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6、淑女宣言をするゴリアーネ


「「「テオドール殿下!!」」」


 少女たちから一斉に黄色い声が上がる。

 驚いたことに今まで済ましてお茶を飲んでいたベアトリクスまでうっすらと頬を染めていた。ベアトリクスはテオドールの二歳年上だ。


「まあ殿下、お会いできて嬉しいですわ。ささ、こちらへいらしてくださいませ」


 素早くイゾルテが席を立ってメイドに指示を出し自分の隣りに一人分の席を作らせた。

 そうしてテオドールの腕を取り席へ誘導する。婚約者であるユリアーネの前で堂々と腕を取るなんてはしたないと思われるがテオドールは腕を振りほどくこともなく素直に席に着いた。


「テオドール殿下、今日も素敵でいらっしゃいますわ」

「私もお会いできて嬉しく思いますわ。今日のお召し物もとてもよくお似合いですね」


 少女たちが頬を赤らめ一生懸命褒めそやすとテオドールも笑って答える。


「貴方たちもとても素敵だね。このサロンが花園になったみたいだ」


(うげ……)気分を削がれてユリアーネはストンと椅子に座った。


「おや、そこにいるのは僕の婚約者か。ゴリアーネ、久しぶりだな」


(最初から気づいていたくせに)面倒くさくなってユリアーネはおざなりに挨拶した。


「お久しぶりです、婚約者様。お元気そうで何よりです」


 ユリアーネが思った反応を返さないのでテオドールはちょっとムッとしたようだが、反応は隣りの席から返って来た。


「テオドール殿下? ヴァルツァー様のお名前はゴリアーネと仰るのですか? たしか……」


 満面の笑みでテオドールはイゾルテの方を向いた。


「ああ、ゴリアーネというのは僕が婚約者殿に進呈した愛称だよ。田舎育ちの彼女にぴったりだろう?」

「ヴァルツァー様にもう愛称を?」


 戸惑った令嬢たちの前にテオドールは得意そうに一枚の絵を出した。


「この魔獣は南方の国に生息するゴリラというんだ。ヴァルツァー辺境伯令嬢にそっくりだろう」


「「「ぷっ!」」」


 少女たちが一斉に吹き出す。


「テ、テオドール殿下……ふふっ、それはあまりに……」

「あら、うふふ、イゾルテ様、意外に似ていましてよ」

「そうそうこの目元など……うふふふふ」


(あほくさ……わざわざゴリラの絵姿なんか持ってきたのね)

 ユリアーネはあれからゴリラなるものを調べた。ゴリラはもちろん魔獣などではない。それどころか穏やかで優しい性質だそうで見た目が強そうでもありユリアーネはゴリラという動物が大層気に入った。

 知性をうかがわせる目元が似ていると言われてむしろ嬉しくさえ思った。

 しかしイゾルテと取り巻きの少女たちは、見た目が恐ろし気なゴリラに似ているとテオドールが率先してユリアーネを馬鹿にしたことで勢いづいたようだった。


「テオドール殿下、今魔術のお話をしていたのですのよ」

「ええ、イゾルテ様のお父様は優れた水の魔術の使い手でいらっしゃるとお話していたのです」


 イゾルテ達の言葉にテオドールも頷いた。


「殿下も火の魔術の名手でいらっしゃるとお聞きしましたわ!」


 薄茶が阿るように声を上げるとイゾルテが両手を握りしめて上目遣いにテオドールを見た。


「私、テオドール殿下の魔術を拝見したいわ」


 テオドールは一瞬迷ったようだが少女たちに持ち上げられて悪い気分では無さそうだった。


「うーん、僕の魔術は室内では危険だからな。火事になったら困るだろう」

「このサロンは広くて天井も高いのですから大丈夫ですわ。もし危なくなったら僭越ながら私の水の魔術で火を消しましょう」

「そうか、ガルドゥーン公爵令嬢は水の魔術が使えるんだったな」


 テオドールは得意げに皆を見回した。ユリアーネに目を止めると殊更につんと顎を天に向け見て驚くなというようににんまりと笑った。


「それでは少しだけ見せよう」


 テオドールはおもむろに両手を組んだ。


(こんな室内で火の魔術を使うなんて……)

 ユリアーネはちょっと呆れたが何も言わなかった。王族は火の魔術が使えるのだからこの部屋も何かそういう対策がなされているのかもしれない。壁際の護衛騎士たちも何も言わないし。それにユリアーネも興味があったのだ。辺境ではヴァルツァー家の魔術しか目にする機会がない。火の魔術とはどんなに凄い魔術なんだろう。


 テオドールが長々と呪文を唱えると皆が囲んだテーブルの頭上にポッと両手を広げたぐらいの炎の球が生まれた。

 更に長々と呪文を唱えるとその球がもう一つ。テオドールは最終的に三つの火の球を生み出すと手を振る。それに合わせて火の玉は少女たちの頭上をクルクルと三度ほど回り消えた。


(え? これだけ?)


