45、三人三様恋模様
王宮の帰り道、薄暗くなった道をディルクと共にユリアーネは歩く。
ディルクは王宮内の騎士団の独身寮に住んでいる。「じゃあね」と別れようとしたユリアーネにディルクは「送って行く」と言い張り、二人でアルベルトのお屋敷に向かっているのだ。
お屋敷が近くなった時、ディルクがふと立ち止まった。
「こっち」
引っ張って行かれたのはディルクと再会した日に話をした小さな路地。
「これ」
路地に入って直ぐに差し出された小さな包みをユリアーネは不思議そうに見つめた。
「何?」
「開けてくれ」
中から出て来たのは花を模った可愛い髪飾り。中央にディルクの目の色のような深みのある緑の宝石が付いている。
「誕生日プレゼントだ」
「え? もう貰ったよ?」
テオドールにはガラスペン、ディルクにはペーパーナイフを買ってもらったのだ。
「それとは別だ」
「でも……」
貰い過ぎだとユリアーネが言おうとした時、髪飾りごとユリアーネの手が大きなディルクの手に包み込まれた。
そのままぐいっと引き寄せられて至近距離からディルクの瞳に覗き込まれる。
「ユリアーネ、落ち着いて聞いてくれ。俺はお前に惚れている」
暫くきょとんとディルクの瞳を覗き込んだ後、ユリアーネは大きく口を開けた。
「え? ええええーーもがっ」
「だから落ち着いて聞けって言っただろう。大きな声を出すなよ」
口を塞がれたままユリアーネが頷くとディルクはようやく手を離した。
「え? だって……いつ? そんな」
「いつからお前を好きだったかって? もうずーっと前からだ。お前は気が付いていないと思っていたけどな。俺なりにアプローチはしていたんだ」
全く気が付かなかったユリアーネはまだディルクの言葉が飲み込めない。
「俺は何があってもお前の味方だ。お前の居るところが俺の場所だ。お前の事をずっと守ってやる。そんな事、惚れた女以外に言うと思うか?」
「だって! ディルクは幼馴染で喧嘩友達でライバルで親友で——」
再びグイッと引っ張られてユリアーネはディルクの腕の中にすっぽりと入っていた。
「こうされるのは……嫌か?」
少し掠れたディルクの声が頭の上から振ってくる。ユリアーネはブンブンと首を横に振る。
「……ドキドキするか?」
ユリアーネはちょっと考えて首を縦に振った。
だって故郷にいた子供の頃とは違う。厚い胸板だってユリアーネを抱きしめる力強い腕だって。
目の前ののどぼとけがごくりと動いてユリアーネはパッと解放された。
「じゃあいいか」
ディルクはユリアーネのおでこをピンと弾いて言った。
「今はそれでいい。俺を意識しろ。俺はお前の事を愛している、この世の誰よりも。それを覚えておいてくれ」
「なんかご機嫌ですねテオドール殿下」
うずたかく積まれた書類の向こうから情けない声が聞こえてテオドール殿下は書類から顔を上げた。
「そうか?」
「そうですよ、こっちは死にそうだってのに」
情けない声を上げたのは側近のエグモント・ユングだ。昨日のデート(邪魔者が一人いたが)を思い出して顔が緩んでいたらしい。まさか鼻歌は出ていないよな。コホンと咳払いをしてテオドールは書類の向こうに話しかけた。
「昨日は休みだっただろう?」
「二日完徹の後のですね。寝て終わりでしたよ」
会話をしながらも書類から目を離さず、テオドールは手元の書類をポンと差し戻しの山に置いた。
次の書類を手に取る。
「ハンネス、これの詳しい資料はあるか?」
「はい殿下、こちらに」
ハンネス・ヴェーゼの差し出す資料を手に取ってテオドールは感心したように言った。
「やっぱりお前は有能だな」
「僕だって頑張っていますよ」
エグモントが再び情けない声を上げる。
「ああ、エグモントも優秀だ。そして」
静かにテオドールの席にハーブティーを置いた後、自分の席に戻って集計を始めるヘレーネを見て言葉を続けた。
「ヘレーネ嬢も」
現在のテオドールの業務はとんでもなく忙しい。本来のテオドールの業務でないことまでやっているからだ。不透明な金の流れ、一部の商人の優遇、不当な処罰、それらの疑いのある事案はなるべく目を通すようにしているためだ。
書類を取り寄せ、担当者から事情を聞き、不当な疑いがあれば差し戻す。当然テオドールと側近たちだけでは無理なのでこの部屋の隣りに補佐室を設け、そこでは十人の補佐官が働いている。しかし最終決定はテオドールが下さなければならない。各庁の長官、宰相に物が申せるのはテオドールだけなのだ。
それでもテオドールの頭の上を飛び越えて国王陛下が決定を下したものについてはどうにもできない。
ハーブティーを一口飲んで「美味い」と呟いてからテオドールはヘレーネに声を掛けた。
