44、デート? するユリアーネ
「ゴリアス、ちょっといいか?」
帰り際のテオドールに呼び止められてユリアーネは傍に寄った。
「その……」
暫く躊躇っていたテオドールは決心したように口を開いた。
「ゴリアスの誕生日っていつだ?」
もちろんテオドールはユリアーネの誕生日を知っている。毎年欠かさずプレゼントを贈ってきたのだ。今年も贈りたかったが、テオドールはゴリアスがユリアーネだと知らないことになっている。苦肉の策でゴリアスに誕生日を聞くことにしたのだ。
「え? 誕生日? ああ、誕生日はもうすぐ……ってあわわ」
ユリアーネの誕生日を答えそうになってユリアーネは慌てて口を閉じた。
「そうか、もうすぐか。いつも美味しい紅茶を入れてもらっているからな、ゴリアスに何か誕生日プレゼントを贈りたいんだが」
ユリアーネの慌てっぷりに気が付かないふりをしてテオドールは嬉々として告げた。
「え? プレゼント? いりません。いつもテオドール殿下は美味しいお菓子を持ってきてくれるじゃないですか、それで十分ですよ」
「そんなこと言わずに受け取って欲しい、僕の気持ちなんだ。それで、ゴリアスは今欲しいものはないかな」
さすがにゴリアスにドレスや宝飾品を贈るわけにはいかない。といって何を贈ったらいいのかテオドールには想像もつかなかった。
グイグイ来られてユリアーネがたじろぐ。
「別に……欲しいものなんて……」
「じゃあ、一緒に街に探しに行こう」
欲しいものなんてないから気にしないでくれと言うつもりで先手を打たれた。その後もグイグイ来られて結局次の休みの日に一緒に街に出かけることを約束させられた。
テオドールが帰った後、ユリアーネの傍に来たのはディルクだ。
「おい、あいつと何を話していたんだ?」
「あいつって?」
「テオドール殿下だよ!」
クソ王子って言わなくなったんだね、と男同士の友情を思い出してユリアーネはニマニマしながらディルクを見上げる。一方ディルクはそんな事全く気付きもせずにユリアーネからテオドールがした約束を聞き出した。
「俺も行くからな」
「行くってどこに?」
「お前とテオドール殿下の買い物に俺もついて行くからな。俺も誕生日プレゼント買ってやる!」
「ふうん、ありがと?」
ユリアーネは首を傾げた後で慌てて言った。
「あ、でも一角熊の角とかフスベル鳥の尾羽とかはいらないから」
「そんなもの街に売っているわけねえだろ!」
突っ込みを入れながらディルクは密かに傷つく。魔獣討伐の戦利品のそれらはディルクの宝物だったのだ。流石に大人になった今はそんなものを贈ろうとは思っていないが故郷にいた子供時代、一番大切な宝物を一番大切な女の子にあげたつもりだった。
待ち合わせ場所の大通りに面した中央公園の時計台の下にディルクと立っているとマントを羽織りフードを目深に被った男が近づいて来た。
「待たせたな、ゴリアス」
「今日はよろしくお願いいたします、テオド——」
「しっ!」
口元に指を当てられてユリアーネは黙る。
「こんな街中で殿下とか言わないでくれ。今日はそうだな、テオ、と呼んでくれないか」
甘い顔でそんなことを言うテオドールの指をユリアーネの口元からペイっと払いながらディルクが低い声で言った。
「テオドール殿下に置かれましては本日もご機嫌麗しく」
「やめてくれ、お前もテオでいい。そして何でお前がいるんだ? 見間違いではなかったのか」
憮然とした表情でテオドールが言う。
「ごめんなさい、ディルクも一緒に行きたいって言うから。御迷惑でした?」
(あ、もしかして男同士の友情にむしろ私が邪魔?)
戸惑いながらユリアーネがテオドールを見上げて聞くとテオドールはやや引きつった笑みを浮かべて「そんなことないよ」と答えてから「今日は敬語は無しで話してくれないか?」と付け加えた。
「わかった、よろしくなテオ」
先にディルクが言うと苦虫を噛み潰したような顔でテオドールは「ああ」と言って手を差し出した。
その手をディルクがぎゅっと握ったので羨ましくなってユリアーネは握手した二人の手を両手で包んで言った。
「狡いよ、僕も仲間に入れて?」
「ももももちろんだ」
真っ赤な顔でそんなことを言うテオドールを胡散臭げな顔で見ながらディルクは考えていた。
(こいつ……ゴリアスがユリアーネだって気づいているんじゃねえか? いや、ユリアーネはこいつに毛嫌いされているって言ってたな。もしかしてあっちの気があるのか? だから少年のゴリアスに優しくてユリアーネには辛く当たったのか?)
