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ヒエロニムスの死と二人の別れ

1674年、師匠ヒエロニムス・ファエウスは、穏やかな春の夕方に静かに息を引き取った。彼の工房に集まったのは、最愛の弟子であるエリアスとレオナルドだけでした。

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師匠との最期の時間

ヒエロニムスの寝室には、弱々しい光が差し込んでいました。枕元には、錬金術の象徴である坩堝の模様が刻まれた古びた本が置かれています。師匠は目を閉じたまま、最後の力を振り絞るように口を開きました。

「レオナルド……エリアス……」

二人は師匠の手を取るように膝をつきました。ヒエロニムスの声はかすれていたが、その言葉にはまだ確かな力が込められていました。

「お前たちが……これから何を見つけるか……それを知ることができないのは……寂しい。しかし……私が信じているのは……真実を探すその心だ……」

二人は静かに頷きます。師匠の手は冷たく、しかしどこか安らかでした。最後に彼が小さく微笑むと、そのまま静かに息を引き取りました。

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遺品の分配

師匠の葬儀が終わり、残された研究資料と工房の整理が始まりました。ヒエロニムスの膨大な書物や記録、道具類はすべてレオナルドに譲られることになります。それは師匠がレオナルドの知識への深い敬意を持っていた証でした。

エリアスはその決定を受け入れました。彼にはまだ写本よりも、自分の手で真実を探る実験が道標だったからです。しかし、工房の隅に置かれた一冊の古い記録――黄鉄鉱についての断片的なメモだけは、師匠がエリアスのために残してくれたものだと知らされました。

「これを頼むぞ、エリアス。愚者の黄金の秘密を……」

それが彼に遺された師匠の最後の言葉だったのです。

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別々の道へ

葬儀の数週間後、工房を去る日がやってきました。工房の扉の前で、二人は言葉を交わします。

「これでお互い、独立した錬金術師として歩むわけだな。」レオナルドは、穏やかな笑みを浮かべました。

「はい。僕には僕のやり方で進むべき道があります。」エリアスは鞄を握りしめながら答えます。

レオナルドは少し寂しそうに視線を落としましたが、その瞳にはエリアスへの期待がうかがえます。「お前の実験には、いつも感心していた。これからも、自分のやり方を信じて進め。」

「ありがとうございます。レオナルドさんも……僕には到底できないことを、きっと成し遂げるはずです。」

二人は軽く頷き合い、それぞれの道へと向かっていきました。レオナルドは、貴族のパトロンを持つ研究者としてさらに知識を深める道を選び、エリアスは街の片隅で、愚者の黄金をはじめとする実用的な研究に没頭する道を進むと。

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ヒエロニムスの影響

工房を後にした二人は、かつて共に学んだ日々と師匠の教えを胸に抱え、それぞれの信念を抱きながら異なる錬金術の道を歩み始めました。

エリアスの手元に残る黄鉄鉱の記録は、彼にとって師匠からの永遠の課題だでした。そして、レオナルドが抱えた膨大な写本は、彼をさらに理論的な高みへと押し上げていくはずだったのです。

それでも、二人の間に生まれた互いへの敬意と羨望、そしてわずかな緊張感は、これから訪れる未来においても変わらず影を落とし続けることでしょう。


エリアスの独り立ちした日常

1674年、ヒエロニムスの工房を去ったエリアスは、プラハの街外れにある小さな作業場で新たな日々を始めました。石造りの簡素な建物の中には、炉や坩堝、蒸留器など、彼が師匠の工房から譲り受けた器具が並び、彼の手に馴染んだ道具たちが整然と置かれています。

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硫黄の製法と納品

エリアスの朝は早い。薄明かりの差し込む中、彼は黄鉄鉱の結晶を慎重に砕き、炉に火を入れます。炉の熱で黄鉄鉱を加熱し、硫黄を分離する作業が、彼の研究と生活の柱となっていました。

「硫黄の純度を上げるには、温度をもう少し低く……いや、これでは足りない。」

彼は一人、作業台の上に並んだ坩堝と計器を見つめ、試行錯誤を繰り返します。錬金術師たちに納品する硫黄は、研究用の素材として信頼されるものでなければなりません。彼の硫黄の製法は、師匠から学んだ知識に基づいていましたが、独自の工夫を重ねることで高い評価を得ていました。

「ヴェルムの硫黄は扱いやすくて助かるよ。」

ある錬金術師が彼にそう感謝を述べたことがあります。その言葉を思い出しながら、エリアスは坩堝の中で黄色い結晶が純度を増していく様子を見つめて微かに微笑みました。

硫黄が出来上がると、それを小さなガラス瓶に詰め、錬金術師たちに納品するための準備をします。プラハの錬金術師たちは、彼の硫黄を信頼し、必要な素材として定期的に注文していたのです。

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石鹸作りと貴族からの依頼

午後になると、彼の作業は石鹸の製造へと移ります。石鹸は貴族や教会からの依頼品として、彼にとって重要な収入源だった。エリアスは薬草や香料を混ぜ、上質な石鹸を作る技術にも優れていました。

ある日、貴族の使者が彼の作業場を訪れました。

「これはアウグストゥス家からの依頼です。教会で使う石鹸を追加で作ってほしいとのこと。」

エリアスは使者に礼を述べ、すぐに作業に取り掛かかりました。教会のための石鹸には、ラベンダーやローズマリーなどの香料を練り込み、柔らかな泡立ちと滑らかな肌触りを追求する。試行錯誤を重ねながらも、仕上がりには彼なりの誇りが込められています。

「これで完成だ。貴族や教会の厳しい目にも耐えるだろう。」

石鹸が整うと、それを美しい布に包み、依頼主に届ける準備をします。エリアスの石鹸は、その品質から貴族たちの間で評判となり、新たな注文が途切れることはありません。

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愚者の黄金の研究

夜になると、彼は本来の探究心に立ち戻り、愚者の黄金(黄鉄鉱)の研究に没頭します。

机に向かい、硫黄の分離過程で得られる副産物について記録を付けます。彼は、黄鉄鉱から得られる硫黄が単なる素材に留まらない可能性を探ろうとしていたのです。

「この物質は、他にどんな用途があるのだろう……何か見落としているかもしれない。」

エリアスは黄鉄鉱の結晶を手に取り、ランプの光にかざしてじっと見つめます。その輝きは、少年の頃に父から贈られた日を思い出させ、彼の胸に眠る探究心を再び燃え上がらせました。

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日常の中の静かな充実感

彼の生活は裕福とは言えなかったが、満ち足りていました。硫黄の納品や石鹸の製造は、彼の研究と探究心を支える重要な基盤でした。そして何より、手を動かし、目に見える成果を得るという行為そのものが、彼にとってかけがえのないものだったのです。

夜遅く、作業を終えたエリアスは、小さなランプの明かりの下で日記をつけます。

「今日も硫黄の純度を少しだけ上げられた。アウグストゥス家の石鹸も満足してもらえるはずだ。愚者の黄金の研究はまだ道半ばだが、進んでいる感覚がある。」

外には冷たい風が吹いていましたが、エリアスの作業場は暖かい炉の熱と、彼自身の情熱で満たされていました。

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ここまで読んだ評価。 (各項目5点満点) 表現力:4 独創性:4 読みやすさ:2 ストーリー:3 キャラクター:3 総合評価:3 総評:1話あたりの構成が独特で面白いと思いましたが、話がぶつ切りになっ…
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