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三章 一 神の空中庭園

 光が収まり、俺たちが足を踏み入れた先は、先ほどまでいたレンブラントのアトリエとは全く異なる、メソポタミア文明の世界だった。目の前には砂地の上に大きな町が広がっている。俺たちはどうやら町はずれの草むらにいるようだ。


「ここが……ネブカドネザル二世の夢……」


 冬美が息を呑む。石橋は辺りを見渡すと驚きの声を上げた。


「おい、アレ見てみぃ!」


 石橋が指さす先を見ると青空に浮かぶ巨大な空中の城。見たこともない植物が城の底から伸び、空中の城から川が滝のように流れ落ちている。


「バビロンの空中庭園なのか?」


 俺は思わず息を呑む。歴史の教科書で見た「バビロンの空中庭園」。世界の七不思議の一つに数えられる伝説の庭園が、神の夢には存在していた。あまりの美しさに俺たちは言葉も無く見惚れていた。


「あの城から落ちてる水は無くならないのかしら」

「『天吳(てんご)』は確か水の神なんだろ? それならあり得るんじゃないか?」

「そっか。水の神だったわね」


 冬美はうんうんと頷いた。そして腰に手をやり、城を見上げて大きく息を吐く。


「バビロンの空中庭園は有名だけど、本当に城が空に浮いているなんて・・・」

「まさに神話の世界じゃな」


 史実ではバビロンの空中庭園は、大きな城でありテラスの上に庭園があったことからそう呼ばれたと記録されている。


「ネブカドネザル二世っていつの時代の王なんだ?」

「史実では紀元前六百年前後の王ね。アッシリアを滅ぼし、ユダ帝国を滅ぼしたとされるわ。でも百年後くらいにはペルシャ王キュロス二世に滅ぼされ、吸収されるわね」


 石橋が続ける。


「で、そのペルシャはそのさらに二百年後くらいにマケドニアのアレクサンドロス大王に滅ぼされるな」


 アレクサンドロス大王は俺でも知っている偉人だ。

 冬美も人差し指を立てて続ける。


「そのマケドニアはローマ帝国に滅ぼされ、ローマ帝国は東と西に分裂し、キリスト教が台頭してゲルマン人が次々と国を作り、現代に繋がるわけね」


 ゲルマン民族大移動とか聞いたことがあるな。石橋も頷く。


「ゲルマン民族がフランク王国を建て、やがてフランス、イタリア、神聖ローマ帝国に別れるんよな」

「そう。神聖ローマ帝国は『アウステルリッツ』の戦いでフランスのナポレオンに負けてバラバラになって終わるわね。それが西暦千八百年くらいね」

「ナポレオンってたった二百年前ばかり前の人物なのか」

「思ったより歴史って短いわよね」


 思わぬ歴史の授業になったが、大体の流れはわかった。


「バビロンって世界地図でいうとどのあたりなんだ?」

「イラクの首都、バグダッドって知ってるでしょ? バグダッドの南六十キロあたりのヒッラあたりよ」

「言葉は通じるのか? 英語じゃないよな」

「公用語はアラム語とアッカド語ね。アラム語は私が前にイエス・キリストの夢で勉強したから簡単な内容ならわかるわよ」


 冬美は半年前に数か月もイエス・キリストの夢にいたのでアラム語を覚えたらしい。それは助かる。


「これまで多くの夢に侵入してきたが紀元前は初めてだ」

「さっさとやること終わらせましょう」


 冬美はバビロンの町のほうに向かって歩き出す。俺達の目的は、『天吳(てんご)』の綻びた封印を強化することだ。


「ネブカドネザル二世はどこにいるだろうな。やっぱあの空中庭園か?」


 俺がそういうと石橋も続けた。


「まー見るからに、って感じではあるけどなー。驕虫を一匹空中庭園に偵察に向かわせといたわ」

「それは助かる」

「もしあそこにいるとしたら、どうやって行こう? 由井薗君、『WIND』出せたっけ?」


 『WIND』はエア・カーと呼ばれる空飛ぶ自動車だ。電磁反発で飛行する車だが、高額なこともありまだ普及はしていない。冬美は以前『雷沢帰妹(レジグマ)』で出すことができ、よく使っていたが、今はもう因果が変わってしまったので出せない。