ディルクにそんな心配を他所にユリアーネはさあ行こうとテオドールを促してハタと気づいた。
「殿……じゃなかった、テオ、護衛騎士はどこ?」
初めてユリアーネに愛称で呼ばれたテオドールはその破壊力に内心悶えながら答えた。
「撒いてきた」
「「撒いて……?」」
絶句する二人にこともなげにテオドールが告げる。
「お前たち二人がいれば護衛なんていらないだろう?」
本当はユリアーネとのデート(余計な者がくっついてきたが)を邪魔されたくなかっただけだ。
そんなテオドールの心情を知ってか知らずかディルクは「ああ」と仏頂面で言っただけだったがユリアーネは決心したような顔でテオドールに告げた。
「一人でここまで来るなんて危なすぎるよテオ。いい? 帰りは僕たちが王宮まで送って行くからね。それと街中では絶対に僕の傍を離れないでね」
「わかった。何なら手を繋いで歩こうか? それならはぐれないぞ」
ニコニコして差し出すテオドールの手をディルクがまたもやペイっと払って言った。
「必要なら俺が手を繋いでやる」
休憩のためにカフェの個室に落ち着いて給仕が出ていくとやっとテオドールはフードを跳ね除けマントを脱いだ。
「ふう……」
このカフェは貴族も訪れる高級なカフェなので個室が完備されているのがありがたい。ユリアーネの目は目の前のふわふわパンケーキに釘付けだが、ディルクは気の毒そうにテオドールを見た。
「王子様も大変だな」
「まあ仕方がない。この赤い髪は目立つし、それにこの美貌に女性たちが寄ってくると煩わしいからな」
テオドールほどではないにしてもディルクも十分美形でユリアーネは見た目だけは儚げな美少年なので人々の注目を集めていたのだがディルクが鋭い目で威嚇をしていたのだ。それを跳ね除けて声を掛けてくるつわものがいなかったのは幸いだった。
「それより早く食べようよ」
テオドールのナルシスぶりを良く知っているユリアーネは、テオドールの言葉はスルーして早速目の前のパンケーキを切り分け口に運ぶと目をとろけさせた。
「……幸せ」
「僕のも食べるといい」
テオドールが自身のパンケーキを切り分け生クリームを乗せた後、イチゴまでトッピングしてフォークに刺しユリアーネの口元に差し出す。
その手を引っ掴んでグイッとフォークの向きを変えさせパクっと頬張ったのはディルクだ。
「ディルク狡い!」
ユリアーネがむくれたがディルクはそっぽを向いて横目でテオドールを睨んだ。
テオドールも負けじとディルクを睨み返す。
そんな二人に気づくわけもなくユリアーネが暢気な声を上げた。
「今日、ものすごく楽しいね」
「楽しい? それは良かった」
「うん、二人に素敵なプレゼントも買ってもらったし、パンケーキも美味しいし……」
それに友達と街歩きをするって憧れていたのだ。女友達でないのは残念だが、男同士でも十分楽しい。
そんなユリアーネをテオドールがニコニコと眺めているとユリアーネがふと気づいたようにテオドールの顔をぎゅっと両手で挟み込むとテーブル越しに身を乗り出して顔を近づけた。
ギョッとしてテオドールとそれを見ていたディルクが固まる。
「ななななにを……」
「ゴゴゴリアス、やめ——」
「テオ、酷い隈!」
テオドールの目の下にくっきりと刻まれた隈。今まではフードで気が付かなかったのだ。
「ちょっと徹夜で仕事を……あ、いや、何でもない。体調はすこぶる良いから心配するな」
今日の為に二晩徹夜で仕事を片付けたのはユリアーネに内緒である。それにふわふわと舞い上がって実際に体調はともかく気分は絶好調である。
「本当に? 無理していない?」
コクコクと頷いてテオドールはもう一度フォークに刺したパンケーキを差し出した。左手でブロックしながら差し出したそれは見事ユリアーネの口に納まってテオドールは満面の笑みを浮かべた。
「ゴリアス、今日は楽しかった」
王宮の門の前でテオドールに気が付いてバタバタと駆け寄ってくる護衛騎士を目の端に捉えながらテオドールが別れを告げる。
「うん、僕も楽しかった。買ってもらったガラスペン、大事に使うから」
テオドールに買ってもらったのは繊細な模様が刻まれたガラスペン。優美なデザインながら使い勝手も良さそうでユリアーネのお気に入りの一品になりそうだ。
「その……また誘っていいか?」
恐る恐るテオドールが訊ねるとあっさりとユリアーネは「いいよ」と言った後、付け加えた。
「その前に仕事で無理しなければね」
「テオドール殿下! お一人で街になど危険すぎます!」
護衛騎士が近寄ってくる。
ユリアーネとディルクは「それでは御前、失礼いたします」と略式の礼をした。
「偶然、第四師団長のディルクと会ったんだ。彼に警護してもらったから大丈夫だ。それではゴリアス、ディルク、またな」
もう王太子の顔に戻ってテオドールは去って行った。
次話予告『三人三様恋模様』です。




