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【本編完結】一発殴ってもいいですか?  作者: 一理。
【本編】

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60、お願い事をするユリアーネ


 王宮の奥宮の廊下を静々と歩く。

 隣には父であるヴァルツァー辺境伯。ちょっと緊張しているようだ。

 ユリアーネは初めて王宮に来た十二の時を思い出していた。あれからいろいろな事があった。あの時初めて会ったテオドールは国王になりこの先でユリアーネ達を待っている。


 案内の侍従がノックの後扉を開ける。

 扉脇の近衛騎士がユリアーネ達に頭を下げた。彼は元黒の騎士団だ、顔に見覚えがある。配置換えで白の騎士団になったらしい。

 通された部屋は国王陛下の私室にもほど近い談話室。サロンほど窓が大きくは無いが、大きく開け放った窓から初夏の風が吹き込んで来て心地よかった。



 室内にいたのは正面にテオドール。右横にアルベルト、左に宰相が座っていた。

 型通りの挨拶を交わしソファーに腰を落ち着ける。

 お茶とお菓子を整え、侍従が出ていくとテオドールはあらたまった顔でヴァルツァー辺境伯とユリアーネを見つめた。


「テオドール陛下、お忙しいところ謁見に応じてくださりありがとうございます」


 ヴァルツァー辺境伯が切り出すとテオドールは一つ頷いて言った。


「ヴァルツァー辺境伯には返しきれない恩がある。卿の頼み事なら喜んで聞こう。それにユリアーネに会えるのは嬉しいからな」


 今日の謁見はヴァルツァー辺境伯から申し入れた。

 内々でお願い事があると。テオドールは二つ返事で了承し、この場をセッティングしてくれたのだ。

 テオドールがどんなお願いを想像していたのかはわからないが、この場で婚約の話を出されるかもしれないとユリアーネは考えていた。


 ごくりと唾を飲み込んでヴァルツァー辺境伯は一気に言った。


「お願いの前に娘、ユリアーネの婚約が調ったことをご報告申し上げます」

「「……今何と?」」


 テオドールとアルベルトの声が重なった。


「……叔父上も知らなかったのですか?」


 テオドールの問いにアルベルトも茫然と答える。


「ヴァルツァー辺境伯、それはいつだ? 俺はまったく気が付かなかった」

「つい二日前ですな。といってもまだ正式な婚約という訳ではありません。届け出はこれからさせていただきますので」


 しれっとヴァルツァー辺境伯は答える。それはそうだ、ヴァルツァー辺境伯家の婚約なら書類が国王であるテオドールの元まで上がってくる。気が付かないわけがない。

 あえて辺境伯が今口にしたことはユリアーネがテオドール以外の者を選んだことを意味しているのだ。


「その……誰と婚約したのか……聞いてもいいだろうか……」


 震える声でテオドールはユリアーネを見つめ問いかけた。


「ディルク・アルトマン子爵でございます。テオドール陛下」


 ユリアーネもテオドールをまっすぐ見て答えた。


 本当は心苦しい。テオドールが自分を思ってくれていることは痛いほど理解している。王宮を飛び出した時みたいにテオドールを厭わしく思う気持ちはない。

 それどころか父と母を断罪し、茨の道を進むテオドールを支えたいと強く思う。

 でもテオドールが選ぶ時間をくれたから、ユリアーネに考える時間をくれたから、ユリアーネは自分の心に向き合った。


 ユリアーネの考え方は単純だ。

 アルベルトと話をしたときにアルベルトの隣に立つのは落ち着いた大人っぽい令嬢が似合うのではないかと思った。

 そして次にテオドールの隣に立つ人を想像したときに、テオドールの隣には一見可愛らしくても実はしっかり者の令嬢が似合うのではないかと思った。

 本当は外見だけはユリアーネも大人しそうな儚げな令嬢に見えるけれど実際はまったく違う。それはユリアーネが似合うんじゃないかと想像したテオドールの相手にぴったりだったのだが、本人は自分の事は気が付かないものである。

 そして肝心なのが、ディルクの相手を想像したときにユリアーネは全く想像できなかったのである。どんな美女も、可愛らしい令嬢も、大人しい淑女も、明るく快活な女の子も無理だった。

 ユリアーネはディルクの隣だけは誰にも譲れないと思ったのだ。





 ユリアーネは自分の心が決まると直ぐにヴァルツァー辺境伯の部屋に行き、自分の気持ちを打ち明けた。

 ヴァルツァー辺境伯は「そうか、俺はお前の幸せを一番に願っているぞ。後は任せろ」とユリアーネをハグして言った。

 

