36、話を聞くテオドールとユリアーネ
待ち合わせのレストランでシュテファンは既に待っていた。
東の大通りから一本奥に入った隠れ家的レストラン。裕福な平民が利用するこの店は個室が完備されていて商談などにもよく使われるそうである。
テオドールは朝、アルベルトの屋敷にやって来てここでちょっと裕福な平民と言った格好に着替えた。アルベルトはその私設護衛と言った格好、ユリアーネは相変わらずの従者の格好である。
テオドールとアルベルトは王家の証である赤い髪を隠すために帽子を目深に被る。それでもテオドールの美貌は人目を引きそうだった。
テオドールの護衛はここに置いていく。ロンメルの事件に白の師団長アイベルクがかかわっている以上白の団員である近衛騎士は信用できない。アイベルクに不用意な報告はされたくなかった。アルベルトとユリアーネがいれば護衛など必要ないのだが、一応遠巻きにドミニクとディルクに護衛を頼んでいる。ディルクはテオドールの護衛と聞いて一瞬嫌そうな顔をしたが何も言わなかった。
店の外でドミニクとディルクに待機してもらい、三人で店に入る。
個室にテオドールたちが入って挨拶を交わすとシュテファンはユリアーネを見て一瞬目を丸くした。
「あ、ああシュテファン、驚いただろう。彼はゴリアスと言って叔父上の従者だ。その、立派な男だ」
なぜかテオドールが焦ってユリアーネの紹介をする。立派な男って何? とユリアーネは首を傾げた。
「そうですか、失礼しました」
シュテファンはあっさり納得すると一同を促し席に着いた。
いつものごとくユリアーネがアルベルトの後ろに立つとテオドールが「ユ、ゴリアスも座れ」と言ってきた。
「いえ、僕はここで結構です」
「そんなとこに立たれると気が散る。いいからここに座れ」
テオドールは自身の横を指し示す。
(そんなところ余計気が散るでしょう)とユリアーネがアルベルトを見る。
アルベルトが頷いて末席にユリアーネの席を用意させた。
ひと通り料理が運ばれてくるまでは軽い世間話だ。
「わが従妹はご迷惑をかけておりませんか?」
シュテファンの問いにテオドールは頷いた。イゾルテの後釜でケーニヒ侯爵令嬢がテオドールの秘書になったらしい。ヘレーネの事だ。
「ヘレーネ嬢はつつがなく勤めているよ。偶に声が小さくて聞き取れないことはあるが本人も意識して頑張っている」
そう答えた後にテオドールはハッとしたようにユリアーネを見た。
「違うんだ、イゾルテ嬢が謹慎になった後に僕の秘書になりたいという令嬢が殺到して……だから僕はヘレーネ嬢に頼んだんだ。ヘレーネ嬢は僕の側近のハンネス・ヴェーゼの婚約者だからね。それなら誰からもやっかまれない」
(どうしてこっちを見て言うの?)とユリアーネは困惑気味だ。ゴリアスがユリアーネだとバレていない筈なのでゴリアスに言い訳するテオドールの意図がわからない。それでもヘレーネの近況が聞けたことは嬉しかった。王宮で出来た唯一の友。別れの挨拶も出来ずに離れてしまった事が少々心苦しかった。
「ヘレーネはヴェーゼ卿とは仲良くしていますか?」
シュテファンの問いにテオドールは何と答えていいか迷った。
ヘレーネとハンネス・ヴェーゼの距離は婚約者同士のそれではなかったからである。仲が悪いわけではない。しかし会話が全て事務的で他人行儀だった。ヘレーネの方は何度か歩み寄ろうとする素振りを見せるのだが、ハンネスは丁寧に応対しながらも壁の様なものを感じさせた。ハンネスは元々何を考えているのかわからないようなところがあるのでそれで通常運転なのかもしれないが。
そこまで考えてテオドールは苦笑した。自分とユリアーネの関係よりはよっぽど親密だと言えるだろう。
食事が終わり、飲み物が提供されると室内の給仕たちは一斉に引き揚げた。これからはこちらが呼ばない限り彼らは入ってこない。
シュテファンが肝心の話をようやく始めた。
驚くことに行方不明になっている金は大火事の復興資金だけではなかった。この一年の間にも数件帳尻の合わない金があったのである。
シュテファンがそれに気づいたのは友人からの相談だった。彼の領地はこの夏豪雨に見舞われ主要街道の橋が崩落した。その架け替えの費用を国に申請したのだが。
「シュテファン、申し訳ないが費用をもう少し出してくれるように掛け合ってくれないか? もちろん我が子爵家でも負担はしているが豪雨によって作物も被害を受けたんだ」
