お年寄り用の歩行杖に仕立て直し
・旧合体素材「悲しみの水晶」 → ランプに変えて、子供たちのナイトライトに
彼は、“何かになりたかった素材たち”と向き合いながら、
そのままでいいと言ってあげるように、手を加える。
ある日、ひとりの少年が店を訪れる。
少年:「これ……僕の手術で使われなかった義手パーツ。
合体がなくなったから、“ただの鉄くず”になっちゃって…」
ボルト:「いや。君に合わなかっただけじゃないかな。
じゃあ“君にしか使えない形”に、作り直してみようか」
そしてボルトは――義手に“音が鳴る機構”を加え、
歩くたびに“好きなメロディ”が奏でられるようにした。
少年は、初めて笑った。
季節は巡り、“かけら屋ボルト”は街の名物になった。
「何者にもなれなかったものが、誰かの“好きなもの”になる場所」
「失敗作が、ただの“思い出”に戻れる場所」
ある日、ボルトは旧合体図鑑の端に、自分の名前を見つけた。
かつて、ユルが“使わなかった”素材【雷紋のネジ・ボルト】
ボルト:「そっか。
俺、最初から“合体されない”ために、そばにいたんだな」
彼は笑って、図鑑のそのページをそっと閉じた。
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合体の時代が終わり、フュズはユルたちの元を離れた。
仲間たちは寂しさを隠しきれなかったが、
フュズはただひとこと――
フュズ:「……ぼく、しばらく、“ひとり”してみる」
それは、「誰とも合体しない」という決意だった。
フュズが暮らし始めたのは、誰も来ない湖畔の森。
一日中、木を削り、石を並べ、紙を折り、絵を描いた。
“自分”のことを、描いていた。
でも、絵の中の彼はいつも――顔がない。
フュズ:「……ぼくは、“合体される側”で、
誰かの“部品”だったから、自分の顔を覚えてないんだ」
ある日、森に迷い込んだひとりの少女がいた。
言葉がうまく話せない、似たような“はざま”の存在。
彼女は紙の上に、フュズの描いた“顔のない自画像”を見てこう言った。
少女:「……これ、“さびしい”顔してるね」
フュズ:「そう、かな?」
少女:「でもね……わたし、“ここに笑ってる目”を描いてみたい」
少女は、フュズの絵に笑顔の目を描いた。
その夜、フュズは生まれて初めて“自分が笑っている夢”を見た。
少女と過ごす日々の中で、
フュズは「合体されない自分」と向き合っていく。
料理を手伝い、洗濯を干し、一緒に絵を描き、失敗して笑って。
そのすべてが、“誰かと合体しない日常”だった。
フュズ:「……合体じゃない。でも、ちゃんと隣にいてくれる」
少女:「わたしね……“合体できない人”って言われて、捨てられたんだ」
フュズ:「ぼくも、“合体されるためだけに生まれた”って言われた」
ふたりは“合体できなかった者どうし”として、初めて手をつないだ。
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かつて地図だった存在、ルガス。
今では、人の姿をとって世界を歩いている。
彼は自らをこう呼んだ――“歩く記録係”。
かつて合体したすべての瞬間を覚えている。
素材の手触り、魔法の光、仲間たちの声、そして……別れ。
その記録を綴った本が、街の図書館に並ぶ。
『合体師ユルと記憶の旅録 第一巻』
――合体は、記録されることで“語り継がれる物語”となる。
読み手がページをめくるたび、過去の合体が心の中に再生される。
合体は終わっても、“記憶の中”では、何度でも始まる。
彼の旅は終わらない。
それは、誰かが読む限り、ずっと続いていくのだから。
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フォージアの沈黙後、ユルはある静かな森に家を建てた。
そこには、かつての合体師ゼルもいる。
二人は火を囲んで、日々、語り合う。
ユル:「あなたは創った。おれを終わらせた。
…じゃあ、これからは“どうやって生きればいい”んだろう」
ゼル:「答えは、作るものではなく“共にある”ことの中にあるかもしれんな」
合体とは何か。
創るとは何か。
記憶とは、言葉とは、心とは――
その対話は、未来の誰かがまた合体を始めた時に、
ふと耳に届くように、静かに、ずっと続いている。
彼らは“終わらせた者”と“始めた者”として、
今は“共に生きる者”となった。
合体は終わった。
でも、記憶は残った。
人々の間に“響き合う想い”が残った。
ユルたちの旅は、もう伝説となったけれど――
それを読む誰かがまた、新しい旅を始めるだろう。
そしてきっとまた、何かと何かを合わせる。
それはもう、“合体”じゃなくてもいい。
“共鳴”でも、“絆”でも、“一緒にいること”でも。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
またどこかでお会いしましょう!
by左衛門之助