 丁度ディルクが遠征から帰って来て王都にいたので早速次の日王都の某レストランの個室でディルクと会った。


「閣下、お久し振りです」

「ああ。頑張っているようだな」


 挨拶もそこそこにヴァルツァー辺境伯はユリアーネを前に押し出した。


「ここからは自分で言え」


 押し出されたユリアーネは真っ赤になってディルクと向き合った。


「ん? ユリアーネ顔が赤いぞ、熱でもあるんじゃねえか?」


 そんなことを言った後、ハハッと笑って付け足す。


「鬼ユリが風邪なんかひくわけねえか。風邪の方が裸足で逃げ出しちまう」


(こいつ、本当に私の事を好きなのかしら)


 ユリアーネは一発ぶん殴りたくなった。でもそんなことをしたらムードが台無しである。もっとも今だってムードのムの字も無いけれど。


 ユリアーネはディルクを睨んだまま一気に言った。


「私をディルクのお嫁さんにしてっ!」


 たっぷり三分ぐらい固まってからディルクは聞き返した。


「は?」


 もう一度聞き返したら殴る、と決心を固めてユリアーネは繰り返した。


「だからっ、私をディルクのお嫁さんに——」

「いや、待て待て、今とんでもなく幸せな空耳が聞こえたぞ。まだだ、まだ喜ぶな、夢だった時のダメージが大きい。いいかディルク、慎重になれ、まずはほっぺたをつねって——」


 うっとおしいのでユリアーネはディルクの頬にパンチを入れてやった。


「いてえ! ってことは夢じゃない?」

「夢じゃないわよ、ディルクのお嫁さんにしてくれるの?」


 ガバッといきなりディルクに抱きつかれた。


「本当だな、本当に俺でいいんだな、後からやっぱりやめたなんて俺は受け付けねえぞ!」


 そう言いながらギューギューと抱きしめてくるディルクをユリアーネもギューギュー抱きしめ返しながら言った。


「ディルク()じゃなくてディルク()いいの。ディルクの隣に立つのは、ディルクが背中を預けられるのは永遠に私でいたいの」

「そうか……そうか……」


 抱きしめられているユリアーネの頬に熱い雫が落ちてきた。つられてユリアーネもじんわりしたときにべりっと二人は引きはがされた。

 引きはがした張本人、ヴァルツァー辺境伯はユリアーネを抱きしめながら呆れた口調で言った。


「お前たちのプロポーズは甘い雰囲気も何も無いな。そしてディルク、まだユリアーネは嫁にやったわけじゃない。俺の前でいい度胸だな」


 ヴァルツァー辺境伯に睨まれてディルクは涙が引っ込んだようだった。


 そんなことを言いながらも、ヴァルツァー辺境伯は素早くテオドールに謁見を申し込み、今に至る。

 そして素早く謁見を申し込んだのはユリアーネとの婚約をテオドールに思いとどまらせるためであるが、謁見したい理由の頼み事は別にあった。



「そうか……ディルクか……」


 やっぱりという顔つきのテオドールではあるがなかなか諦めきれないようであった。

 暫く逡巡するテオドールをユリアーネは真っ直ぐ見つめて待った。


「その……頼み事というのはディルクの事か?」


 やっと口を開いたテオドールの問いにユリアーネはかぶりを振った。


「いいえ、お願いというのは私自身の事です」


 居住まいを正し、ユリアーネは頭を下げた。


「テオドール陛下、私を騎士団に入れてくれませんか」


 この国に女性騎士はいない。騎士団は男だけである。

 思いもよらないユリアーネの頼みごとにテオドールは絶句した。


「必要なら入団テストを受けます。騎士団なら一年近く通っていたので内部の事もよく知っています」


 ユリアーネの必死の頼みに困惑してテオドールは隣のアルベルトと顔を見合わせた。


「いや、ユリアーネ嬢なら入団テストなどしなくても実力は折り紙付きなのだが……それはディルクと一緒に働きたいという事か?」


 アルベルトの問いかけをユリアーネは必死に否定した。


「違います。私は希望を聞いていただけるなら白の騎士団に所属したいと思います」

「白……王族や要人警護……」


 テオドールの呟きにユリアーネは答えた。


「そうです。私はテオドール陛下をお守りしたい。陛下と、いつか隣に立つ王妃様と、将来生まれてくるだろう陛下のお子様をお守りしたい。これが私なりのテオドール陛下の支え方なんです」


 テオドールは無言でユリアーネを見つめた。ユリアーネもテオドールを見つめる。

 ゴリアスだった時、テオドールの親友になりたいと思った。今の気持ちはそれに似ている。恋ではないけれどこの人を支えたい。父も母も切り捨て、孤独の道を行くこの人が少しでも安心できるように支えたい。それもまた一つの愛情だった。


 



次話予告『騎士として出勤するユリアーネ』です。

次回、最終話です。

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