「いや、俺は無理だな。そのうち夢で見られたら持って帰るよ」

驕虫(ジャオチョン)も五匹じゃ滑空が限界やな」


 石橋も首を振る。どうやら簡単にはいかないらしい。


 その時、神子戸さんが遠くを指さした。


「あれは?」


 指さす先には門のようなものが見えた。あれはネブカドネザル二世が建築したことで有名なイシュタル門だろうか。俺達の横には川があり、丁度小舟が一艘浅瀬に浮かんでいた。


 俺たちは覚悟を決め、その小舟に乗り込んだ。船が静かに川面を滑り出す。


 冬美が遠くのイシュタル門を見つめながら俺に言う。


「由井薗君は、ネブカドネザル二世についてどの程度知ってる?」


 俺は知っていることを思い出す。


「正直、ネブカドネザル二世のことは全く知らないな。でもネブカドネザルって名前は知ってる。たしか、映画『マトリックス』に出てきたホバークラフトの名前だろ」

「そうね。映画『マトリックス』のモーフィアスの船もネブカドネザル二世が元ネタのようね」


 冬美は頷くと話を続けた。


「旧約聖書の中の一冊に『ダニエル書』というものがあるんだけど、その中に登場する人物ね」


 ダニエル書、というものは聞いたことがなかった。そもそも旧約聖書のこともよく知らない。


「旧約聖書って普通の聖書とは違うのか?」

「旧約聖書っていうのはイエス・キリストが生まれる遙か前のユダヤ教の正典よ。創世記とか。ノアの箱舟やバベルの塔とかの話から始まるの」

「あぁ、それは聞いたことがあるな。神が七日間で世界を作り、アダムとイブを楽園に、ってやつだろ」

「そう。あとはモーゼの話とかも」

「モーゼって十戒のか。海を割ったっていう?」

「そのモーゼね。それらはキリストが生まれる遙か前の話だから、旧約聖書に書かれてるのよ。新約聖書はキリスト誕生の数年前からの話ね」

「で、ネブカドネザル二世についてはどんなことが書かれてるんだ?」


 冬美は船から手を伸ばして川の水を掬ったりして遊ぶ。


「ダニエル書は十二章あるんだけど、ネブカドネザル二世については序盤の何章かだけ登場するわ。ネブカドネザル二世が攻めたユダ国から優秀なユダヤ人を連れてきて、そのうちの一人がダニエル。ネブカドネザル二世はダニエルを側近として置いたのよ」


 俺は頷く。


「ネブカドネザル二世はある夜、心をかき乱す恐ろしい夢を見たのよ。それを側近たちに相談するんだけど、夢の内容を見事当て、不安を解消する方法を教えろ、と言うの」

「王は自分が見た夢の内容を話さないのか?」

「そう。で、それができないならバビロン中の賢者を全員処刑する、と。もちろんダニエルも含めてね」

「無茶苦茶だろ」

「うん。で、ダニエルは困り果てて神に祈ったら、その内容の神託が下り、何を暗示しているかもわかったので、王にそれを伝え処刑は免れるのよ」


 なるほど随分横暴な王様のようだ。


「でもね、その後また夢を見た後、ネブカドネザル二世は発狂し、牛のように草を食べるようになってしまうのよ」


 それを聞いて思い当たるところがある。


孟婆(モウバ)か」


 冬美は頷いた。


「私もそうだと思う。孟婆の夢を七回見て発狂したんだわ」


 孟婆は煉獄にいる神使で、普段は煉獄に来る亡者の魂を浄化し、天国や地獄に案内をしている。この孟婆は悪夢を見せる力があり、その夢を七回見ると発狂するのだ。古城戸の兄、延行はかつて孟婆の夢を三回まで見ただけだが髪から色が抜けてしまうほどの悍ましい夢を見たらしい。


「当時、神が『天吳(てんご)』を封印するために孟婆を使ったということか」

「そういうことね。今回の作戦としてはそこを突く感じかしら」


 なんとなく冬美の作戦はわかった。『天吳(てんご)』の夢でみたトラウマを刺激し、隙を作ったところで神子戸さんが再封印するのだ。


孟婆については前作「特別国庫管理部」に詳細があります。

延行が見た三回の夢についても登場しますので興味があれば読んでください。

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