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【本編完結】一発殴ってもいいですか?  作者: 一理。
【本編】

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53/67

53、大混乱の夜会Ⅱ~怪物王妃


「知らないわそんな事」


 ソフィー王妃はうそぶいた。


「これはたった今あなたの部屋から回収されたものですよ」


 アルベルトの言葉になんとソフィー王妃は微笑んだ。


「それは魔法のお水。母さんが手に入れてお父様に使ったものよ。母さんが死ぬとき私にくれたの、上手く使えば幸せになれるからねって。でも母さんは幸せになれなかった、あっさり捨てられた。だってお父様には魔力が無かったんですもん。だから私は賢く使うことにしたの。何だっけ? 魅了の薬物? そんなの知らないわ、私は幸せになれると思って使っていただけですもん。でもね、残り少なくなっちゃったから大事に大事に使ってたのよ」


 ソフィー王妃の言葉を国王もガルドゥーン公爵もそしてベルク子爵も青ざめて聞いている。


「そんな……そんな……ソフィーを思う私のこの気持ちがまやかしだなんて……」


 国王の悲痛な呟きはまだソフィー王妃に恋慕する男のものだった。


「ソフィー王妃、あなたのせいで何人の人間が人生を狂わされたと思っているんだ? この薬物は禁止薬物だそれを——」

「あら、禁止薬物でも何でもないわ、この国にそんな法律ないわよ」


 ソフィー王妃の言葉にアルベルトは愕然とする。たしかに禁止薬物に指定されているのはアルベルトが育った国だ。この国ではこの薬物はまったく知られていない。そもそも魔力がある人間が限られているのだから蔓延しようもないのだ。


「しかし、ロンメル男爵を犯罪に駆り立てたのは……ベルク子爵に横領をさせたのは……」

「さあ? マルティンもモーリッツも私が望む物をプレゼントしてくれただけ。私が喜ぶ顔が見れたんだから満足でしょ。私は悪い事は一切していないわ」


 アルベルトとソフィー王妃の会話を聞いていてユリアーネはうすら寒い思いを感じていた。

 ソフィー王妃はどこまでも自分の欲望に忠実だ、そこに一切の罪悪感はない。彼女は自分を恋い慕う男たちが彼女の為に犯罪を犯そうが、それによって破滅しようが構わないのだ、自分の夫でさえ。彼女が困るのは自分の欲望が満たされなくなる事だけ。


「もういい、もうたくさんだ!!」


 ファラー公爵が叫んだ。


「こんな女の……こんな女のせいでフリーデリーケは命を落としたんだ!!」

「どういうことだ? フリーデリーケ嬢は領地の修道院に入ったのではなかったか?」


 アルベルトが聞き返すとファラー公爵は憎々し気に言った。


「ああそうさ。我が妹の、愛するフリーデリーケは婚約破棄されて領地にある修道院に入った。ずっと努力してきた妹だった……幼いころから王太子妃、ひいては王妃にと望まれ、寝る間も惜しんで勉強していた、そこにいる馬鹿な男を支える為にな。それなのにあっさりと婚約破棄をされ……そればかりではない、婚約破棄の場で妹は額に傷を負って気絶したまま帰って来た。消えない傷をな」


 吐き捨てるように言うファラー公爵はソフィー王妃を睨んだまま後ろに下がる。


「だからアイベルクを襲ったのか?」


 アルベルトが問いかけるとファラー公爵はソフィー王妃を睨んだまま答えた。


「そうさ、奴がフリーデリーケの顔に消えない傷をつけたんだ。だから奴の顔面にも醜い傷をつけてやりたかった。魔獣に襲われて半身不随にでもなれば良かったがな、仕方がないから自分でやった。ああ、殺すつもりは無かったよ、あっさり死んでしまっては絶望する顔が見られないからな」

「やはり魔獣はお前の仕業か」


 ヴァルツァー辺境伯の声が聞こえてファラー公爵はそちらに顔を向けた。


「気づいていたのか?」

「ユリアーネから魔獣が出た時の状況を聞いてな。巨大な土壁、そんなものは土の魔力を豊富に持っているお前にしか出来ないだろうとな」

「ははは、そうか。あれには私も苦労したんだ。魔獣を閉じ込める土の檻を作るのに三日もかかった。あっさり討伐されてしまったがな」


 今度はアルベルトに鋭い目を向ける。あの場で魔獣と戦ったゴリアスがユリアーネだとは気づいていないようだった。


「魔獣を王都に解き放てば無辜の民が犠牲になる事を考えなかったのか!!」


 アルベルトの一喝もファラー公爵の心に響かなかったようで彼は話を続けた。


「民に被害が出ていればアイベルクはもっと非難されていただろう、一緒に居たその阿婆擦れも。それが残念だ」

「あなた……これはどういうことですか?」


 突然真後ろから声が聞こえファラー公爵が振り向く。遠巻きにこの事態を見守っている貴族たちより数歩前に出た位置で上品な雰囲気の夫人とよく似た黒髪の令嬢が寄り添いながら立っていた。ファラー公爵夫人と娘のベアトリクスだ。青ざめながらも気丈に夫人が問いかける。


