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【本編完結】一発殴ってもいいですか?  作者: 一理。
【本編】

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42/67

42、二十年以上前の婚約破棄

短いです。


「フリーデリーケ! フリーデリーケ・エア・ファラー公爵令嬢!」


 夜会が開かれているホールに王太子エドヴィンの声が響き渡る。普段から温厚で声を荒げないエドヴィンにしては珍しい事だった。


「はいエドヴィン殿下」


 フリーデリーケは急いで声のする方に向かう。エドヴィンからこの夜会に出席するようにと手紙が来たのだ。しかしエドヴィンは迎えに現れず、フリーデリーケは一人で夜会会場に足を踏み入れた。どこかで入れ違いになってしまったのだろうかとエドヴィンを探していたのだ。冷静になってみればそんなことはあり得ないのだが、近頃エドヴィンは男爵令嬢のソフィーと懇意にしており、フリーデリーケはまったく顧みられていなかったので久々の誘いに舞い上がっていたのだ。


 エドヴィンの姿を見つけ、一歩踏み出そうとしたフリーデリーケの足が止まる。

 エドヴィンはその腕にフリーデリーケではない令嬢を抱いていた。男爵令嬢ソフィーだ。

 フリーデリーケの頭にカッと血が上る。


「ソフィー様、私の言ったことを守られていないようですわね」


 鋭い口調でソフィーを問い詰めるとソフィーは怯えたようにエドヴィンの胸に顔をうずめた。


「ソフィー様!!」

「やぁっぱり。フリーデリーケ嬢はソフィーを苛めてたんだあ」


 フリーデリーケが声を荒げるとソフィーの後ろからひょっこり顔を出したのはマルティン・プラール伯爵令息だ。可愛げな顔つきのこの伯爵令息は少々甘えた喋り方をする。これでもエドヴィンの側近だ。


「苛めてなど……私はソフィー様に婚約者のいる殿方にみだりに触れてはいけないと忠告しただけですわ」

「忠告ですか」


 その横からずいっと現れたのはモーリッツ・フラン・バッヘム侯爵令息。今日の夜会の主催者だ。フリーデリーケは彼にも挨拶をしようと探していたのに見当たらなかったのだ。


(そう……いつものように殿下と側近でその女を取り囲んでちやほやしていた訳ね)


 フリーデリーケはすうっと目を細めた。浮かれていた気分が急速に冷えていく。


(そろそろ陛下に申し上げなくては。エドヴィン殿下を惑わす女狐を排除する必要があるわ)


 フリーデリーケの険しい表情を見てソフィーが怯えたような声を上げた。


「エドぉ、私怖い」

「大丈夫だよ、ソフィー」


 しがみつくソフィーの手をエドヴィンが優しくポンポンと叩くと、マルティンとモーリッツも声を掛ける。


「僕たちが付いてるからねえ」

「そうですソフィー嬢、私たちがあなたを守ります」


 そしてモーリッツはフリーデリーケに目を向けた。


「フリーデリーケ・エア・ファラー公爵令嬢、あなたの悪行の数々は調べが付いているのですよ」

「悪行?」

「ええ。ソフィー嬢に対する嫌がらせの数々ですよ。先ほどのように脅して屈服させようとしたり、ソフィー嬢の持ち物を壊したり、危害を加えたりですね」


 フリーデリーケは唖然とした。婚約者にベタベタするなというのは真っ当な忠告ではないか? 何度言ってもいう事を聞かないからフリーデリーケと親しくしている令嬢たちがソフィーに足を引っかけたり突き飛ばしたこともある。今ここに居るマルティンとモーリッツの婚約者もその中の一人だ。フリーデリーケも頭に来てワインをかけたこともある。だから? だから何だというのだろう? 忠告を聞かないソフィーが悪いのだ。令嬢としての慎みも持たず、公爵令嬢にも敬意を払わないソフィーが悪いのだ。


「私は——」


 反論しようとしたフリーデリーケの声を遮ってエドヴィンが宣言した。


「こんなに根性のねじ曲がった令嬢は未来の国母に相応しくない。よって私はここにフリーデリーケ・エア・ファラー公爵令嬢との婚約を解消し、心優しいソフィー・ダルシア男爵令嬢と婚約を結ぶことを宣言する!」

「そんな! 納得できませんわ!」


 フリーデリーケは咄嗟に声を上げた。それは無謀過ぎる。エドヴィンの婚約者に決まって以来ずっと努力をしてきたのだ。エドヴィンは周囲から凡庸と言われていた。腹違いで年の離れた弟、アルベルトが成長するにつれますますその声も大きくなった。フリーデリーケは自信を喪失しているエドヴィンに寄り添い、励まし、支えてきたのだ。エドヴィンを支えられるようにあらゆる知識を身に付けようと頑張ってきたのだ。

 アルベルトが他国に去ってからエドヴィンの地位は安泰になった。でもフリーデリーケに対する周囲の期待は高まった。フリーデリーケが支えなければエドヴィンは国王としてやっていけないだろうと周囲に思われていたからだ。


「国王陛下がお許しになるわけありません!!」


 フリーデリーケが叫んだと同時に後ろから突き飛ばされた。


「五月蠅い! 往生際の悪い女だ」


 床に蹲ったまま後ろを振り向くとフリーデリーケを突き飛ばしたのはニクラウス・アイベルク伯爵令息。騎士団に所属して現在はエドヴィンの専属護衛を務めている、彼もまたエドヴィンの側近でソフィーの取り巻きの一人だ。


「お前はもうエドヴィン殿下の婚約者ではないのだ。いつまでも大きい顔が出来ると思うなよ」


 彼こそどんな勘違いをしているのだろう? フリーデリーケとエドヴィンの婚約は正式に破棄されたわけではない。それに婚約者でなくなったとしてもフリーデリーケは三大公爵家であるファラー公爵家の令嬢で彼よりも身分が高いのだ。


「無礼者!!」


 フリーデリーケが睨みつけるとアイベルクは一瞬たじろいだ。そして自分がびびったことをごまかすようにフリーデリーケの頭を鷲掴みにすると床にたたきつけた。


「エドヴィン殿下にひれ伏せ!!」


 フリーデリーケの額が切れて床に血のシミを作る。

 さすがに固唾をのんでこの騒動を見守っていた周囲から悲鳴が上がった。


「ニック、やりすぎ」

「すみませんエドヴィン殿下、この女が強情だったもので」


 マルティンの言葉を無視してアイベルクがエドヴィンに頭を下げる。エドヴィンはその様子をぼんやり眺めていたがソフィーの「エドぉ、私ここに居たくない」という言葉を聞いてソフィーに微笑みかける。


「ソフィー、怖い思いをさせたね。あちらにお菓子がある。それを食べて気分を直してくれるかな」

「うん、みんなも一緒に行きましょ」


 ソフィーを取り囲んで、エドヴィン、マルティン、モーリッツ、アイベルクがこの場を去って行く。

 血を見て失神したフリーデリーケは給仕の知らせを受けてファラー公爵家の侍女が駆け付けるまでその場に放置されていた。

 招待客は年若い低位貴族ばかり、おまけに側近たちの家の息がかかった家ばかりだったのでフリーデリーケに駆け寄る勇気のある者はいなかったのである。






次話予告『男同士の友情に加わりたいユリアーネ』です。

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