39、心配するユリアーネ
半月ほどは何事もなく過ぎた。
何事もなくと言っても日々の仕事は相変わらず忙しくディルクは北部の領地間で起きたいざこざの鎮圧に出かけて行ったし、テオドールは一度シュテファンを伴ってアルベルトの屋敷にやって来た。再度皆で話し合ったがまだめぼしい成果は出ていない。
アルベルトは通常業務に忙しく、ユリアーネもその補佐として働いていた。白の師団長はまだ決まっていない。現在は暫定的にドミニクが師団長の代わりを務めているのでアルベルトは何かと不便である。
師団長は総団長の助言を受けて国王が任命することになっている。実際はほとんど総団長が決めて国王は形式上任命するだけだが、横やりが入ることもある。有力貴族の誰それを、という上からのごり押しだ。現在の総団長は王弟であるアルベルトなのでそういう横やりが入ることはまず無いが、前任者の時代はよくあったらしい。白の師団長のアイベルク、緑の師団長のビゼンデルがそうである。
そのアイベルクは一応は意識を取り戻したものの、まだ一日のほとんどが眠っている状態でとても話が出来る容体ではないらしい。
その日は市中見回りの日だった。
アルベルトは定期的に王都の見回りをしている。
王都の見回りの日はユリアーネの他に緑の騎士が三名ほど随行する。朝、その日の随行する騎士と顔合わせをすると顔見知りだったのでユリアーネは思わず破顔した。三人の内二人は十か月ほど前、児童誘拐の際に一緒にアジトに乗り込んだ騎士だった。
緑の騎士団は平民と貴族が半々だが、ビゼンデルは貴族しか周りに置かない。平民の騎士は副師団長に丸投げである。ユリアーネの捜索はビゼンデルが指揮を執っていたので貴族の騎士だけで捜索を行っていた。師団長がそうであるからなのか、緑の中の貴族と平民の騎士の軋轢は大きい。これもアルベルトがどうにかしなくてはいけないと思っていることの一つだ。
しかし、それのせいで助かったのはユリアーネだ。ユリアーネの捜索に一緒にアジトに乗り込んだ騎士が加わっていたらゴリアスがユリアーネだと早々にバレたかもしれない。アルベルトが誘拐犯を追って王都の外に出た時付き従っていたのは全て平民の騎士だった。騎士団の中の情報の共有? それは緑に関しては上手くいっていないのが現状である。
「今日も寄って行くか」
アルベルトの言葉にユリアーネが頷く。
見回りの際は必ずスラムを訪れる。いくばくかの食料を持って行って動けない者に分け与えたり、屋根が腐って雨漏りをしていたら応急処置をしたり。困っているのはメーナの家ばかりではないのだ。それにいかがわしい者たち、明らかに犯罪に手を染めている者は捕えたり。しかしそれだけでは根本的な解決にはならない。やはり国からまとまったお金が下りて大々的に地域開発をする必要がある。それにはまだ時間がかかるのだ。
「じいちゃん、元気にしてた?」
腐って外れそうな戸を慎重に開けてユリアーネが声を掛けると縄ないの内職をしていた老人が歯のない口を開けて笑う。
「ゴリアス坊、なんかうめえもん持ってきてくれたか?」
「うん、これ、柔らかいからじいちゃんでも食べられるよ」
外に出るとその日の日雇い達が帰ってくる。彼らがアルベルトに声を掛ける。
「やあ、団長さん」
「今帰りか?」
「おう。団長さんのおかげでなんとか食いっぱぐれなくて済んでるよ」
アルベルトは、大した稼ぎにはならないが元気に働ける者は仕事を探して斡旋もした。五体満足なのにスラムでゴロゴロしていたら犯罪に走るだけだ。
最初は無気力か反抗的だったスラムの住人は半年かけてやっと打ち解けてきつつある。
仕事が終わってお屋敷に帰ると執事長のハーバーが一通の封書をアルベルトに渡した。なんか微妙な顔をしている。
「なんだ? コレ……お茶会の招待状? よりによって俺にお茶会? お酒会の間違いじゃないのか?」
「差出人のお名前をもう一度よくご覧ください」
「王妃!? ソフィー王妃か?」
アルベルトはびっくりして封蝋印を確かめた。
「確かにソフィー王妃だ」
「アル団長、もしかしてそれは例のお茶会じゃないですか?」
ユリアーネの言葉にアルベルトは考え込んだ。
「俺たちが調べていることを感づいた? 罠か? いやしかし……」
ソフィー王妃の考えていることが読めない。しかしこれはチャンスかもしれない。かのお茶会の実態を知ることが出来るかもしれないのだから。
「アル団長、危険じゃないですか?」
心配そうなユリアーネを見てアルベルトは笑った。
「そうかもしれないが大丈夫だ、十分注意はするし……もしお前がこのお茶会に誘われたら危険だと断るか?」
「もちろん行きます」