「あなた……魔獣を街に解き放つなど……どうしてそんなことをしたのです。何の不満があって……」


 ファラー公爵の答えは素っ気ないものだった。


「魔力の無い子供を産んだお前にも魔力の無い娘にも興味はない。とっとと帰るんだな」

「あなた!!」

「お父様!!」

「聞こえなかったか? 帰れと言ったのだ、私は」


 そういうとファラー公爵は背中を向けた、もう話は終わったとばかりに。

 夫人はその後ろ姿を見つめていたが「ううっ」と嗚咽を漏らすとベアトリクスに抱えられるようにして出口に向かって歩いて行った。


 その姿を痛ましげに見送ってテオドールは口を開いた。


「ファラー公爵、父上や母上を憎む気持ちはよく分かった。しかしフリーデリーケ嬢が修道院に入ったのは二十年以上も前、どうして今更……」


 テオドールは今日初めて父上、母上という言葉を使った。断罪したときは親子の縁を切ったつもりでも非情にはなり切れない心情が窺えた。


「さっきも言っただろう? その阿婆擦れがフリーデリーケを殺したからだ。やっと立ち直ったフリーデリーケを」

「私は殺したりしていないわ。フリーデリーケ様がどうしてるかなって様子を見に行っただけよ」

「黙れ、阿婆擦れ!」


 鋭い目で睨まれてソフィー王妃は口を閉じた。


 二年半前、ソフィー王妃はファラー公爵領のバーセルフェル地方を訪れた。風光明媚なこの地方はその季節は殊更に紅葉が美しく、特に湖に映る景色は絶景である。——通常ならば。

 その年、この地方は大雨で大規模災害が起こり復興の真っ最中だった。前国王陛下の喪中だったこともあり、ソフィー王妃はアイベルクと数名の護衛騎士、身の回りの世話をする数名のメイドと共にお忍びでやって来た。


 話を聞いてユリアーネは呆れた。結局行ったんだ、と。ソフィー王妃に招かれたお茶会でユリアーネは釘を刺したのだ、災害が起こったばかりだからやめた方がいいと。それがソフィー王妃の反感を買い、ユリアーネから教師陣を遠ざける結果になった。


 せっかくバーセルフェルにやって来たソフィー王妃だったが失望の連続だった。避難民が多く出たとかで贅沢な食材もあまり手に入らず、観光に出かける場所もない。湖は茶色く濁って流木などが散乱している。危険だからとあまり近寄る事も出来なかった。

 暫くむくれていたソフィー王妃は不意にあることを思いだした。


「そうだわ、この近くの修道院にフリーデリーケ様がいるって聞いたことがあるわ。ご機嫌伺いに行きましょうよ」

 

 それを聞いてアイベルクは引きつった笑みを浮かべたが、結局何も言わずソフィー王妃に従った。


 修道院に併設された孤児院にフリーデリーケはいた。この国の修道院はそれほど宗教色が強くなく、どちらかと言うと一人で生きていけない女性の保護場所といった要素が強い。夫の暴力から逃げたかったり、精神的に疲れた女性を救う場所だ。だから地方にある修道院は孤児院も併設しているところが多いのである。

 子供たちに囲まれながらフリーデリーケは恭しく挨拶した。嫉妬も羨望もないその眼差しがソフィー王妃は気にくわなかった。だから精一杯のもてなしの茶をひっくり返しお菓子を床にぶちまけた。王妃にこんなものを出すなんて無礼だと。

 その時開いた窓から泥が飛んできてソフィー王妃の服を汚した。窓の外の数人の子供がソフィー王妃に向かって泥を投げていたのだ。王都から王妃がやって来て我儘三昧だというのは既にこの辺りで噂になっていた。災害の復興で甘いものを口に出来ない孤児たちにはソフィー王妃の行動は許せなかった。

 王妃に泥をぶつけたといきり立って子供たちを打ち据えようとしたアイベルク達を必死に止めたのはフリーデリーケだ。騎士たちは代わりにフリーデリーケを蹴った。大きな怪我をさせたわけではない。フリーデリーケは床に這いつくばって子供たちの許しを請うた。


「私は災害の復興の為に領地を駆け回っていた。この女が我が領地に、それもフリーデリーケの近くに来ていると聞いて嫌な予感がしてフリーデリーケの元に急いだよ。でも私は間に合わなかった……私がフリーデリーケのいる修道院に着いたのはこの女が来た次の日……フ……フリーデリーケの身体が茶色く濁った湖から引き上げられたその時だったんだ……」


 滂沱の涙を流しながらファラー公爵は視線だけで殺せそうなほど鋭くソフィー王妃を睨んだ。


「ああん、怖いわエド」


 先ほどあっさりと見捨てた筈なのに性懲りもなく国王に縋りつくソフィー王妃を人々は怪物でも見るような目つきで眺める。元から無教養で贅沢好きの王妃は権力にすり寄る者を除いては侮蔑の対象だった。国王が寵愛していたから口に出せないだけで。しかし今は侮蔑を通り越して人々は恐怖さえ抱いていた。

 それでも国王はソフィー王妃を抱きしめた。薬物での恋情だとわかっているのに。


「ははははは」


 狂ったようなファラー公爵の笑い声がホールに響き渡った。


「終わりだ。その阿婆擦れもその阿婆擦れに振り回された馬鹿な男たちも!」


 じりじりと後ろに下がっていたファラー公爵が一気に窓際に駆け寄ると外に向かって赤い大きな布を振った。ホールの灯りに照らされて赤い布がひらひらと舞う。

 人々が呆気にとられること数分、

 

 ガッシャ――ン!!


 ホールの庭に面している掃き出しの窓が数カ所同時に割れた。

 そこから飛び込んでくるいくつかの影。


「魔獣だーー!!」


 ホールが阿鼻叫喚に包まれた。



次話予告『大混乱の夜会Ⅱ~魔獣の襲撃』です。

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