56、それぞれの処遇
短めです。
あの悲劇の夜会から一か月が経った。
事態はまだ収拾していないまでも一応の落ち着きを見せ始めていた。
テオドールは暫定的に王位についたものの即位の儀はまだ行われておらず、即位の儀は行っても大々的なお披露目や夜会などは一年後にするつもりである。
ソフィー王妃はあれから三日生きた。
恩情により病室のソフィー王妃の傍らには最後まで国王、いや、前国王エドヴィンが付き添ったが、ソフィー王妃は前国王に詫びるどころか最後まで不満を漏らした。
自分は何も悪いことをしていないのにどうしてこんな目に遭うのか、痛い、苦しい、どうにかして、こんな目に遭ったのはエドの所為よ、それがソフィー王妃の最期の言葉だったらしい。
ソフィー王妃を刺したハンネス・ヴェーゼは牢屋に収監されている。憑き物が落ちたように素直に取り調べに応じるハンネスによって明かされる謎も多いだろう。
ブラッドウルフを捕まえ、王宮に解き放ったのは分かっていたことだがファラー公爵。ファラー公爵は大量の資金を投じ、ならず者や素行不良で騎士団や兵団を解雇されたものを雇っていた。百人体制でブラッドウルフの群れを捕獲すると檻に閉じ込めこっそり王都に輸送した。
夜会の日の夕刻、薬で眠らされたブラッドウルフが三つの檻に入れられて王宮の庭に持ち込まれた。もちろん檻には目隠しがされておりそれとはわからないようになっている。
緑の師団長ビゼンデルは夜会の特別な催しに使用するからとファラー公爵に言われてその三つの檻を庭園に運び込むのを中身を確かめもせず容認したそうである。その後運び込んだ者たちに襲われ配下の騎士共々素っ裸で縛られ納屋に閉じ込められた。
実は夜会でブラッドウルフが窓を破ってホールに侵入した際、ヴァルツァー辺境伯の片翼フォルカーと遅れて王都に到着したラウレンツは丁度馬車寄せの辺りにいた。
ガラスが割れる音を耳にして二人は庭園に走った。そして庭園で開け放された檻の近くで怪しい動きをしている者たちを発見したのである。
乱闘になり、二人が怪しい者たちを全て捕らえたのはホールが静まった頃。捕らえた者たちの証言により魔獣搬入の詳細が分かった。
ちなみに素っ裸のビゼンデル達が発見されたのは翌朝である。春とはいえ夜は冷える、そろって風邪を引いたとか。
この失態でビゼンデルは師団長を解任された。
テオドールは王位に就いたものの人材も経験も不足しており問題は山積みである。
宰相には前々国王陛下の時代の宰相に戻ってきてもらった。テオドールの祖父の時代に国王を支えた人物である。ソフィー王妃に苦言を呈し解任されていたがテオドールが直々に頭を下げに行き、戻ってきてもらったのだ。そしてアルベルトが王族に復帰し、王叔父としてテオドールを支えることになった。無理をすれば騎士団総団長との兼務も出来なくは無いが、中途半端を嫌ってアルベルトはドミニクに総団長の地位を譲り政務に専念することにした。テオドールとアルベルト、たった二人の王族なのだ。
騎士団総団長の任に就くにあたりドミニクは伯爵位を叙爵した。今回の事件の功労を認められたのである。そのほかにも白の師団長エーミール・コッペも伯爵に陞爵、ヴァルツァー辺境伯とシュテファンも子爵位を叙爵した。辺境伯は二つ目の爵位だが、シュテファンはハイツマン公爵の後を継ぐまでは子爵を名乗ることになる。そしてなんとディルクも子爵位を叙爵した。ディルク・アルトマン子爵が新しいディルクの名前だ。
「という訳で、親父、アスマン家は弟の誰かに継がせてくれ」
「おう、わかった。お前はお前で頑張れ」
あっさりとしたラウレンツの返事だ。ディルクは下に弟が三人もいるのでアスマン家に跡取りの心配はない。
その他にも功績があった者はなにがしかの褒賞を賜った。
