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1話:人類滅亡を願った日

__もし「30日後に人類が滅亡します」と言われたら






どうにか生き延びたいと思うだろうか?

それとも、受け入れて、大切な人と思い出を作ろうとするだろうか?


俺、紫宮(しのみや) (とおる)なら。


何度も何度も何度も。

自分が何にその刃物を刺しているのか分からなくなるまで。








一番嫌いな人間を殺す。











制服に着替えて、階段を降りると今日は、味噌汁とご飯、卵焼きが二人分用意されている。

良かった、今日は母さんの機嫌がいい日だ。


「おはよう、母さん」

「おはよう、透。今日は何時に帰るの?」


席について、いただきますと手を合わせてから朝ご飯を食べ始める。

「今日は生徒会の集まりがあるんだ。18時までには終わると思う。遅れそうなら電話するよ」

「そう、分かったわ。…そういえば、期末試験の結果はまだなの?」


今日の卵焼きはすごくしょっぱい。多分砂糖を入れたつもりなんだろう。母さんは楽しそうに俺が食べている様子を見ているから、何も言えないし、言う気もない。


「今日出るんじゃないかな」

「そうなの。楽しみにしてるわね」

「そう言われると緊張するな…」


「だって、いつも透は頭いいもの。きっと真司さんが見たら喜ぶわ」


『真司さん』というワードで思わず口から味噌汁を戻しそうになる。父親のことだ。母さんは自分の朝ご飯を作らないので、あの男の朝ご飯は綺麗に残っている。


「うん…」

「今日こそ帰ってくるわよ」

「そうだね。ごちそうさま。そろそろ行かないと。今日、集会の準備で朝早いんだ」

1年も帰ってこないあいつのために、捨てられる朝ご飯がこれ以上視界に入らないように、残りを無理やり喉に流し込んで席を立つ。


母さんにいってきますと言って外に出ると、もう上着は暑く感じるくらい気温が上がって、爽やかな5月の風が優しく吹いていた。


公園のトイレに立ち寄って、朝ご飯を全部吐いてから学校へ向かった。




朝から下駄箱に入った面倒なラブレターの襲撃を受けてから、誰もいない2年1組の教室で本を読み、入ってきたクラスメイトと軽く挨拶をする。


俺の後ろの席にカバンが置かれた。

「透〜、おっはよ〜。今日は早いな!あれ…今日集会だっけ」

「おはよう。高橋。早く起きただけ」

「焦った〜。さすが透。俺なら絶対二度寝だね」

「バスケ部の朝練の時は起きれるのにな」


高橋翔は多分俺の中で一番よく話す友達。明るくてよく喋るヤツで一緒にいると楽だ。

「透、一生のお願いがあるんだけどさ…」

「英語の宿題か?」

「はい…」

「ふふっ、一生のお願いを毎日使ってるだろ」

「1日一回生き返ってるもので…」

そんな軽口さえも心地良い。朝からの吐き気が薄まっていく気がする。


カバンから英語のノートを渡そうとしたとき、廊下から教室に顔出す、担任の土岐雪彦と目が合った。

「あ、透〜。ちょっと手伝ってくれない?」

「いいですよ」

高橋にノートを渡して立ち上がる。サンキューな!と言いながら見送る高橋に手を振り返して、土岐の後をついていく。




「悪いな〜。プリント運ぶの手伝ってほしくて」

「いいですよ…って。もしかして先生、昨日飲んでました?」

「バレた〜?そんな臭うかな」

土岐は自分の服をスンスンと嗅いでから首をかしげる。


「あ…いや。そこまでじゃないと思いますよ」

とっさに目をそらす。よく覚えている酒の不快な匂いで過剰に反応してしまっただけだ。


「そうだ…先生。今度の三者面談なんですけど、やっぱり仕事で難しそうで」

「そうか〜。じゃあ俺と二人で仲良く話そうぜ」

「すみません」


「てか、ちょうどいいな。お前の進路希望…自分で書いてなかっただろ」

「えっ…」

ひやりと背筋が凍る。


「字が違いすぎ。親御さんか?まあ、お前が本当に大学行きたいならいいけどさ。お前が本当にやりたいこと、面談で教えろよ〜?」

母さんが書いた字を消して、書き直すのが面倒でそのまま出したことを後悔した。意外と目ざとい。いくら他の先生から、よく「しっかりしてください」と怒られていてもやっぱり先生なんだと認識し直す。この人と話してると少し疲れる。チャラチャラとふざけたことを言いながら、しっかりと人の触れられたくないところに入ってくるから。


