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【本編完結】一発殴ってもいいですか?  作者: 一理。
【本編】

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37/67

37、魔獣と戦うユリアーネ


「ああん、今日は王宮を出るのが遅くなっちゃたわあ」


 王都の東大通りを一本中に入った小路を一組の男女が足早に歩いている。女は全身をすっぽり覆うマント、フードを目深に被っている。それにぴったりと付き従う男は立派な体格だがこちらもフードを被っていた。

 大通りほどの人通りは無いが一本入ったこの小路にもちらほらと人通りはある。いかにも怪しげなこの男女を通りすがりにチラッと見る人はいるがそれほど気に留めているわけではない。隠れ家的な店が多いこの辺りは訳ありの男女の密会にもよく利用されているからだ。


「ソフィー様、もう少し声を小さく」

「あら、ごめんなさいニック」


 ソフィー王妃がペロッと舌を出した時、二人は目的の店に着いた。

 一見どこにでもあるようなレストランは中に入って合言葉を言えば地下の闇カジノに案内してくれる。初回はメンバーの紹介が必要だが、ある男爵にここの事を教えてもらって病みつきになったソフィー王妃は既に常連である。

 入り口を入ろうとして白の師団長アイベルクはその壁に気づいた。


「随分汚らしい壁だな」


 店の入り口から三メートルほど離れた場所、以前来た時には隣家があった場所に汚らしい土壁がそそり立っている。その高さは二階建の建物がすっぽり入ってしまうほど。奥行きは……ここからは良く見えないがかなりありそうだ。ただ土を盛り上げたようなでこぼこした巨大な箱のような物体にアイベルクは眉を顰めた。


「ニックったらあ、早く入りましょうよ」


 ソフィー王妃に急かされて視線を店の入り口に戻した途端、土壁が崩れた。


 ガラガラガラ……


 その音に振り返ってアイベルクは固まった。飛んでくる土埃や石礫さえ気づかずに口をポカンと開ける。自分が見ているものが信じられなかったからだ。

 壁の中から現れたのは見たこともない奇怪な生物。沢山の蛇のような頭を持つ怪物だった。

 その頭の一つがじっとアイベルクを見つめている。


「魔獣だーー!!」

「魔獣が出たぞーー!!」

「逃げろーー!!」


 周囲の人々が叫んでいる。それでもアイベルクは動けなかった。


「キャーー!!」


 ソフィー王妃の悲鳴で我に返る。

(そうだ、ここからソフィー様を逃がさなければ!)

 慌てて辺りを見回すとアイベルク達のすぐ後方、至近距離にへたり込んでいる母と娘の姿が目に入った。幼い娘を抱きしめながら母親が蹲っている。


 アイベルクはその親子の元に駆け寄ると母親の腕を引っ張って立たせた。


「ありがとうござい―—」


 喜色を浮かべた母子を突き飛ばした。——魔獣の前に。


「ソフィー様、今のうちに逃げましょう」


 ソフィー王妃の肩を抱いて逃げようとしたアイベルクの傍らを一陣の風が通り抜けた。









「魔獣がでたぞーー!!」


 丁度店を出たユリアーネ達にその声が聞こえた。


「魔獣? 王都に? そんな馬鹿な」


 アルベルトが呟いたときにはもうユリアーネは駆け出している。口の中で呪文を唱えるとユリアーネは加速した。その横にスッと並んだのはディルクだ。


「鬼ユリ、行くぞ!」

「了解!」


 声のする方に駆け付けると魔獣の前に一組の母娘がへたり込んでいるのが見えた。魔獣の頭の一つがぱっくりと口を開け母娘を飲み込もうとしている。


「ディルク!」


 それ以上の言葉はいらなかった。ユリアーネは走って来た勢いそのままに跳躍すると母娘の傍に降り立ち両脇に二人を抱えて横に飛んだ。


 ガチン! と魔獣の歯がなる。獲物を逃した魔獣が悔し気に頭を上げる暇はなかった。すかさず抜刀したディルクの刃が魔獣の頭を切り落とす。

 魔獣が奇怪な咆哮を上げた。


「ゴリアス! ディルク!」


 遅れて駆けつけたアルベルトがユリアーネに駆け寄る。ドミニクに託して母娘を後ろに下がらせると魔獣に向けて剣を引き抜いた。その傍にディルクも駆けつけてアルベルトに告げた。


「ヒュドラです。アル団長、火の魔術は使えますか?」

「ああ、もちろんだ」


 それを聞いてディルクはにんまり笑った。


 ヒュドラは不死身の魔獣とも言われているが倒し方をディルクもユリアーネも知っている。先に八つの頭を倒し、間髪を入れずに中央の頭を落とす。中央の頭は火で焼かないと再生する。他の身体のどの部位も中央の頭が無事なら時間が経つと再生する。先に中央の頭を攻撃しようとしても中央の頭は他の八つの頭に守られている。だから八つの頭を落としたらすぐに中央の頭を焼くのだ。辺境でヒュドラを討伐するときは他の騎士たちが八つの頭を落とすと直ぐにユリアーネが松明を持って突っ込んだのだった。