その反対に爵位を剥奪された家もある。
ロンメル男爵家は一年前に取りつぶされているが、ベルク子爵家も爵位を剥奪された。ベルク子爵は平民となり、鉱山に送られる。子爵家の資産を処分しただけでは横領したお金を返せないからだ。
そして当主が死亡したファラー公爵家とガルドゥーン公爵家。
罪の重さを考えれば爵位を剥奪されてもおかしくない。しかし三大公爵家の内の二つの公爵家なのだ。二つの公爵家の当主が重篤な犯罪を犯し、そろって死亡するなど前代未聞である。
テオドールは今回の事件での褒章や罰を決める際、王宮の各庁の長官や侯爵以上の当主を集めて議会を開催した。
二つの公爵家の処遇については議会が紛糾した。五人の魔導士の子孫である二家を絶やすことは出来ない、という意見が多数を占めたのである。しかし罪を犯した当主が死亡しているとはいえ、お咎め無しという訳にはいかない。今のところ、二家は侯爵位に降爵、領地の一部を没収。新たな瑕疵が無ければ三代後に公爵位に復活という案が最も有力だ。
ガルドゥーン公爵家は嫡男がまだ未成年であるため親族が後見を立てる。イゾルテは憑き物が落ちたように大人しく処分を聞き、弟を立派に育てることに尽力すると言ったそうである。
ファラー公爵家は養子が後を継ぐことになる。傍系の中で最も魔力の多い人物だ。夫人は家に残ったが、ベアトリクスは家を出た。懇意にしていた孤児院に身を寄せ、子供たちの面倒を見ながら今後の事をゆっくり考えたいと言っているそうだ。
あの夜会の日から大勢の人の運命が変わった。
前国王エドヴィンは罪を犯した王族が入る北の棟に幽閉と決まった。
しかしこのエドヴィン、そしてモーリッツ・ベルク、ニクラウス・アイベルクの三名に関して議会が未だ紛糾していることがある。
アルベルトが魅了の薬物の治療をさせたいと言ったのだ。
魅了の薬物の治療、それはアルベルトが育った彼の国でなければ行えない。治療をするとなれば彼の国に三人を送り治療院に預けることになる。罪人にそんな手間をかける必要はないのではないか、というのが大半の意見だった。
後日談ではあるが、アルベルトは辛抱強く説得を続け、三人は治療の為に彼の国に送られた。それは魅了の薬物の恐ろしさ、薬が抜けた時の絶望感をアルベルトが身をもって知っていたからなのか。治療をすることが幸せだとは限らない。三人が恋い慕うソフィーは死んでしまったが、今のままの方が幸せなのかもしれないのだから。
数年後の話であるが、モーリッツ・ベルクとニクラウス・アイベルクは二年ほどで帰国した。モーリッツ・ベルクは鉱山に送られそこで残りの人生を過ごした。ニクラウス・アイベルクは当初の処分通り平の騎士になり本人の希望もあり第四師団、黒の騎士団に配属された。顔面に醜い傷があり人が変わったように寡黙になったアイベルクは黙々と任務をこなし、五年後に魔獣討伐の際、新人騎士を庇って魔獣に殺された。
エドヴィンは戻ってこなかった。若い時に薬物を盛られ、その後二十年近く空白期間があり、また盛られた二人と違ってエドヴィンは長年にわたりソフィーに薬を盛られ続けた。魔力に干渉する薬は長年にわたって使用されたせいで魔力の性質そのものを変化させていた。当人の生命力を奪うほどに。三年後、エドヴィンが亡くなったと彼の国から手紙が届いた。ひっそりとろうそくが燃え尽きるように息を引き取ったと、ひと房の髪の毛と愛用していたガラスペン、お気に入りのティーカップと共に手紙が届くとテオドールは涙を見せた、叔父のアルベルトの前だけで。その日は二人で深夜まで酒を飲み、翌日は何事もなかったように政務をこなした。
これは数年後の話である。
今はまだ、テオドールの治世はスタートラインに立ったばかり。
次話予告『罪人に会いに行くユリアーネ』です。