「先生は…どうして先生になったんですか?」

「いいね〜。学生のテンプレ質問。聞かれてみたかったんだよ〜」

土岐は急に止まって振り返り、俺の耳元で小さく囁くように言った。


「安定収入」

「……いいと思います」

「あははっ」

そんな話をしていたら、職員室に着いていた。


大量のプリントというには土岐一人でも持てる量で、多分俺と話すことが目的だったんだろうなと思った。




「あっ俺、先輩、鍵返しておきますよ」

「あ〜、いいの?ありがとうね」

いつも通りのんびりとした返事だなと思いながら、会計の真木夢子から生徒会室の鍵を受け取る。


生徒会は会長の都合で思っていたよりもすぐに終わったから、どこかで時間を潰してから帰ろうかと考える。今日配られた期末試験の結果は別に悪くはないが、現代文の心情の読み取りだけが不正解だったことをきっと母さんに言われるだろうから、何か本でも買って帰ろうか。


「おい、優等生の犬がいるぜ」

下駄箱から靴を出して履き替えようとしてかけられた声に、呼吸が浅くなるような気がした。顔を上げると3年の竹山が気持ちの悪い笑顔で俺を見ていた。




目立たない校舎の裏でコソコソと、自分の取り巻きを2人連れて。

やり返されない相手を見つけて殴って楽しむ。こういうやつが大人になると、あいつみたいになるんだろうなと毎回思う。


「明日、3万持ってこなかったら、どうなるか分かってんだろうな」

「金って…」

今まで殴られることはあっても、金を要求されることは初めてだったので、思わず言葉を発してしまう。何も言わず、何も反応しないのが一番早く終わるのに。やらかした。


「ああ?文句あんのか」

もう一度拳を振り上げたときに、それがピタリと止まった。竹山はピロンピロン鳴いているスマホを取り出して通話を始める。

「ああ、どうした?まだ学校にいる。いいぜ、教室で待ってな」

通話を切って、俺には目もくれずに帰っていく。


いくら深呼吸しても、動悸はなかなか収まらなかった。




なんとか立ち上がって、スマホのカメラを反転して、頬の殴られた傷の説明を考えながら、ノロノロと歩き出す。このまま家に帰らなければ、説明せずに済むのに。明日も学校に行かないで竹山に会わなければいいのに。


考えるのも面倒になって、帰り道に通る川の土手の芝生へ倒れ込んだ。横を見れば、健気な名前もわからない花に、薄羽の蝶が止まっていた。世界が壊れるとき、このくらい静かで綺麗なんじゃないか、そんな妄想がよぎる。


「いっそ人類全員、滅べばいいのにな」


人間一度くらいはそう思ったことがあるはずだ。今すぐに目の前にある川に飛び込んで死ねばいいのに、そんな勇気はないから、他人任せで簡単に思う。


『素敵な望みだわ』


ほら、都合よく賛同の声まで聞こえてくる。凛とした薔薇のような声だ。


『ベルミナ様が叶えてあげてもいいわよ』


ひやりと冷たい感触が殴られた頬の傷にかすめた気がした。

「!?」


慌てて起き上がり周りを見渡して、誰もいない。でも、そんな俺を見てクスクスと笑うような声がずっと耳元で聞こえている。いよいよ幻聴まで聞こえるようになったのか。


『あたしはベルミナ。悪魔の女王。紫宮透よ。喜べ。ベルミナ様は貴様と契約をしてやろうとここにおるのだぞ』

悪魔…ね。そういえば昨日の歴史の授業で中世ヨーロッパのところで出てきたっけ。

『あんなしょぼいものと一緒にするでない』

しょぼい…。会話が成り立っていることが怖い。


『面倒な…。よかろう。愚かな人間よ、よく見ておけ』

「え?」


くしゃくしゃと青い炎が目の前を飛んでいた蝶を燃やす。夢を見ているのかと思うが、頬はまだヒリヒリと痛いままだ。


『契約しろ。__が人類を滅亡__。貴様は自由だ』


ぶわりと大きな風が起きる。

「人類を滅亡…」

『30日後だ。十分であろう?貴様はただ首を縦にふり、契約すると言えばよい』


自由…か。そんなの考えたこともなかった。

俺が首を縦にふる理由は、それだけで十分だと、そう思った。

「俺は…」


「あれ、透〜!何してんの、こんなところで」

はっと、意識がすくい上げられるような感覚になった。

上を見上げると、朝と変わらない笑顔で手をふる高橋がいた。

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