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【本編完結】一発殴ってもいいですか?  作者: 一理。
【番外編】朝焼け

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4、誤解


 二日後、アルベルトとアリアンナは馬車に乗って孤児院にやって来た。


 アルベルトが顔を出したので子供たちは大はしゃぎだ。


「騎士のおじちゃん、遊んで―」

「俺、剣術を見て欲しい! 団長さんに言われた通り毎日棒で素振りをしているんだ!」


 子供たちにとってはアルベルトは今でも騎士団の団長様だ。ベアトリクスが修正しようとしたらアルベルトに止められたのだ。殿下とか呼ばれて畏まられたくないというのでベアトリクスも黙っていることにした。孤児院の院長をはじめ職員もだ。


 もう一人偶に顔を出すユリアーネは未だにゴリアス兄ちゃんと呼ばれている。髪色も変わり髪も伸びたのに子供たちは関係ないみたいだ。そう言えばベアトリクスも髪色が変わったのに子供たちはあまり気にしていないようだ。ベアトリクスの事は『姫さま先生』と呼んでくれる。姫さまでもないのに恥ずかしいが、子供たちは『姫さまだもん』と言い張るのでいつしかそれに慣れてしまった。


「ここがトリーが今住んでいるところなのね」


 アリアンナはキョロキョロした後で微笑んだ。


「子供たちの顔が明るい。栄養が足りて無さそうな子がいないわ。お部屋も清潔で居心地がいいし……いいところね」

「アリー座って、お茶を入れますわ」

「あら、今はいいわ」


 アリアンナは断って子供たちの所へ駆けだした。


「おばちゃんとも遊んで——」







 結局小一時間ほど遊んだ後に三人は馬車に乗ってようやく街に繰り出した。


「ああ、すっかりお腹が空いちゃったわ。まずはお昼にしましょうよ。アル、お勧めのお店を教えてちょうだい」

 

 機嫌よくアリアンナが言うとアルベルトは「さすが、子供の扱いには慣れているな」とアリアンナに感心した後にチラッとベアトリクスを見た。


「トリー、下町の店でもいいか?」

「はい、私はどこでも構いませんわ」


 ベアトリクスが答えると「あら、あたしには聞いてくれないの?」とアリアンナがむくれる。


「お前は下町の店の方がいいんだろう?」


 アルベルトの返しにアリアンナは「あっはっは、そうね、肩が凝るところはごめんだわ」と笑った。

 ベアトリクスはアルベルトが言った「子供の扱いには慣れているな」という言葉が気になったのだが、聞きそびれてしまった。

 



 アルベルトが案内してくれたのは南地区にある市場街の中のお店だった。

 この辺りは庶民の繁華街であり、メイン通りの両側に小さな店舗がずらりと並び、呼び込みの声もにぎやかだ。その一本右隣の通りには屋台が並んでいて串焼きやら飴細工やらふかしたパンの匂いが漂っている。その屋台の匂いにお腹が鳴りそうなのを我慢しながら通り過ぎるとその先に数件の食堂が建っていた。店の外にも簡単な木のテーブルと丸椅子が置かれ、様々な人々がワイワイと話しながら料理に舌鼓を打ったりエールを傾けたりしている。


