52、断罪中に求婚されるユリアーネ
「確かにガルドゥーン公爵や国王陛下のやったことは許しがたい。しかし新たな王にテオドール殿下がなるのはいかがなものか」
「どういうことだ? ファラー公爵」
ヴァルツァー辺境伯の問いにファラー公爵は両手を天に向けて呆れたというようなポーズをして答える。
「テオドール殿下は国王陛下の唯一の子、テオドール殿下が王位についたら罪人どもに恩情をかけるに決まっているだろう」
「確かに」という声があちらこちらから上がる。
ヴァルツァー辺境伯が黙っているとファラー公爵は更に言葉を紡いだ。
「こんな愚王と浪費しか頭にない王妃の血筋など絶やしてしまえばいい。君が次代の王になったらどうだ? ヴァルツァー辺境伯、私は君を応援するよ」
「それがお前の願いか?」
ヴァルツァー辺境伯に続いてテオドールも声を上げた。
「ファラー公爵、僕はこっそり罪を犯した者たちの処分を決めるつもりは無い。だからこそこの場で罪を告発したんだ。それは父である国王陛下とて同じこと。僕を信用できないという気持ちもわかるが」
「ええ、信用できませんね。あなたはそこにいる愚王と同じことをした」
「同じこと?」
テオドールが聞き返すとファラー公爵はゆっくり歩いてユリアーネに近づいた。
「二十年以上も前の出来事だが覚えている者も多いだろう。そこにいるエドヴィン・フラン・シュヴァルツという男は娼婦のような女に入れあげ我が妹を婚約破棄した。そしてテオドール殿下、あなたもまたガルドゥーン公爵の娘に入れあげ婚約者であるユリアーネ嬢を虐げた。私にはわからない、何故ヴァルツァー辺境伯は可愛い娘を虐げた男の味方に付くのか。娘が可愛くないのか?」
その言葉はこの男の憎悪の深さを物語っていた。国王に敬称もつけず、王妃に至っては娼婦呼ばわりだ。そしてヴァルツァー辺境伯には賠償金と金山で矛を収めた自らの父親を投影しているのか。
ファラー公爵の苛烈な物言いに貴族たちはまた騒めいた。
「ユリアーネ嬢、あなたもそう思うでしょう。あなたは王宮で何年も辛い思いをした、その元凶はこの男だ。テオドール殿下を恨んでいるでしょう?」
「いいえ」
ファラー公爵の問いに対するユリアーネの答えは簡潔だった。
ファラー公爵は面食らってユリアーネを見た後、もう一度言った。
「この男は誰も味方の居ない王宮であなたを虐げたのですよ、他の女を常に傍に置いて。我慢しなくていいのです。心を病んで更に婚約を解消されたあなたにとって今後の人生は辛いものになるでしょう。その恨みをここでぶちまけてしまいなさい」
ユリアーネの肩に手を置き説得するファラー公爵に向けてユリアーネは言った。
「もう、一発殴りましたから」
「は? え?」
耳に入った言葉が理解できず、ファラー公爵は動揺した。
彼にとってユリアーネだけが誤算だった。虐げられた薄幸の令嬢、幼いころから父母と離され更に婚約者にも冷遇される可哀そうな令嬢、それが彼から見たユリアーネの印象だ。何度も言うがユリアーネは外見だけは楚々とした儚げな令嬢なのだ。
まず最初の誤算はユリアーネが勝手に王宮から逃げ出したことだ。彼は虐げられた令嬢が心を病み、それを見た辺境伯が王家に叛意を持つ、それを期待した。だから色々と小細工をしてユリアーネを孤立させ、最も効果的な場面でそれをヴァルツァー辺境伯に見せるつもりだった。
ヴァルツァー辺境伯は怒り婚約は解消、その後、王妃とその取り巻き達の悪行をヴァルツァー辺境伯に知らせ彼らを断罪、彼等に屈辱を味わわせてから殺す。そうして彼の復讐は完遂する筈だった。
ユリアーネが王宮から姿を消したことは誤算だったがまだ挽回の余地はあると彼は考えていた。ユリアーネが姿を消したことが発覚したときヴァルツァー辺境伯はかなり立腹していたからだ。ヴァルツァー辺境伯は王家に不信感を持った、今後ユリアーネの無残な死体でも発見されればその怒りは頂点に達するだろう。
どうして想像できようか、ユリアーネが王宮を飛び出しアルベルトの元に身を寄せているなどと。テオドールともう一度交流を持ち親しくなっているなどと。
「ファラー公爵様、私は別に心を病んでなどおりませんわ。婚約解消、バッチ来いです。私は王妃なんか向いてませんから」
