54、大混乱の夜会Ⅱ~魔獣の襲撃
人が死ぬシーンがあります。苦手な人はご注意ください。
魔獣が飛び込んできた瞬間、ディルクとユリアーネ、ヴァルツァー辺境伯は直ぐに臨戦態勢に入っていた。しかし夜会は剣などの武器は持ち込み禁止、三人は近くの衛兵に飛びついた。
「借ります」
「貸してくれ」
「借りるよ」
三者三様に剣を強制的に借り受けると、対処法を衛兵に教える。
飛び込んできた魔獣はブラッドウルフ。その数十数頭。ブラッドウルフは狼のような姿だが大きさは狼の二、三倍。どうしてブラッドウルフと言われるかというとこの魔獣は血のような赤い色を好むのだ。赤に優先的に襲い掛かる習性がある。だからホールにいる女性などで赤を身に着けているご令嬢などは外すか隠すように。そして姿勢を低くしながら落ち着いて出口に誘導するように。襲われない保証は無いが少しでも身を守る努力はすべきである。
アルベルトも同時に騎士たちに指示を出していた。騎士たちは剣を構えホールにいた人々を守るように散開する。騎士たちが守る後ろを衛兵に誘導され人々が避難する。ドミニクが扉付近を守って魔獣が入らないように警戒していた。
「どうして庭園から魔獣が……庭園の警備は何をしていた?」
アルベルトは呟くが次の瞬間頭を抱えそうになった。そんな事をしている暇はなかったが。
「くそう……庭園警備の責任者はビゼンデルだ……」
今日の夜会は何が起きるかわからなかったから手練れをホール内に配備した。断罪が始まれば庭に出る者もいないだろうと無能なビゼンデルを庭園の警備に追いやったのだった。
後悔をしながらもアルベルトは呪文を唱え自らの剣に炎を纏わせると向かってくるブラッドウルフを切った。
ギャン! と悲鳴を上げながらブラッドウルフが飛びしさる。深手は与えたようだがさすがに魔獣、一撃で仕留めることは出来なかった。
ユリアーネ、ディルク、ヴァルツァー辺境伯の三人は連携を取りながらブラッドウルフを屠っていく。ユリアーネは早々にヒールを脱ぎ捨て裸足だが、魔力をいきわたらせているため不都合はない。動きやすいようにドレスの裾も切り裂いてしまった。令嬢らしからぬ姿だがこの非常時、気にする者はいないだろう。
「きゃ」
切り裂いたドレスの裾がブラッドウルフの爪に引っ掛かってグンと後ろに引っ張られた。もちろんすぐに引っ掛かった場所を切り裂いて体制を整える。ユリアーネとブラッドウルフの間に身体を滑り込ませてブラッドウルフの牙を受け止めたのはディルクの剣だ。
「ありがと、ディルク」
「おう、いつもと服装が違うから気をつけろよ」
「わかった」
そう言いながらユリアーネは反転して後ろから襲い掛かって来た別のブラッドウルフを蹴り飛ばした。
「キャー!!」
「うわあ!」
そこかしこで悲鳴が上がる。避難する貴族たちを守りながら必死に防戦する騎士たちに加勢して一頭一頭ブラッドウルフを倒していく。
不意にホールの奥の方で悲鳴が上がった。
「そうか! しまった!」
何故ブラッドウルフなのかを理解したヴァルツァー辺境伯はホールの奥の方に向かって走った。ユリアーネとディルクもそれに続く。
赤は王家の色だ。
王族、炎の魔力を持っている者はほとんどが赤い髪だ。それゆえ春と秋の大夜会では王家以外の令嬢、夫人は赤いドレスを身に着けないという慣習があった。せいぜい刺し色やワンポイントで取り入れるくらいだ。だから今日、赤いドレスを着ている令嬢がいなかったのは幸運だったが、ソフィー王妃のドレスは深紅だった。それも縫い付けた宝石が煌めいてとても目立つ。
三人が駆け付けた時、ホールの最奥、一段高くなった付近にはソフィー王妃の赤いドレスに吸い寄せられるように五頭のブラッドウルフがいた。その奥に倒れているブラッドウルフが一頭。
一番手前のブラッドウルフにヴァルツァー辺境伯が剣を叩きつける。
右手の方向にテオドールの赤い髪が見えてユリアーネはそちらに走った。
テオドールは後ろにいる者たちを庇いながら戦っていた。
ブラッドウルフがテオドールの赤い髪に惹かれて襲い掛かってきたとき、彼はこの付近にいた貴族たちを逃すために誘導していた。テオドールの近くにいた側近、ハンネスとエグモントも一緒だ。それどころか、ヘレーネも人々を逃すために尽力していたのだ。
「ヘレーネ嬢、あなたは早く逃げるんだ」
「……です。私も……ます」
相変わらず声は小さくてよく聞き取れないが彼女は気丈に失神しそうな夫人や令嬢を励まし誘導していた。
「キャー!!」
ヘレーネらしからぬ大きな声に振り向くとホール奥までやって来た最初の一頭がテオドールに襲い掛かってきたのだった。
ガキッとその牙を受け止めたのは近衛の白の騎士だ。
「殿下、早くお逃げください!」
ブラッドウルフに立ち向かいながら騎士が叫ぶ。しかしテオドールの後ろには今の襲撃で失神してしまった夫人や令嬢がいる。腰を抜かした男たちも。逃げるわけにはいかなかった。
テオドールは火の球を数個作り出し、ブラッドウルフにぶつける。
騎士を援護しながら戦い、後ろの者たちに早く逃げるように叫ぶ。
ブラッドウルフが二頭に増えた。テオドールは炎の連弾を飛ばす。そうしながらじりじりと後退していた時にその場に踊り込んできたのはユリアーネだった。