 拍子抜けしてユリアーネはまじまじとテオドールを見た。

 テオドールはうっすら汗をかき肩で息をしているが表情は満足そうだ。


「テオドール殿下、凄いですわ!!」


 イゾルテが感極まったような声を上げる。他の少女たちも口々にテオドールを褒めた。


(これってそんなに凄いの?)

 ユリアーネはもっと物凄い火柱が上がるとか炎が矢のように飛んで行く様を想像していた。たしかにこの程度では火事になりようがない。護衛騎士たちも静かに見守っているわけだ。


(この程度だと戦いには使えそうもないわね。それにあんなに長々と呪文を唱えていたらその間に魔獣の一撃をくらって終りよ)ユリアーネは素早く口の中で呪文を唱えることが出来る。魔術の種類によっては無詠唱でも発動できるのだ。魔術というのは熟練度で発生スピードも威力も上げることが出来る。


「ヴァルツァー様は驚いて声も出せないご様子ですわね」


 呆れて声が出なかっただけなのだがイゾルテが得意そうに言った。


「それでは殿下ほどではありませんけれど私も水の魔術を披露いたしますわ」


 誰も頼んでいないうちにイゾルテは両手を組んで呪文を唱え始めた。

 長々と呪文を唱えるとテーブル中央の真上に水の球が生まれる。更に時間をかけイゾルテは水球を人の頭くらいの大きさにした。


「はあはあ……私にはこれが限度ですわ。テオドール殿下みたいに数を増やすことはまだ無理です」

「いいえ! 凄いですわイゾルテ様! 私はスプーン一杯の水を出す事しかできませんもの!」


 藍鼠が感激したようにイゾルテ様を褒めたたえる。


(スプーン一杯の水……わざわざ魔術で出して何に使うんだろう? 汲んで来た方が早いよね)

 ユリアーネが首をひねっている間に皆の頭上に浮いた水球はふよふよとユリアーネの方に漂ってきた。


「ああ! 失敗してしまいましたわ!」


 突然イゾルテが叫ぶとその水球はユリアーネの頭の上で割れ―—


「まあ! 申し訳ありませんわ! ヴァルツァー様が濡れ鼠に……ヴァルツァー様?」

「え……?」


 バシャ―ンと水が今までユリアーネが座っていた椅子に降り注ぎ辺りを水浸しにする。

 当然ずぶ濡れになっただろうユリアーネを見ると彼女はそこに居なかった。その椅子のはるか後方に立って腕を組んで何やら納得しているようだ。


(ふむふむ、戦いには全く使えないけど意地悪には使える訳ね。それも私には通用しないけど)


