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【本編完結】一発殴ってもいいですか?  作者: 一理。
【本編】

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58、ファンクラブが出来たユリアーネ


 面会室の外に出るとヘレーネの涙はもう収まっていた。


「ごめんなさい、お待たせしたわ」


 ユリアーネが謝るとヘレーネは微笑んだ。


「いいえ、落ち着くのにちょうどいい時間でした」


 そうしてうーんと伸びをした。


「言いたい事が言えてスッキリしました。自分勝手な感情を押し付けただけですけど」

「ヘレーネ様はその権利がありますわ。なんなら一発殴っても良かったのに」


 ユリアーネの言葉にヘレーネは目を丸くした。


「さすがにそれは……」

「あら、私は殴ったわ」

「あら、そう言えば……」


 あの夜会の時にそんなことをユリアーネが言っていたとヘレーネは思い出した。その後の事も。


「ユリアーネお姉様、テオドール陛下に求婚されていましたね」


 ヘレーネの言葉にユリアーネはウッと詰まる。ヘレーネは興味津々といった目でユリアーネを見つめている。


「その、テオドール陛下は今とてもお忙しい時でしょう、あの夜会から一度もお会いしていないし、今はそんな時期じゃないわ」

「ええ、そうですね」


 ヘレーネは一応納得したようだ。ヘレーネ自身、執務の手伝いで非常に忙しい。今日は特別にお休みを貰っているだけなのだ。

 ヘレーネの追及を一応は躱せたようでユリアーネはホッとした。

 テオドールの求婚を忘れたわけではない。

 それどころか忘れたくても忘れられない。だって毎日届くのだ、花と手紙が。会っていないことは確かなのだが、その代わりに花束が届けられる。長い文章ではないが、『君に会いたい』とか『執務の間に君の笑顔を思い出す』とか背中がむず痒くなるような文章の手紙を添えて。


 ディルクはそれを見て不機嫌そうだが何も言わない。

 ディルクはディルクで怪我等で人員が減った騎士団で忙しそうにしている。特に近衛騎士を含む白の騎士団はまともに動ける者が三分の一なので赤と黒から人を割いている。緑は緑でビゼンデル師団長が解任になりその腰巾着ともいえる騎士たちも処分を受けたので人員が減って大変そうだ。

 少なくなった騎士を率いてディルクは盗賊討伐や魔獣討伐など飛び回っている。


 ディルクは何も言わないが、王都に帰って来た時は必ずユリアーネに会いに来る。ディルクが時々狂おしいような瞳でユリアーネを見つめていることをユリアーネはもう気づいている。その瞳に出会うとユリアーネの胸の奥の方がざわざわと落ち着かなくなるのだ。





 馬車に乗り、本宮に帰る途中でヘレーネがとんでもないことを言った。

 馬車の中でヘレーネは明るい調子で世間話をしていたのだが、ふと思い出したようでこんなことを言ったのだ。


「そうそう、ユリアーネお姉様のファンクラブが出来たのご存じですか?」

「ふぁんくらぶ?」


 聞いたこともない言葉にユリアーネがきょとんとすると、ヘレーネが詳しく説明してくれる。


「あの夜会の時のユリアーネお姉様の雄姿を見て憧れるご令嬢が多かったのです。白いドレスを翻し、宙を舞って魔獣を倒すユリアーネお姉様のお姿は女神さまのようでみんなうっとり見つめてしまいましたの」


 両手を組んでキラキラした瞳でヘレーネは語りだす。


「最初は集まってユリアーネお姉様の素晴らしさを語り合う会だったのですけど」


 だんだんとその数は膨れ上がり、仲間に入れて欲しいという令嬢やちらほらと夫人も出始めた。そうして憧れの方を愛でる会『ファンクラブ』なるものが出来上がったのだという。


「代表は他の方にお任せしていますが私は会員番号一番ですわ」


 自慢げにヘレーネは胸を逸らした。

(いや、もう、恥ずかしいからやめてもらいたい)

