43、男同士の友情に加わりたいユリアーネ
「酷いな」
アルベルトがため息と共に言葉を発する。テオドールは俯いて顔を覆ったまんまだ。もう吹っ切ったと思っていた。何を聞いても大丈夫だと。両親に既に情は感じていない筈なのに割り切れない自分がいる。
その背中をディルクがドシンと叩いた。驚いてテオドールが顔を上げるとディルクが言った。
「あんたは親にいろいろ思うことがあるかも知れねえけど親と子は違う人間だ。あんたは自分に恥じない行動をすりゃあいい。そうすりゃ俺はあんたを認める」
ユリアーネは驚いた。ディルクはテオドールを毛嫌いしていたはずだ。いつもクソ王子と言っていた。物凄く不敬な言葉使いだけどディルクはテオドールを励ましているらしい。
「ああ、僕は僕の正義を貫こうと思う。父上でも母上でも他の誰かでも間違ったことをしているのならそれを正すのは僕の役目だ。僕は次期国王として民に恥じぬ人間になりたい。その……お前も僕を支えてくれるか?」
「おうよ」
ディルクはまたテオドールの背中をドシンと叩いた。
ユリアーネはそれを心の中で指をくわえて見ていた。
(いいないいな、男同士の友情ってヤツね。喧嘩して仲良くなる的な)
……別に殴り合ったりなどしていない。
(私もテオドール殿下と本気で殴り合えば親友になれるかしら)
……ユリアーネが本気で殴ったらテオドールは死んでしまう。
「間違えないでいただきたいのですが……」
報告をしていたドミニクの声が上がる。
「これは過去の出来事です、二十年以上前の。この時国王陛下は外遊中だったのですが帰国してからエドヴィン殿下は半年の謹慎を申し付けられています。側近は全員首になりました。国王陛下はエドヴィンを連れてファラー公爵家に謝罪に訪れています。まだ怪我の癒えぬフリーデリーケ嬢には会えなかったみたいですが。ファラー公爵の怒りを鎮めるためには国王陛下はエドヴィンを廃嫡したかった。でもできなかった」
「俺がいなかったからだな」
アルベルトが口を挟むとドミニクが頷いた。
「そうでしょうね。アル団長が帰国する保証もないままにエドヴィン殿下を廃嫡にすれば王位争いが起こります。現在もそうですが直系王族が非常に少ない。傍系で一番有力だったバッヘム侯爵家のモーリッツはエドヴィン殿下と共に騒動を起こしている。その他王家の血を引くもので炎の魔力を有している者はおりません。国王陛下は何とか穏便に収めてエドヴィン殿下を跡継ぎにするしかなかったのです。そうしてエドヴィン殿下は半年間の謹慎になりました。ところがそれでもソフィー様を諦めなかったエドヴィン殿下は真実の愛を貫いたと市井で評判になったのです。国王も無下にできなくなりソフィー様をファラー公爵家の分家であるアショフ侯爵家の養女にして王家に嫁がせることにしました。ファラー公爵は分家から王太子妃が出たことと多額の賠償金、金山を譲り受け怒りを収めました。一方、解雇となった側近たちですが、当然、皆、当時の婚約者とは婚約解消になり、マルティン・プラールは跡継ぎの座を弟に譲り伯爵家の持っていた男爵の爵位を継ぐことになりました。モーリッツ・フラン・バッヘムも弟に嫡男の座を譲りベルク子爵家に婿養子に入りました。ニクラウス・アイベルクは妹しかいなかったため廃嫡にこそなりませんでしたが騎士の身分を剥奪され、一兵士に降格させられています。これで騒動の決着はつきました。処分が軽かったのかもしれませんが、決着はついているのです。その事は二十年以上経った現在持ち出すべきではないと考えます」
ドミニクが言わんとすることをアルベルトが引き継いだ。
「そうだな。我々が今考えることはこの過去の婚約破棄が現在の出来事にどう影響しているかという事だ」
「お茶会のメンバーは嘗ての王太子の側近。そして彼らは児童誘拐の主犯であったり、汚職を疑われる人物ばかり。彼らが特殊な絆で結ばれてお互いに悪事に協力し合っていたのかどうか? 国王陛下とソフィー王妃はそのことを知っているのか、または協力者なのか と言ったところですか」
シュテファンが纏める。ユリアーネはん? と思って質問した。
「すみません、今までの話にガルドゥーン公爵が出てこなかったんですが、公爵は何か処分を受けたんですか?」
ドミニクはよく気が付いたね、ゴリアス坊、というような笑みを浮かべて答えた。
「ガルドゥーン公爵は件の夜会に出席しておりませんでした。彼もソフィー様を取り巻く男の一人でしたがその当時は先代ガルドゥーン公爵に叱責されて軟禁状態だったようです。ゆえに彼は何の咎めも受けておらず、順当に婚約者と結婚して爵位も継いでいます」
(そうだわ。貴族の義務とは言えガルドゥーン公爵もモーリッツ・ベルク子爵も結婚している。たしかマルティン・ロンメル男爵もアイベルク師団長も。家族仲は良かったのかしら?)