「ははっ、そういう事だ」
アルベルトはハーバーに向かって言った。
「了承の返事を書く。届けてくれ」
数日後、お茶会に出かけて行ったアルベルトをユリアーネはやきもきしながら待っていた。
そろそろ正午を大分回った時間、しかし想定していた時間より早い時刻に馬車が停まりアルベルトが下りてくる。
ユリアーネは急いで駆け寄った。
「アル団長、おかえりなさい……大丈夫ですか?」
「ああ……大……丈夫……だ」
アルベルトはそう答えたがユリアーネは心配だ。アルベルトはかなり青い顔をしているし、何より行きは馬に乗って王宮に出かけたのだ。それなのに馬車で帰って来た。かなり具合が悪いに違いない。
「無理しないで、僕に掴まって!」
ユリアーネは肩を貸そうとしたが、如何せん身長差があり過ぎる。青い顔をしながら苦笑したアルベルトは後ろに控えていたハーバーに頼んだ。
ハーバーに支えられたアルベルトはサロンに落ち着くとふう……と息を吐いた。
心配そうに二人の後ろを歩いていたユリアーネはアルベルトがサロンに落ち着くとハーブティーを入れて差し出した。
「大丈夫ですか? 飲めますか?」
「ありがとう」
アルベルトはそれを一口飲み暫く目を瞑っていたが、やっとリラックスした表情を見せた。
「アル団長、何があったんですか? 毒ですか? 毒なら僕は毒消しの薬草をいくつか知っています。それとも——」
「ゴリアス落ち着け、俺は大丈夫だ。毒ではない、毒ではないが……」
アルベルトは後ろを振り返ってハーバーに言った。
「手紙を書く、出しておいてくれ。なるべく早い便で頼む」
「承知いたしました」
「ハーバー、肩を貸してくれ」
アルベルトはハーブティーを飲み干して立ち上がると自室に戻るべく歩き出した。
「ゴリアス、俺は少し休む。お茶会の様子は明日テオドールが来るからその時話そう」
「アル団長……」
アルベルトはユリアーネの頭をクシャッと撫でると部屋を出ていった。
朝、ユリアーネがアルベルトの部屋をノックする。
返事を待たずに扉を開けるとアルベルトはまだベッドの中だった。
意外にもアルベルトは寝起きが悪い。大きな身体を丸めてぐずぐずと毛布の中に潜り込もうとするアルベルトの毛布を引っぺがしたたき起こすのがユリアーネの日課だった。……ゴリアスがユリアーネだと告白するまでは。
現在、その役目はユリアーネがお屋敷に来る前まで勤めていたハーバーに戻っている。野営や、他所で泊まった時は全然そんなことはないそうなので不思議である。このお屋敷がアルベルトの安心できる場所なのかもしれないが。
今朝はハーバーに代わってもらった。心配だったのだ、昨日のアルベルトが。
そっとベッドに近づくと苦し気な息遣いが聞こえた。もしや、まだ具合が悪いのかとユリアーネは急いでアルベルトの顔を覗き込んだ。
「……リーチェ……どうし……」
アルベルトが何かを呟いたのでもっとよく聞こうと顔を近づけた時、グイッと腕を引っ張られた。
「わっ!」
コロンとベッドにひっくり返る。反対に身体を反転させたアルベルトはユリアーネの上に乗る。ユリアーネはアルベルトに組み伏せられた格好で間近で顔を突き合わせていた。
目を見開いて固まっているアルベルトの顔が視界一杯に広がる。アルベルトの顎髭がユリアーネの顎をくすぐる。赤い髪は垂れてユリアーネのおでこに付きそうだ。
突然、ガバッと身を起こしたアルベルトは凄い勢いでベッドから下りた。急ぎ過ぎてベッドの縁で脛をぶつけ一瞬痛そうな顔をしたが、すぐにユリアーネに背を向けた。
「おはようございます、アル団長。ご気分はいかがですか? 治りました?」
ユリアーネが起き上がりながら訊ねるとアルベルトは咳払いをして言った。
「コホン、あー気分は……いい」
「でも苦しそうでしたけど……」
「いや、ちょっと嫌な夢をみてうなされただけだ。体調は問題ない。それより」
くるりと向きを変えユリアーネに向き直るとアルベルトはしかめっ面をした。
「朝、俺を起こすのはハーバーに代わっただろう?どうしてゴリアスがここに居る?」
「ああ、変わってもらったんです。アル団長が心配だったから」
「……危険だろう」
あっけらかんと話すユリアーネにアルベルトはますます苦い顔になるが、ユリアーネはきょとんとしている。
「危険? 大丈夫ですよ。僕は魔術を使えばアル団長だって跳ね飛ばせますから。それより盗賊討伐の夢でも見ていたんですか? さすがに僕も予想外の事で組み伏せられちゃいましたね」
「そういう事じゃないんだ……」
アルベルトはもう一度ベッドにもぐりこみたくなった。
次話予告『青ざめるテオドール』です。