 ユリアーネはどんな顔をしていいかわからず引きつった笑みで「ありがとう」と言っておいた。


 ちなみにユリアーネのファンクラブが発足してから『ヴァルツァー辺境伯様、イケオジファンクラブ』『黒衣の貴公子ディルク騎士様ファンクラブ』『御髭が魅力、アルベルト殿下ファンクラブ』も発足したそうである。テオドールは元から憧れていた令嬢多数であるが、国王陛下になった今は不可侵の存在になったそうでファンクラブは無いらしい。

 前述の三人のファンクラブが出来たのはユリアーネ同様、夜会での雄姿にハートを射抜かれる令嬢が多かったためである。

 その他にも、騎士や衛兵に危ないところを救われて恋に落ち、交際がスタートしたカップルが何組かあるらしい。まだ婚約者が決まっていない下位貴族の令嬢と騎士が多いのだが、あの悲しくて凄惨な夜会が切っ掛けでそんなほんわかした話が聞けたことでユリアーネはハンネスに会って沈み込んでいた心が浮き立ったような気がした。

 ヘレーネはわざと明るい話題を出しているのだろう。彼女自身の心も浮き立たせるために。

 気が弱いとか、引っ込み思案だとか言っていたけどヘレーネは強い子だわ、とユリアーネは改めて思った。それとも数々の経験や、彼女の強くなりたいという意思が彼女を変えていったのか。




 本宮で馬車を降りると待っている人がいた。

 

「ユリアーネ・フェア・ヴァルツァー様、王宮にお越しになっているとのことをお耳にして陛下がお会いになりたいそうです。急な事で申し訳ございませんが、少しお茶にお付き合いいただけませんでしょうか」


 ユリアーネは驚いてヘレーネと顔を見合わせた。


「今日は陛下にお会いするような恰好では御座いませんわ」

「いえ、事前連絡もない急なお誘いですのでお気になさらず、とのことです」


 ハンネスに会いに来たのだからユリアーネは地味なデイドレス姿である。それでもいいと言われては断ることが出来なかった。

 ヘレーネと一緒に歩いていくと案内されたのは奥宮でなく、本宮の国王執務室の近くの談話室だった。


「あ、ケーニヒ様、お休みのところすみませんがこの書類の詳しい資料がどこにあるかご存じですか?」


 談話室に入ろうとしたところでヘレーネは忙しそうな文官に呼び止められて行ってしまった。

 仕方がないので一人で談話室に入り、出された紅茶を飲んでいると程なくテオドールが部屋に入ってきた。


「急に誘って申し訳なかったな、ユリアーネ」

「いえ、こちらこそこんな格好で申し訳ありません」


 テオドールはユリアーネの向かいにどっかりと腰を落とすとユリアーネをまじまじと眺めた。


「そんな事、ゴリアスとして散々会っていたんだ、今更だろう?」


 まあ、そう言えばそうだ。国王陛下にはなったが、テオドールはテオドールだ。ユリアーネは、ゴリアスは彼の親友になって彼を支えたかったのだ。

 テオドールはゆったりとソファーに身を預けてユリアーネをじっと見ている。その顔は疲労の色が濃いが表情は穏やかだ。

 ユリアーネは毎日届けられる花のお礼をテオドールに言ったが、テオドールは無言でユリアーネを眺めている。

 暫く無言の時が流れた。


「テオドール陛下、お疲れなのではないですか? ここに居るよりお部屋に帰って休まれては?」


 じっと見つめられることに段々気恥ずかしくなってきてユリアーネは声を掛けた。

 夢から覚めたようにテオドールは目をパチクリさせて「ああ、すまない」と謝った。


「ユリアーネを堪能していたんだ。やっと会えただろう? 君を目に焼き付けておきたくて」

「たんの……!」


 予想外の甘い言葉が返って来てユリアーネが絶句しているとテオドールが話を続けた。


「懐かしいな、昔、お爺様が存命だった頃は君とのお茶会があっただろう? その時は意地を張っていてそうとは気づかなかったけれど、僕は君の姿を堪能していたんだ。君は些細な事で表情が変わり見ていてとても楽しかった」