「エドヴィン陛下及びソフィー王妃殿下と側近たちの縁は一旦は途切れたようですね、ガルドゥーン公爵は分かりませんが。鳴かず飛ばずだった彼らが役職に付いたり王宮の中枢に戻ってきたのはここ三年の事、正確にはガルドゥーン公爵が宰相になってからです」
「それを不正人事というのはちょっと弱いか?」
アルベルトの言葉にシュテファンが答えた。
「ガルドゥーン公爵の息のかかった者なら他にもいますよ。国王陛下の信頼厚い宰相が自らの派閥の者を要職に付けるのは当然とは言わないまでもありうることでしょう。それに元側近の三人は国政を左右するほどの要職という訳ではありません」
「要職に就けるほどの器量が無かったんだろう」
テオドールの言葉にシュテファンが頷いた。王宮で仕事をする者同士感じることがあるようだ。
「さすがに全く仕事が出来ない者を要職に就けることはガルドゥーン公爵とて出来るわけではない。それでもガルドゥーン公爵の息がかかった者が増え、王宮の勢力図がお爺様がいらした頃よりだいぶ変わってきたのは僕も感じていた。それによる弊害も少しずつ起こってきている。明らかに派閥によって不当な扱いを受ける者がいたり、特定の商人が優遇されたり。僕も気が付く範囲は是正しようと頑張ってはいるが」
アルベルトはテオドールの言葉を聞くと手を伸ばしてわしゃわしゃとテオドールの頭を撫でた。
「叔父上!!」
「俺はテオドールが真っ直ぐ育ってくれて嬉しいぞ。と言っても俺が育てた訳じゃないけどな」
「僕は真っ直ぐなんか……」
テオドールの言葉は口の中に消えた。嘗てユリアーネにした仕打ちを思い出しているのか。
しかし父よりも母よりも叔父であるアルベルトにテオドールは肉親の情を感じていた。ほんの一年半の付き合い、それも親しく言葉を交わしたのはまだ半年に満たないというのに、である。
「やはり横領の具体的な証拠が欲しいな」
アルベルトが言うとシュテファンが「その事ですが」と前置きして話し始めた。
今日はまだ長くなるかもしれないと思ったユリアーネは席を立って紅茶を入れなおす。先ほどハーバーが静かに部屋を出ていった。軽くつまめる夜食の用意をしに行ったのだろう。夜は大分更けていた。
「どうも私たち以外に横領について調べている者がいるようなのです」
「どういうことだ?」
「証拠となる帳簿やお金の流れを記した書類、指示書など誰かが事前に調べた痕跡があるのです。最初は気のせいかと思いましたが何度もそういう感触に行き当たるのです」
「我々が調べていることに気づいて証拠隠滅を図っているのでは?」
ドミニクの言葉にシュテファンは首を横に振った。
「違うと思います。それならもっと徹底的に隠すでしょう。誰が調べているか探ろうとするはずです。そんな気配はありません。横領を匂わせる整合性のない書類は沢山あるのです。それなのに肝心の証拠がない。まるで先に調べた者がヒントだけ残してくれているようです」
「ふうむ……その誰かはそれを公表する気があるのだろうか?」
アルベルトの言葉に一同考え込むが誰かもわからないのにその心情がわかるわけもない。
「どういう人物なのでしょう?」
ユリアーネが口を開くとアルベルトが補佐してくれる。
「つまり、偶然横領に感づいて調べている者か、明確に意図があって調べている者かという事か? ゴリアス」
ユリアーネは頷いて続けた。
「はい。横領の件以外にも腑に落ちないことがいくつかあるんです。たとえば人身売買の件ですが、ロンメル男爵はソリュージャ帝国の奴隷商人とどうやって知り合ったんでしょう? 他にも魔獣が王都に出現したのはどうしてなのか? アイベルク師団長が襲われた件は?」