「い、いやしかし……貴方には今後の縁談が……」
「俺が結婚するから問題ねえよ」
ユリアーネの横からファラー公爵の手を払いのけ出て来たのはディルクだ。
その時もう一つの声が上がった。
「ちょっと待て、僕もユリアーネに求婚する」
「「……はあ?」」
ユリアーネだけではない、その場の皆がポカンとテオドールを見つめた。
テオドールはユリアーネの前で跪いた。
「婚約は解消してしまったが僕が好きなのはユリアーネだけだ。これからの茨の道を僕の隣で支えて欲しい」
「何の茶番だ!!」
いきなり声を上げたのはガルドゥーン公爵。先ほど断罪された時の萎れた雰囲気から何とか持ち直してガルドゥーン公爵は喚いた。
「宰相である私や国王陛下に対し何たる言いがかり! これは到底見過ごせませんぞ! 国王陛下、テオドール殿下は廃嫡にすべきです。ここに居る者たちは纏めて牢にぶち込みましょう。衛兵! この者たちを捕らえよ!!」
誰も動く者はいなかった。
騎士団はアルベルトが掌握している。その騎士たちに牽制され衛兵も動くことは出来なかった。そればかりか衛兵たちもベルク子爵やガルドゥーン公爵に憤りを感じ命令に従いたくなかったのだ。
苦笑しながらアルベルトが言った。
「テオドール、その話は後日改めてすべきであろう」
テオドールは顔を赤らめて立ち上がった。今この時はそんな場ではなかったことを思いだしたのだった。
「さてガルドゥーン公爵、貴殿の罪は明白、静かに沙汰を待つしかないだろう。そして兄上、兄上もまた王としてしてはならぬことをした。大人しくテオドールに王位を譲るべきであろう」
アルベルトに言われても国王エドヴィンは答えない。縋りつくような目でソフィー王妃を見た。
「もう、エドったら頼りにならないのねえ。ねえテオ、テオは私の可愛い子ですもの、私の事を大事にしてくれるわよね」
ソフィー王妃はいきなり掌を返したようにテオドールにすり寄ろうとした。その手を掴み国王が頭を振る。
「ソフィー、行かないでくれソフィー」
「エド」
ソフィー王妃は優しく国王の手を振りほどいた。
「あなたは罪人じゃない。私はテオと一緒に居るわ。あ」
ポンと手を打ってソフィー王妃はアルベルトの方を向いた。
「アル君のお嫁さんになるっていうのもいいわね」
「ソフィー!」
「ソフィー様!」
情けない声を上げたのは国王とガルドゥーン公爵だけで他の者は化け物でも見るような目つきでソフィー王妃を見ている。いや、もう一人、床にへたり込んだままのベルク子爵も縋るような目をソフィー王妃に向けていた。
「御免被りますよ、ソフィー王妃。俺にも一応好みってものがあるので」
辛辣なアルベルトの言葉をソフィー王妃は気にした様子もなく続けた。
「あらそんなこと言わないで。私、アル君をもてなすわ。私、お菓子作りが得意なのよ。私の手作りのお菓子を食べたらきっとアル君も私の事、好きになっちゃうわ」
皮肉な笑みを浮かべてアルベルトは懐から掌よりはもう少し大きいビンを取り出した。五分の一くらいまで何かの液体が入っている。
「これをお菓子に混ぜてですか? ソフィー王妃」
初めてソフィー王妃の顔色が変わった。
「それをどこで……」
そう、アルベルトが夜会に遅れたのはソフィー王妃の部屋からこれを発見し回収するためだった。
王妃が部屋を出て、戻ってこない夜会の間に。
白の騎士二名を連れて王妃の私室に強制的に押し入ったアルベルト。当然、部屋に残っていた侍女やメイド、侍従たちは抵抗した。しかし扉の前で警護していた衛兵も護衛の白の騎士も手出しは出来ない。
騎士団の総団長という肩書と王弟であるアルベルトだから出来た事だった。
「ソフィー王妃、これは魅了の薬物ですね」
耳慣れない言葉に人々は疑問の眼差しを向ける。
アルベルトは魅了の薬物なるものの説明を簡潔に行った後にソフィー王妃に向かって言った。
「あなたはこれを兄上やガルドゥーン公爵、ベルク子爵、怪我で療養中のアイベルク伯爵、今は亡きロンメル男爵に使用していた。そうですね、ソフィー王妃」
「知らないわそんな事」
ソフィー王妃はうそぶいた。
次話予告『大混乱の夜会Ⅱ~怪物王妃』です。