(そんな……睨まれていた訳じゃなかったの? テオドール殿下は私の事が嫌いだから無言で睨んでいるのかと思っていたわ)

 今更知る事実にユリアーネはびっくりする。それに……表情がそんなにクルクル変わるなんて淑女として失格だわ。グラッぺ夫人は褒めてくださったけど淑女としてはまだまだだったのね、と密かにちょっと落ち込んだ。


「ユリアーネは今までどうしていたんだ?」

「お忙しい陛下には申し訳ありませんがのんびり過ごさせていただいています」


 事後処理と新国王としての政務でテオドールは忙しい。まだ体制も固まり切っていないのだ。

 ユリアーネはこの一か月、好きな事をして過ごしていた。気になったフリーデリーケの事を調べにファラー公爵家の領地に行ったりもした。そのほかには孤児院にカイやメーナを訪ねたり、スラムに顔を出して困っている人の手伝いをしたり。

 スラムには再生のための資金が下りることになりコーマックをはじめ西地区の行政支所の面々は拍手喝采した。主な資金はソフィー王妃の私室に残されていた豪華なドレスや宝飾品、贅沢な調度品、珍し気な異国の品々。テオドールはそれらを全て売り払い不当に搾取されていたり補助金を減額されていて困っている貴族たちに分け与えた。西地区の行政支所にもスラム再建の資金が下りることになり、まず手始めに、火事以降手つかずだった空き地に療養施設と職業訓練施設が建てられることになった。託児所付きなので子供を預けて手に職をつけられる。そして順次簡素ではあるが清潔な長屋に建物を建て替えていく。生活が安定するまでは療養施設の庭で毎日炊き出しが行われるそうだ。

 建物の着工はおろかまだ荒れた空き地の整地に手を付けたばかりだが、皆の瞳に希望の光が見えた。


「ヴァルツァー辺境伯にも叔父上にも助けてもらっている。宰相にも戻ってきてもらった。シュテファンやヘレーネ嬢も頑張ってくれている。忙しいが充実しているし、何故だか孤独ではないと感じるんだ。母は亡くなり父は異国に旅立つことになるだろう、それなのに不思議な事だ」


 テオドールの表情は穏やかだった。昔はもっと苛立った表情を見せたことが多かったようにユリアーネは思う。


「私も、私もテオドール陛下のお力になれるように頑張りますわ。微力ですけれど」


 ユリアーネは今、今後の人生を模索中なのだ。父のヴァルツァー辺境伯には好きにしていいと言われている。だから王都に残った。辺境に帰りたかった、十二で王宮に住み始めた時は故郷を思って夜中に何回もこっそり泣いたのだった。


「そんなことはないよ、ユリアーネが力になってくれるならこんなに嬉しい事はない」


 躊躇った後、テオドールは言葉を続けた。


「二か月後に即位の儀を行うことが決まった。その時までに王妃となる女性を決めて欲しいと言われている」


 すぐに結婚する訳ではないが、国王であるテオドールの妃になるにはそれなりの家柄と品格が求められる。ソフィー王妃のような王妃を選ぶわけにはいかない。

 テオドールにはそれほど多くの選択肢があるわけではない。そして行方不明で婚約を一旦は解消になったが、王子妃教育を済ませているユリアーネは適任なのかも知れなかった。

 それよりなによりテオドールの熱い瞳が、ユリアーネを望んでいると物語っていた。


「近いうちに正式に話をしたい。また、連絡するから」


 そう言ってテオドールは部屋を出ていった。




次話予告『恋について考えるユリアーネ』です。

残り三話、明日中に投稿したいと思います。もう少しお付き合いいただけると嬉しいです。

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