「ヘレーネ嬢、君も適当に休憩を取ってくれ」
「……はい……のいいところ……ますから」
相変わらず声が小さくてよく聞き取れない事が多いがヘレーネはよくやってくれている。流石にヘレーネは夕刻には帰すようにしているが、日中は書類のまとめや集計、資料探しなど積極的に働いてくれている。イゾルテではこうはいかなかっただろうとテオドールは今更ながらに思う。イゾルテはテオドールのご機嫌を取る事、世話を焼くことは得意だったが、書類仕事の手伝いなど一切しなかった。今ほど業務が忙しくなかったのでそれでも通用していたが。
「ハンネス、お前の婚約者は素晴らしい令嬢だな」
テオドールが褒めるとヘレーネは頬を赤く染めたが、ハンネスは何の表情も浮かべず「ありがとうございます」と機械的に言った。
「殿下、ハンネスは婚約者と毎日顔を合わせることが出来ますけど僕は出会いさえないんですよ」
再びエグモントから情けない声が上がる。王太子の側近としてエグモントには各家から婚約の申し込みが沢山ある筈だ。本人曰く、申し込みがあっても忙しくて顔合わせの機会がないので話が進まないそうだが。
「では、お前に出会いのチャンスをやろう」
テオドールは差し戻しの書類の山を指さして言った。
「これを各部署に届けてきてくれ」
「はあーーわかりました」
ため息と共にエグモントが出ていくとテオドールは新たな書類に目を通し始めた。
おかしなことだが、こんなに忙しくなってからの方が、側近や隣の部屋の補佐の者たちとの距離が近くなったような気がする。エグモントは以前は愚痴などこぼさずもっと淡々と勤めていた。ハンネスは相変わらず表情が読みにくく何を考えているかわからない。でも以前より距離が近くなったような気がするのだ。
もちろんそれでもテオドールはアルベルトの屋敷での会合の事は彼らに一言も漏らしていない。アルベルトと副団長のドミニクほどの信頼関係はまだ築けていないのだ。
数年後は彼らともっと強固な信頼関係を築くことが出来るだろうか。そしてその時に僕の傍らにユリアーネが居てくれたら。
『僕も楽しかった。買ってもらったガラスペン、大事に使うから』
別れ際のユリアーネの嬉しそうな顔が脳裏に浮かんだ。
テオドールが幸せな夢を描いた数時間後、業務を終えてお屋敷に帰ったユリアーネはアルベルトに一通の手紙を渡された。
「父様!?」
差出人を見てユリアーネが驚きの声を上げる。
「ヴァルツァー辺境伯が近々王都に来られるそうだ。俺は俺の屋敷に滞在していただきたいと思っているが」
「いいんですか?」
「勿論だ。それでな、お前に渡すものがある」
アルベルトが合図をするとハーバーとマルゴットが大きな箱をいくつか抱えて入ってきた。
「アル団長……これは?」
「まあ……その、誕生日プレゼントだ」
マルゴットがユリアーネの前で箱を開ける。
「え?……これって……ドレス?」
「はい、お嬢様。靴やアクセサリーなど一通りそろっておりますわ。全てご主人様からの贈り物です」
嬉々としてマルゴットが言う。
「受け取れません」
ユリアーネは断ったがアルベルトは承知しなかった。
「どうしてだ?」
「高価過ぎます」
「俺はお前の雇い主だ。つまりお前の保護者だ」
「……そうですね。だから貰えません。お給料はちゃんといただいています」
「俺はお前の保護者だといっただろう? お前の両親が来るのに男の恰好のまま会わせる訳にはいかん」
「え? 大丈夫ですよ、私の両親なら」
「いや、ダメだ。雇い主の命令だ、受け取れ」
「受け取れません」
押し問答を続けている二人の間にハーバーの声が割って入った。
「お話し中失礼します。ユリアーネ様、受け取っていただけませんか?」
「ハーバーさんまで!」
「ご主人様はそれを着たユリアーネ様を見たいんでございますよ」
「ハーバー!」
アルベルトが焦るがハーバーは動じない。「違いますか?」と返すとアルベルトは「……違わない」と言ってそっぽを向いた。
「それにそのドレスはユリアーネ様のサイズで作られています。着ていただかなければ捨てなくてはなりません」
(どうして私のサイズを?)
ハッとしてユリアーネはマルゴットを見た。なぜかマルゴットはユリアーネに向かって親指を立てた。
(違う……)
マルゴットに怒っていると言えず、ユリアーネは一気に脱力した。
「ありがとうございます……受け取らせていただきます」
「そうか、良かった」
アルベルトはホッと息をついた。
「このドレスの分も一生懸命働きますね」
「ああ、頼むぞ」
ユリアーネの頭に手を伸ばそうとしてアルベルトはその手を宙で止めるとそっとひっこめた。
次話予告『家族と再会するユリアーネ』です。




