姉妹坂 vol.002 「今月中には、ここから、出て行く事になった。」
「…と…、言う訳で、今月中には、ここから、出て行く事になった。」
晩ご飯を食べながら龍平。
矢島家の食卓。社宅である。父親の東京本社異動に、
喜ぶかと、内心期待をしていた龍平ではあった。
なにより妻の可燐は天井に手が届かんばかりの喜びよう。
その延長線上で、今、食事をしながらも、龍平の隣でいつも以上ににこやかである。
そんな母親と父親の前で、いつもと変わりなく…、
いや、それ以上に、なんとも静まり返っているふたりの娘。
龍平、
「なんだ。家族で東京に戻れるんだ。お前たち、嬉しくないのか。」
そして、斜め向かいの娘の顔を見て、
「ん~~、可南子…???」
長女の矢島可南子、17歳。
ご飯を食べながら、そしてお味噌汁を一口。そして父親をチラリと…。
「嬉しく…ないのか…って聞かれると…。正直…微妙…。…って言うか…。お父さんには、申し訳ないんだけど…、そんな…。いきなり東京って…。」
そんな姉の声を聞いて妹の可羊子、チラリと隣を見て、
「……。」
「ねぇ…、カヨ…???」
龍平、
「おぃおぃ。」
そして今度は次女の可羊子を見て、
「おまえら…。」
可羊子、
「お父さんは、仕事だから…、そっちの方が良いかも…知れないけど…さ。私やお姉ぇ…。」
父親と母親の顔を見ないで、おかずに箸を付けて、
「友達とバイバイしなきゃ、なんないんだもん。」
そして可南子、
「そんな…、簡単じゃないよ。小学の時から一緒の友達だって…いるんだもん。」
可南子、可羊子共に、倉敷市内の翠鳳高校に通学している。
中高一貫であり、倉敷市内の高校としては、偏差値も66と高い。
「そうだよね~~。何年も一緒の友達、お姉ぇにしてもカヨにしても、いっぱいいるもんね~。」
母親の可燐。
「さよならしなきゃなんないんだもん、そりゃ、簡単じゃないよ。」
そして、
「でもね、お母さんだって、この倉敷に来て数年、仲良くなった友達、いっぱいいるよ。この社宅にだっているし、あんたたちの友達のお母さんたちだって、そりゃあ仲良いし。それに…。お父さんの会社の人たちにだって、友達いるんだもん。」
そして娘たちの顔を見ながら、
「でも…。ここは、我が家じゃない。これは、こっちに来た時から、ふたりには、話してきた事だよね~。」
「そりゃ、分かってるけど…。さぁ…。」
可南子。
「おじいちゃん、おばあちゃん、東京で、待ってるよ~~。」
東京は目黒の自由が丘に可燐の実家がある。
そしてその実家には可燐の両親、矢島燐太郎、可織夫婦が住んでいる。