「これこれ、こういうところよ。ああ、美味しそうな匂いだわ、早く入りましょうよ」


 アリアンナは両手を叩いて喜んでいるが、ベアトリクスは目が回りそうだった。

 ベアトリクスが行ったことがあるのは東地区の大通り付近のみ。貴族御用達の店や、平民でも裕福な者たちが集う界隈だ。落ち着いたレストランを想像していたのだ。


「大丈夫か?」


 心配げなアルベルトにベアトリクスは微笑んだ。


「はい、初めての経験にドキドキしていますの」


 それは嘘ではない。目が回りそうではあるが、嫌ではなかった。


「美味しい!」


 運ばれて来た料理を口にしてベアトリクスは目を丸くする。

 魚を煮込んだものや肉を甘辛いたれに漬けて炙ったもの、ゴロゴロの野菜を煮込んだスープ。どれも豪快な盛り付けではあるがとても美味しかった。

 アリアンナはエールを豪快に飲んでいるがベアトリクスは果実水を貰った。

 心配そうにベアトリクスを見ていたアルベルトだが、ベアトリクスが美味しそうに料理を食べるのを見てホッと息をついた。


「おい、あんまり飲み過ぎるなよ、これから買い物をするんだろう?」


 アルベルトがアリアンナに注意すると「エールなんて水みたいなものよ、あっはっは」とアリアンナは豪快に笑った。


「お土産を買うのでしたわね、ご家族に? ご友人に?」


 ベアトリクスが聞くとアリアンナは串焼きの肉を飲み込んでから答える。


「十七歳の男子、十五歳の女子、十三歳の男と女の双子ね」

「肝心なのを忘れているぞ。バルが拗ねるだろう」


 アルベルトの合いの手が入りアリアンナは付け加えた。


「それと愛しの旦那様ね」

「…………え?」


 理解できない単語が聞こえてベアトリクスは聞き返した。


「旦那と子供たちにしこたまお土産を買って帰りたいの。子供たちは学園の寮に入っているからウチにはいないんだけどね、バルは寂しくて泣いているかもしれないわ」

「ああそうだ、俺の所にも何回も手紙が来たからな。早くアリーを返せって」


 ベアトリクスは会話を続ける二人を茫然と眺めた。


(待って……待って……アリーが結婚している? 子供が四人? 聞いていないわ。それに……アルベルト殿下は当然それを知っている……)


 アルベルトはアリアンナに思いを寄せているのだとばかり思っていた。さっきから二人が話しているバルという名前は二人の思い出話の中に何回も出て来た名前だ。だけどその人がアリアンナの旦那様だなんてベアトリクスは思いもよらなかった。


「……アリー、結婚していらしたの?」


 ベアトリクスの問いにアリアンナとアルベルトが顔を見合わせた。


「アル、言ってなかったの?」

「いや、俺は……言ってなかったか?」


 アルベルトが聞くのでベアトリクスはコクリと頷いた。


「ああ、そういう事ね」


 急にアリアンナが手をポンと叩いて納得したような顔をしたのでアルベルトが「何だ?」と聞く。

 アリアンナはアルベルトを半目で見ながら「鈍いにもほどがある」と呟いてからベアトリクスに向き直った。


「トリーはあたしとアルが特別な関係だと思っていたのでしょう? なんか偶に会話がかみ合わないなと思ってはいたのよ。もっと早く気付くべきだったわ」

「はあ? 俺とアリーが? ありえん!」


 横で素っ頓狂な声を上げたアルベルトのおでこをピンと叩いてアリアンナが言った。


「あたしだってありえん! だわよ」


 でもそういう距離感なのだ。だからベアトリクスは誤解してしまったのである。実は今も少々誤解している。アルベルトはアリアンナに報われない想いをずっと抱いているのではないかと。


「あのね」アリアンナは動揺しているベアトリクスに優しく語り掛ける。


「アルにとってあたしは唯一愛とか恋とかの対象になりえない女なの。だから親友になれたのよ」


 アリアンナのいう事がベアトリクスはよくわからない。納得できないベアトリクスを見てアリアンナはもう一度言葉を紡いだ。


「今はこんな髭面のおっさんだけどね、アルは学園にいた頃は紅顔の美少年だったのよ」

「おい、髭面は余計だ」

「アルは黙ってて」


 ビシッとアルベルトに言ってアリアンナは話を続ける。


「そりゃあもうモテたわ。紅顔の美少年から精悍な青年に成長して魔術も勉強も優秀。モテるなっていう方が無理よね。まあ中身はちょっとヘタレなんだけど」

「おい」


 アリアンナに睨まれてアルベルトは口を閉じた。


「今だからわかるんだけどアルはこの国の王子様だっていうことを隠して平民として生活していたでしょう、だから恋愛に消極的だった。王子としてこの国に戻る未来とウチの国で平民として生活していく未来、どっちに転ぶかわからなかったからかしらね。恋愛に対して壁の様なものを築いていたのよ。でも親しくなった女の子はみんなアルに恋しちゃうの。恋人にして欲しいって迫ったり女の子同士敵対して喧嘩したりね。アルが課題で一緒になった女の子に話しかけたらその子が恋人と別れてアルと付き合うと言ったってこともあったわね。そんな中であたしだけがそんなことを考えないで付き合える相手だったのよ」