「あら、ガルドゥーン様は魔術の制御はお得意ではないんですね」


 ユリアーネがにっこり笑うとイゾルテが真っ赤になった。ユリアーネだとてこのくらいの嫌味は言える。


「ななな……大体あなたいつの間に……」


 たしかにユリアーネの頭上で水球を破裂させたのに……とイゾルテは唇を噛んだ。


「さあ? 私はここに居ましたけど?」とユリアーネが白々しく首をかしげる。


 ユリアーネは自身の魔術を使って移動したのだ。もっとも無詠唱だから誰も気が付かなかったかもしれないけど。


「面白い見世物をありがとうございました。テーブルも水浸しになってしまいましたし私はこれで失礼します」


 これ以上ここに居ても楽しい事は何もない。王都の貴族とはお友達になれそうもないわーとため息を一つ落としユリアーネは踵を返そうとした。


「待ちなさいよ!」


 今までのお上品な仮面を脱ぎ捨ててイゾルテがユリアーネを呼び止めた。


「あなたも五人の魔導士の末裔なら魔術を使えるんでしょう? 披露してみなさいよ」


「披露?」


 ユリアーネは首を傾げた。披露も何もイゾルテの水球から逃れたのはユリアーネの魔術だ。誰も気づかなかったかもしれないけど。


「イゾルテ様、可哀そうですわ。田舎者には魔術など使えませんでしょう」


 藍鼠が憐れんだ口調で言うと薄茶も同意した。


「そもそも辺境に追いやられた銀髪の魔導士がどんな魔術を使えるのか皆知りませんもの」

「実は魔導士など嘘だったのではないかしら」

「ああ、だから辺境に追いやられたのね」


 二人の話を聞いてユリアーネは驚いた。ヴァルツァー家の魔術を王都の貴族は知らないのか。

 ヴァルツァー家の魔術は火や水のように目に見えるものではない。だけど辺境では皆が知っている。だから当然ここでも皆が知っていると思っていたのだ。

 一般の貴族は知らなくても王子や公爵家は知っているだろうとイゾルテとテオドールを見ると二人も藍鼠と薄茶の話にうんうんと頷いている。


(あきれた……知らないなら絶対に教えてやるもんか)

 ユリアーネはしらを切りとおすことに決めた。


 ヴァルツァー家の魔術は身体強化である。

 己の身の内に起こる事だから他者には見えづらい。でも常人にはありえない脚力、跳躍力、腕力等身体の各部分を強化することが出来、加えて聴覚強化、視力強化など感覚強化も出来る。直系のユリアーネは自身の髪色も変えることが出来た。

 残念ながら顔立ちや体型を変えることは出来ない。体型を変えることが出来たら一向に成長しない胸部に悩むこともないのに、と少々残念である。


(いいもん、私はまだ十二歳だもん。私は伸びしろのある子なのよ)


 今の状況から脱線してユリアーネは著しい成長を見せているイゾルテの胸部を眺めていた。


「さあ、ヴァルツァー様、魔術をお見せくださいな。魔術も使えないのにテオドール殿下の婚約者だなんて私は認めませんわ!」


 腕を組んでイゾルテがユリアーネを睨む。


「馬鹿馬鹿しい」

「馬鹿馬鹿しい?」


 思わず漏れたユリアーネの言葉にイゾルテがいきり立った。


「あなた! なんて失礼な―—」

「失礼なのはそっちでしょう。そもそもこの婚約は私が望んだことじゃないわ。あなたに認めてもらわなくてもぜんっっぜん構わないけど文句があるなら国王陛下に言ってちょうだい!」


「おい! お爺様に文句を言えなんて不敬だろう!」


 反論したユリアーネにテオドールが食って掛かると今度こそユリアーネはブチっとキレた。


「はあ? 私はあんたなんかの婚約者になんてなりたくなかったわ! なのに何でこんなところまできて意地悪されなきゃならないのよ!!」

「この僕の婚約者になりたくなかっただと? 優秀で容姿も申し分ないこの僕の?」


 ショックを受けたようなテオドールの様子にユリアーネこそショックを受けた。


(何? こいつ、女の子がみんな自分に惚れると思っているの?)


「テオドール殿下、あなたより素晴らしい方など王国中を探してもいらっしゃいませんわ!」

「そうですわ! 殿下は私たちの憧れ。お姿を拝見するだけでその日一日薔薇色になるんですもの」

「こんな田舎娘の言うことを真に受ける必要はありませんわ!」

「田舎娘には殿下の良さがわからないのです。ほら、所作だって田舎者丸出しのガサツさですわ」

「こんな身の程知らずの田舎娘など―—」


 もうイゾルテと取り巻き達はあからさまにユリアーネを田舎娘と罵り始めた。それをベアトリクスは白けた目で見つめ、もう一人の少女はオロオロと見ている。


「オーホッホッホ!」


 ユリアーネの悪口大会を開いている少女たちに向かってユリアーネは高らかに嘲笑を浴びせた。

(ご令嬢の笑い声ってたしかこんな感じよね)皆がギョッとしてユリアーネを見つめる。


「田舎者、田舎者ってうるさいわよ。私は伸びしろの大きい子です。今から王国一の淑女になってみせます!!」


 口々に何か言いかける少女たちを制してテオドールが前に出るとユリアーネと対峙した。


「ふうん、君が王国一の淑女になったら僕の婚約者として候補に入れてあげてもいいよ。まあ無理だろうけど」

「あら、私が王国一の淑女になったら貴方なんかきっと目の端にも入らないわ!」


(今でもまったく好みじゃないけどね)とユリアーネはテオドールをキッと睨んでから今度こそ踵を返した。






次話予告『国王にお願いされるユリアーネ』です。

夜にもう一話投稿します。

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