 目は片時も魔獣から離さずにディルクが口早にアルベルトに告げる。


「俺とユリアーネで八つの頭を片付けます。アル団長は八つの頭を片付けたらすぐさま真ん中の、そう、あの赤い瞳の頭を落としてください。落としたら切り口は火で焼く。そうすれば―—おっと!」


 攻撃してきたヒュドラを躱し剣で切り付ける。一瞬ひるんだ隙にユリアーネに声を掛けた。


「行くぞ!」

「ちょっと待って」

「おい! ゴリアスは危ないから後ろに下がって―—」


 アルベルトの言葉を聞き流しユリアーネは後方でポカンと見ているアイベルク師団長の元に走った。


「借ります」


 アイベルク師団長の手から剣を奪い取るとヒュドラに向き合う。


「ディルク、右!」


 声を掛けるとともにユリアーネは左に走る。襲ってくる首を躱しながらジャンプするとヒュドラの首に剣を叩きつけた。

 それからの戦いは圧巻だった。右に左に、上に下に、ユリアーネとディルクは見事な連携でヒュドラの攻撃をかいくぐりながら首を落としていく。八つ目の首を落とした時にディルクが叫んだ。


「アル団長! 今です!」


 アルベルトは既に呪文を唱え終え自身の剣に炎を纏わせていた。アルベルト特注の剣だ。

 地を蹴ってヒュドラの懐に飛び込む。


「やあーー!!」


 裂ぱくの気合と共に襲い掛かるヒュドラをものともせずにアルベルトは真正面から剣を振り下ろした。

 見事一刀両断、ヒュドラの首はポーンと撥ねて離れた場所に落ちる。

 そろそろと後ずさっていたアイベルク師団長とソフィー王妃の足元に。


「「ひっ!」」


 アルベルトの剣で切られた切り口はぶすぶすとまだ燃えていた。


 ドウッ とヒュドラが倒れる音が聞こえたが、二人の目は目の前のヒュドラの首に釘付けだ。


「やったー!!」

「すげえ!! 兄ちゃんたちすげえぞーー!!」


 遠巻きに見ていた人々の歓声が上がる。

 その向こうからバタバタと緑の騎士たちが走ってくるのが見えた。



 二人はじりじりと、じりじりと後ずさる。人々は歓声を上げてヒュドラを倒した三人に駆け寄る。

 助けられた母娘が顔中を涙にして頭を下げる。……その光景を見ながら二人はじりじり、じりじりと後ずさる。


「何処へいくんですか?」


 背中がドンと誰かにぶつかり二人は振り向いた。


「あ……」

「テオ……」

「母上、意外な場所でお会いしますね」


 テオドールが腰に手を当てて立っていた。傍に副団長のドミニクが控えている。

 その冷たい瞳にアイベルク師団長とソフィー王妃は立ちすくんだ。




 テオドールが駆け付けた時、戦いは既に始まっていた。

 それは圧巻だった。縦横無尽に飛び回るユリアーネにテオドールの目は吸い付いたように離れない。こんな戦いの場に不謹慎かもしれないが、テオドールはユリアーネを美しいと思った。


 初めて会った時の瞳に圧倒された。粗野な振る舞いは王宮で暮らすうちに優雅で洗練された振る舞いに変わった。優美な振る舞いや仕草、美しく成長したユリアーネを見る度に(僕に相応しくあろうと必死なんだな)と密かに得意な気分になった。


 でもユリアーネの本当の美しさはそこに無かった。恐ろし気な魔獣に少しも臆さず煌めく藍の瞳。伸びやかな手足の躍動感、俊敏な身のこなしに魔獣に叩きつける剣の力強さ。

 テオドールはユリアーネの美しさに見惚れた。


 気が付けば魔獣は倒されていた。

 ポーンと飛んだ魔獣の首を目で追ってテオドールは初めて母とアイベルク師団長がそこにいることに気が付いた。

 二人はこそこそ逃げようとしている。

 そうしてテオドールは二人の行く手に立ちふさがったのだった。









 チッ!


 舌打ちを一つ残して男が物陰から立ち去る。

 その瞳はどこまでも暗かった。


(失敗だ! くそっ! どうしてこんなところにアルベルトが? それにあの騎士たちの強さは並ではない)

 唇をかみしめながら男は歩き続ける。

 アイベルク師団長が平民の母娘を魔獣の前に投げ出したのを見て男はほくそ笑んだ.。これであいつは非難の的になる。人々を守るべき騎士が平民を犠牲にして逃げ出そうとしたのだ、人々は口々に罵るに違いない。もちろんこのまま逃がしはしない。あいつには醜い傷を負ってもらわなくてはならない。


 男が動き出そうとした時に何かが目の前を通り過ぎた。

 それから瞬く間に魔獣は討伐されてしまった。

 人々は歓声を上げて討伐をした三人に駆け寄り、アイベルク師団長とソフィー王妃は忘れ去られた存在だ。もちろんアイベルク師団長は五体満足でピンピンしている。


(このままでは済まさない……)


 暗い瞳で唇を血が滲むほど噛み締め男は歩き続けた。


 






次話予告『一喝したアルベルト』です。

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