縦横無尽に飛び回りブラッドウルフに確実にダメージを与えていくユリアーネをテオドールは呆けたような表情で見ていた。もちろん油断はしていない、後ろにいる人たちと自身の身を守れるように身構えてはいたのだが、デビュタントの白いドレスをはためかせ銀の髪が宙を舞う。剣を握って闘うユリアーネから目が離せなかった。
「女神様……ユリアーネお姉様は華麗な戦いの女神様だわ……」
うっとりとした口調に振り向くとテオドールの斜め後ろでヘレーネが両手を握りしめていた。そしてその言葉はヘレーネには珍しくテオドールの耳にはっきり届いた。
ヴァルツァー辺境伯は目の前のブラッドウルフに一撃を与えた後、左に飛んだ。そこに愛しい妻の姿を見つけたからである。
ヴァルツァー辺境伯夫人ツェツィーリアは床に蹲って動かないベルク子爵を引っ張って必死に物陰に隠そうとしていた。その前で白の騎士が戦っている。白の騎士の横ではシュテファンが風の魔術でブラッドウルフを押し返そうとしている。しかしシュテファンは腕や足に傷を負い満足に力が出せないようだ。騎士は満身創痍でいつ床に沈み込んでもおかしくない有様だった。白い騎士服は真っ赤に染まり、王宮警護の赤の騎士と見まごうばかりだ。その赤が余計ブラッドウルフの血を騒がせていた。
「ツェツィーリア!!」
叫ぶと同時にヴァルツァー辺境伯は数メートル飛び上がるとブラッドウルフに渾身の一太刀を浴びせる。
ツェツィーリアの顔に安堵の色が浮かんだ。
ブラッドウルフが倒れるまでさほどの時間を要しなかった。
正面にいたブラッドウルフは二頭。
ヴァルツァー辺境伯の一太刀をくらって反撃してきた一頭を迎え撃ったのはディルクだ。ヴァルツァー辺境伯は既に左に飛んでいる。
ブラッドウルフの爪や牙を躱しながら一頭を仕留めた時、前方で悲鳴が上がる。ディルクは加速して跳躍した。
眼下に一頭のブラッドウルフがその身に剣を突き立てたまま動かなくなっているのが見える。そしてその傍に倒れ伏す白の騎士が二名。
残った一頭の前方に抱きあったまま震えているソフィー王妃と国王の姿が見えた。
(間に合わない!!)
ブラッドウルフの鋭い爪が抱きあった二人を引き裂く寸前、その間に立ちはだかった者がいる。
ブラッドウルフの爪が立ちはだかった者を引き裂く。
「ぐあっ!!」
のけぞって倒れたその男にブラッドウルフが牙を立てる寸前、ディルクの剣がブラッドウルフの頭部を後ろから貫いた。
ドウッと倒れるブラッドウルフにとどめを刺し、ディルクが倒れた男に駆け寄る。
「ガルドゥーン公爵!」
国王とソフィー王妃も震える足を動かしてガルドゥーン公爵に近寄った。
「ああ……ソフィー様……無事で……よか……た……」
ソフィー王妃に伸ばそうとした手がぱたりと落ちた。その時にはガルドゥーン公爵の瞳から光が失われていた。
身体を炎の剣で貫かれ、最後の一頭であるブラッドウルフが事切れるとアルベルトはその傍に背を丸めて蹲っている男に駆け寄った。
「ファラー公爵、しっかりしろ!!」
ファラー公爵の身体を慎重に抱き上げるとその下から這い出したのはファラー公爵の娘、ベアトリクスだ。
「お父様、お父様……何故……」
ベアトリクスは泣きながらファラー公爵に取りすがる。しかし、いくら呼んでもファラー公爵の目が開くことは二度となかった。
ベアトリクスはファラー公爵に冷たい言葉を投げ掛けられた後、一旦はホールを出たのだ。だが、ホールを出たところで夫人が倒れそうになり、近くの個室で休ませていた時ガラスが割れる音と多数の悲鳴が聞こえた。
気になってホールに戻ろうとした時にホールから逃げてくる人の波にぶつかった。沢山の恐ろし気な魔獣が襲い掛かって来たらしいと人々の悲鳴で知ったベアトリクスは人の波に逆らってホールに足を踏み入れた。魔獣と騎士たちがそこかしこで戦っている間を縫ってファラー公爵を探す。
程なく窓際のカーテンの陰で冷たい微笑みを浮かべているファラー公爵を見つけたベアトリクスは駆け寄った。
「お父様!」
ベアトリクスが叫ぶとファラー公爵が振り向き、次の瞬間、驚愕の表情を浮かべた。
目の前に突如現れた大きな影、前足の大きくて鋭い爪がやけにはっきり見えた。咄嗟にその場に蹲る。そして蹲ったベアトリクスの上に何かがのしかかった。
ベアトリクスにのしかかった何かはしっかりとベアトリクスを抱きしめた。
「ぐっ……」「うぐう」という苦しそうな声が聞こえたが決してベアトリクスを離さなかった。何か……考えたくない生暖かいものが流れてベアトリクスを濡らしても決してベアトリクスを離さなかった。
「ファラー公爵、しっかりしろ!!」という声が聞こえてベアトリクスを抱きしめていた何かがベアトリクスから離れた。もうわかっていた。わかっていたけどわかりたくなかった。
ベアトリクスの上から抱き上げられて横に寝かされたファラー公爵をベアトリクスは見た。もう、物言わぬ彼女の父を。いつもベアトリクスに無関心だった父を。冷たい言葉を投げ掛けホールから追い出した父を。
嗚咽混じりのベアトリクスの口から洩れた言葉は「何故」だった。
次話予告『大混乱の夜会Ⅱ~悲劇はまだ終わらない』です。