他にも細かい事はあった。ユリアーネとして王宮にいた時、ヴァルツァー領との連絡を絶って偽の手紙を送ったのは誰か。テオドールの筆跡を真似てユリアーネを虐げる指示を出したのは誰か。
このことはラウレンツに会った時話を聞いたのだが、イゾルテではないように感じたとラウレンツは言っていた。しかしユリアーネではない今はこのことは口に出せない。
「我々やソフィー王妃殿下のお茶会のメンバー、それ以外の人物または団体がいるという事ですか」
「もしゴリアスが言った『腑に落ちないこと』の全てに同じ人物ないしは団体が関与しているなら……な」
「そんなことが……いや、可能なのか?」
その時壁際から静かにハーバーが進み出た。
「一言よろしいでしょうか?」
「何だ? ハーバー、遠慮することないぞ。自由に発言してくれ」
アルベルトに一礼してハーバーは感想を述べた。
「その人物がいると仮定しまして、一人か複数かは分かりませんが、私は物凄い悪意と言ったものを感じます」
「悪意?」
「はい、悪意、または恨み、怨念……ですか。国王陛下や王妃殿下、側近の方々に対する恨みの様なものを」
「父上や母上を恨んでいる者の誰かが魔獣を解き放ち、アイベルクを襲ったのか?」
テオドールの問いにハーバーは静かに答える。
「それだけとは限りません。もしかしたらロンメル男爵に悪事を唆し、ベルク子爵が横領をしやすいようにおぜん立てをする。そうすれば証拠を握るのも簡単でしょう」
「そんな……そんなことが?」
「はい、全て推測に過ぎません」
ハーバーはまた静かに壁際に戻った。
「国王陛下や王妃殿下、お茶会のメンバーに恨みを持つ者を調べる必要がありますね」
シュテファンに同意してテオドールが頷いた。
「そうだな、例えば婚約破棄されたファラー公爵令嬢やその身内は?」
「ファラー公爵令嬢はその後領地の修道院に身を寄せたようです。彼女の父親のファラー前公爵は当初はかなり憤慨していましたが、多額の賠償金と金山であっさり矛を収めています。当時ファラー公爵家はそのまた先代の浪費が原因であまり豊かではなかったようです」
ドミニクが資料を見ながら言うとシュテファンも口を開いた。同じ三大公爵家の嫡男として感じるものがあったのだろう。
「三大公爵家としての家格を保つのも大変なんです。領地が広大でも天災やその他の要因で税収がままならない時もあります」
「どっちにしろ二十年以上も前の事だろう? ずっと恨みを持っていたのか? どうして今更なんだ?」
ディルクの疑問はもっともだった。
「他にも恨みを抱く者がいるか調べなくてはいけませんね」
ドミニクの言葉に皆が頷く。
「二年前の大火は?」
「資金援助を断られて窮地に陥った領地もあるのでは?」
様々な意見が出されたところで今日の会合はお開きになった。
しかしこの一年、事態は様々な方面に枝葉を伸ばしつつある。
ユリアーネはもうすぐ十八歳。王宮を出て一年近く経とうとしている。
初めは何にも考えずに王宮を飛び出した。アルベルトと知り合い、スラムを知ってメーナ達をどうにかしたいと思った。アルベルトの従者としての生活は楽しくて幼馴染のディルクとも再会して……そうしてもう一度テオドールと向き合う機会を得た。スラムをどうにかしたいという問題は横領事件にまで発展して怪しいお茶会やら二十数年前の婚約破棄事件まで飛び出してユリアーネの頭は混乱気味である。
今の混乱した状態はどのような終着点になるのだろう? 悪いことをしたら一発殴ってスッキリ……とはいかないんだろうな、とユリアーネはため息をついた。
次話予告『デート? するユリアーネ』です。