「アリーとバルのカップルは有名だったからな」


 やっと口を挟んだアルベルトに照れもせずアリアンナが続ける。


「ええそうよ。あたしとバルは幼馴染で一生お互いを愛する運命の相手なの」

「学園時代からお互いしか見えていないって感じだったものな。今もそうだけど」


 アルベルトのその言葉は少々羨ましさが滲んでいた。


「まあそんな訳でアルはあたしにだけは壁を作らなくていいのよ。もちろんバルとアルが親友になってあたしとも馬が合ったっていうのが大きいけどね。アルはウチの子たちとも仲がいいの。小さい頃は赤髭のおじちゃんと呼ばれていたわ」

「そう……だったんですか……」


 もうベアトリクスは納得するしかなかった。それではアルベルトは単なる責任感で離宮に通って来ていたのだろう。


「それでね、アルがあんなに足繁く離宮にやって来た目的は……聡明なトリーならもう気づいているでしょう?」


 その言葉にベアトリクスは首を横に振った。


「アリー、勝手な事を」


 アルベルトが狼狽えているがアリアンナは澄まして言った。


「ねえトリー、この意味をよく考えてちょうだい。これがあたしからの最後の宿題よ」




 その後は今の話を忘れてしまったようにアリアンナは買い物を楽しんだ。

 ベアトリクスも一緒に娘さんに贈る髪飾りや洋服を選んだり、この国特有のお茶や乾燥果物など山のような荷物を馬車に積んでアリアンナは王宮に戻って行った。


 一人で馬車に乗って。

「アル、ちゃんとトリーを送ってあげてね。それから男なんだから決める時は決めなさい」と発破をかけて。



 夕暮れ近い街並みをアルベルトとベアトリクスはゆっくりと歩く。

 それはいつもの光景だけれどいつもと違う。


「以前話した事があったかな。宰相が張り切って俺にご令嬢方と顔合わせをさせていると」


 アルベルトがポツリと話し、ベアトリクスは頷いた。そう言えばそんなことを聞いた。もう半年以上前の話だ。気に入ったご令嬢はいたのだろうか。


「最近は止めてもらっているんだ。気になる人が出来たから」


 気になる人……ベアトリクスは隣を歩くアルベルトを見上げた。アルベルトは背が高い。ベアトリクスが見上げなければ目が合うことが無い。視線を上に向けると熱をはらんだアルベルトの瞳がベアトリクスを見つめていた。


「あっ」


 横を向いて歩いていたせいで道路の段差に気づかずベアトリクスがよろけるがすかさずアルベルトが腕を掴んで支えた。


「ありがとうございます」


 ベアトリクスがお礼を言ったがアルベルトの手が離れていかない。

 腕をぐいと引き寄せられて近くなった距離のままアルベルトが話を続ける。


「ご令嬢たちとのお茶会は苦痛だった。俺はこんな武骨な男だから何を話していいかわからん。歳も離れているしまるで別の世界の生き物と対峙しているようだった。でもある時気づいたんだ。年若きご令嬢でも自然に話せる人がいる。その人の傍だと落ち着いて寛ぐことが出来る。環境が変わっても腐らず優しく、立ち向かう勇気がある。そのくせ新しい事に挑戦するときは少し無謀でハラハラする。意欲的で明るい面を持ちながらも普段は落ち着いた雰囲気の完璧な淑女なんだ」


 ベアトリクスは顔を伏せた。

 伏せながら「そんな方が、アルベルト殿下にはいますのね」と呟く。


「トリー、顔を上げてくれ。そのご令嬢の名前はベアトリクス・エア・ファラーという」


 ベアトリクスは震えた。歓喜の震えなのか絶望の震えなのか。


「トリー、俺は君を妃に——」

「仰らないでくださいませ。どうかその言葉は——」


 アルベルトは愕然とした後に力なくベアトリクスの腕を離した。


「すまない、俺は勘違いをした。アリーの所で過ごす時間や君を送る時間が楽しくてその……俺に好意を寄せてくれていると。迷惑だったな」


 ベアトリクスは急いで首を横に振る。


「そんな、迷惑なんて思ったことはございませんわ! 私も楽しかったのです」


 楽しくて辛かった。アルベルトはアリアンナの事を好きだと思っていたから。だから嬉しい。今、アルベルトに熱い瞳で見つめられて、ベアトリクスを思う気持ちがアルベルトの口から紡がれて。


 でも駄目なのだ。


「アルベルト殿下、送って下さってありがとうございました。孤児院までもう少しなのでここからは一人で帰れますわ」


 丁寧にお辞儀をしてベアトリクスは背を向けた。


「トリー」


 アルベルトの呟く声が聞こえたが振り返らなかった。

 


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