一章 七 中二病患者って呼んでやろうぜ
翌日、俺たちはザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町ホテルの三十六階にあるラウンジにいた。空中庭園がコンセプトの上質なダイニングで、地上百八十メートルからの景色は最高だ。
新人達には事務所が火事で使えないからと出勤停止の連絡を入れておいた。
十時頃に石橋も合流し、昨夜の話を聞く。
「あいつ、因果を集めて神になるって言うとったぞ・・・アホちゃうか」
石橋は笑いながら言う。笑いたくもなる。このご時世に神になるなんてセリフを言う奴がいるとは滑稽すぎる。
「今度から中二病患者って呼んでやろうぜ」
「マジでそれな」
俺と石橋は爆笑した。冬美はオレンジジュースを飲み干すと質問する。
「で、他に分かったこととかあるの?」
石橋は珈琲に口をつけると話す。
「そういや、『火地晋』を使ったな」
聞き覚えのある因果だったので俺は驚く。
「『火地晋』だと?」
「知っとるんか?」
「あぁ、半年前にお前と延行の夢に入った時、子涵に命令されて延行を護衛していた男の因果だな。孤児院のメンバーじゃないか?」
石橋も思い出したようだ。
「あの時は二人おったよな? 炎の壁を作る因果と、暗闇を作る因果の」
「炎の壁のほうだな」
「じゃあそいつはやられたってことやな」
俺は考える。
「孤児院に連絡ってとれるんだろうか。そもそもまだあるのかな」
「子涵と浩宇がいなくなったけど、多分そのまま運営されていると思うわ」
「もしかしたら襲われたのかもしれないぞ」
俺が冬美を見ながらいうと冬美は頷いた。
「あとで確認してみる」
石橋はさらに続けた。
「あと、よーわからん怪物を2匹連れとった。骨みたいなやつと、液体みたいなやつ」
「神の座を狙ってるんだろ? 神使・・・じゃないよな」
「神使よりはうんと格下やろうけどな。でもこの世の生物じゃなかったで」
「『雷沢帰妹』が使えるのかしら」
冬美が続けた。俺がそうしたように『雷沢帰妹』で化物を召喚している可能性はある。
「いや、『雷天大壮』ちゃうかな」
「どうやって従わせてるのかしら。『山沢損』が使えるとか?」
「『山沢損』が使えるなら今頃ワイら無事じゃないやろ」
「それもそうね」
それ以上は俺達が考えてもわからなさそうだった。『山沢損』以外にもそういう因果があるのだろうか。
その後、冬美は中国の孤児院に電話を掛けた。細い指がスマートフォンを握りしめている。やがて冬美は会話した様子もなくスマートフォンを耳から離した。
「ダメね。多分やられてるわ」
「そうか・・・うまく逃げてくれているといいんだが」
石橋は珈琲を飲み干す。
「影喰いにもう一回接触せなあかんな。天花寺に見させるんや」
天花寺の『風天小畜』で影喰いを見ることができれば全てが明らかになる。
「それが一番近道だろうが・・・守りながら戦うのはかなり難しいぞ」
天花寺の能力は優秀だが、戦闘に役立つものではないので戦いになると足手まといになる。俺が『風天小畜』を使うこともできるが、俺が使っても劣化して直近の一時間しか見られないからほぼ意味は無い。
「それを言ったら私もそうだしね。それより他の新人が見つからないか心配だわ。宇薄さんの『水風井』が敵の手に落ちたら大変よ」
『水風井』は簡単にいうと「霊体化」であり、使うと完全に姿を消すことができる。しかも驚くべきことに触ることもできないのだ。量子的に存在しているが、視認はできない。
ちなみに俺が使うと劣化して、透明になるだけで触ることはできる。つまり「透明人間」だ。便利ではあるが万能ではない。
冬美は天花寺に電話をし、ホテルに呼び出した
天花寺がホテルのロビーに現れたのは、電話をしてから二十分ほど経った頃だった。制服ではなく、薄手のパーカーにジーンズというラフな格好。おかっぱ頭が揺れるたび、どこか無防備な印象を与えるが、彼女の目は鋭く状況を探っていた。
「事務所が火事ってききましたけど」
開口一番、天花寺は首を傾げながら俺たちを見た。
その表情には、まだ何も知らない者の無垢さと、何かを察している者の不安が混ざっていた。
「説明すると長くなるから一日分だけ見ていいぞ」
俺がそう言うと天花寺は脹ふくれた。
「あれだけ見るなって言ってたクセに!」
そう言いながら『風天小畜』を発動する。空気がわずかに震え、彼女の瞳が俺の昨日をなぞり始める。
俺の昨日の一日を天花寺が体験。
「夢で何があったかは見れませんが、まぁ、大体はわかりました。『影食い』を見ればいいんですね」
その言葉に、俺は思わず小さく笑った。
こいつマジで説明する手間が無くて話が早いな。
「そういうことだ。戦闘になるから気をつけろよ」
俺がそういうと天花寺は青ざめる。
「戦闘なんて無理ですよ」
「あぁ、できるだけギリギリの距離から見てくれたらいい」
天花寺は以前、俺と一緒に夢に入った時、子涵との戦闘を見ている。その記憶が蘇ったのか、肩がわずかに震えていた。
「他の新人はどうする? 下手に集めないほうがいいと思うんだが」
俺の問いに、冬美が少しだけ目を伏せて答える。
「それはそうね・・・鳴神さんのこともあるし」
鳴神は変身能力で古城戸に変身したせいで古城戸を狙う敵に殺害されてしまった。今回は少し事情は違うが、状況を知らない新人が巻き込まれることは避けなければならない。
「みんなには都外に出てらもいましょう。場合によっては召集するってことで」
冬美はそう言うと特別国庫管理部の事務員に連絡し、各パーグアに伝達してもらう。
「神子島さんや大仰さんも気にはなるけどな」
神子島と大仰の両名には半年前に大いに助けてもらった。姉の夕子が煉獄から天国への道へ行くのを見送ってくれたし、神子島に至っては七年も煉獄で悪夢を見ながら夕子を探し続けてくれたのだ。その執念と優しさは、今も俺の中に残っている。
その時、ラウンジに設置されたテレビのニュースから聞覚えがある単語が耳に入り、ふとテレビを振り返る。新宿の路上で男性が何者かに刺された、という事件だ。
----刺されたのは港区に住む大手広告代理店に勤務の23歳男性、印南颯太さんであることがわかりました。印南さんは病院に搬送されましたが死亡が確認され、死因は失血性のショックということです。犯人は現場の目撃者の証言によると灰色のパーカーを着た男性と思わしき人物とのことで、現場からは逃走しており、警察は傷害殺人事件として犯人の行方を追っていますーーーーーー
俺はテレビを見ながら硬直する。冬美も気づいたようだ。
「これって、半年前に戦った、印南?」
「そうや。印南は因果を封じられとったはずやが・・・」
「『天雷无妄』が奪われたとしたらかなり危険になるな」
『天雷无妄は量子を操作する因果で、見えていないものを確定させることができる。ドアの向こうを別の空間につなげたり、箱の中身を変えたりと相当無茶苦茶な因果だ。半年前は敵として戦った石橋もどこか複雑な表情でテレビを見ている。
「早めにケリを着けんとあかんな。時間が経てば経つ程『影食い』が有利になってまう」
石橋の言う通り、『影食い』を放置しているとパーグアがひとりづつ削られてさらに『影食い』が強くなってしまう。
が、どうやって『影食い』に辿り着く?