友人に相談されたシュテファンはその金額を調べた。それは潤沢とは言えないが十分妥当な金額だった。水害に見舞われたのは彼の領地ばかりではない。これ以上国庫からは出せないだろうとシュテファンはもう一度友人に会った。しかし友人が言った金額はシュテファンが調べた金額の半分以下だった。
これはおかしいとシュテファンは彼の上司である財務庁第二部長官に相談した。長官もそれはおかしいと早速調べてくれることになった。
暫くして長官に呼ばれたシュテファンは彼の口から信じられない言葉を聞いた。
「例の件は君の友人の勘違いだそうだ。ちゃんと書類上の金額が払われていたよ」
そんな筈はない。友人は本当に困っていた。このままなら領地の税を上げるしかない。でもそれはなるべくしたくないと友人は言っていた。
何かの力が働いたのだ。長官が口を閉ざすほどの力が。
それからシュテファンは他にもそんな事例がないかと調べ始めた。資金が丸々消えていたのは大火事の復興資金だけだったが金額が減らされていた件は数件あった。王宮に文句を言い辛い力のない貴族相手に支払われる資金だった。
テオドールは唾を飲み込んだ。
「その金はどこに消えたんだ? 誰が横領した? 僕は何も知らなかった」
「私が怪しいと考えている人物は二人。どちらかの犯行なのか二人の共謀なのかは分かりません。ああ、テオドール殿下から回ってくる書類に怪しい点は一切ありませんでしたよ。どの案件もテオドール殿下が関与していないものです」
「怪しい二人というのは誰なんだ?」
アルベルトの問いかけにシュテファンは迷っている表情を見せたが目を伏せ紅茶を一口飲むと決心がついたように口を開いた。
「財務庁第一部長官モーリッツ・ベルク子爵、……そして宰相のヨアヒム・ヴァッサ・ガルドゥーン公爵」
この二人の名前は数か月前に聞いたばかりだ。ソフィー王妃のお茶会のメンバーとして。
テオドール、ユリアーネ、アルベルトの三人は黙って顔を見合わせた。
「私の上司である財務庁第二部長官は伯爵家です。彼の家に何らかの圧力がかかったのかもしれません」
「だがガルドゥーン公爵はともかく財務庁第一部長官は子爵家だろう、伯爵家に圧力をかけるのは無理があるんじゃないか?」
アルベルトがシュテファンに疑問を呈する。
「モーリッツ・ベルク子爵は婿養子です。彼の生家はバッヘム侯爵家、三代前の王弟殿下が婿養子に入られて陞爵された家です。彼は茶色がかってはいますが王家の赤と言える髪色で魔力も持っています。実家の権力を使えば圧力をかけられるでしょう」
「しかしそれも君の家には敵わない」
アルベルトが言うとシュテファンが頷いた。
「だから私が調べて公表しようと思ったのですが……」
シュテファンは三大公爵家であるハイツマン公爵家の嫡男だ。家督を継いでいないとはいえ理不尽な圧力に屈する家柄ではない。
しかしその彼をもってしても同じ三大公爵家であるガルドゥーン公爵を調べるのは難しかった。それも相手は当主で国王の信頼厚い宰相である。
「ガルドゥーン公爵は無理でもモーリッツ・ベルク子爵は調べられないか?」
テオドールの言葉にシュテファンが悔しそうな顔をする。
「邪魔が入るのですよ。同じ財務庁の職員、監査局の長官、宰相補佐官、行政庁、巧みに連携を取って横領が無かったことになっている。ここ二年の間に着任した者が多いのですが」
「……それはガルドゥーン公爵の采配だな」
ガルドゥーン公爵は宰相着任以来自分の息のかかった者を数多く引き立てている。テオドールは王宮の勢力図が塗りかえられていくのを肌で感じていた。しかし、引き立てられた者が真っ当な仕事をしているのなら文句も言えない。ガルドゥーン公爵は父が信頼して宰相に据えた者だから。
だが、その者たちが結託して不正を行っているとするなら話は別だ。
「おそらくは。しかし、今私が話した事は証拠がありません。覚書、実際の金銭の受け取り書、横領金の受け渡し書、何かがある筈ですがつかめていないのが現状です」
「……そうか、よく話してくれた」
テオドールはシュテファンに頭を下げた。
シュテファンが動揺する。そんなテオドールなど見たことが無かったからだ。そう言えば前はもっと居丈高で周りを小馬鹿にしているようなところがあった。
だからテオドールに話を持ち掛けられた時、シュテファンは迷ったのだ。しかしシュテファンも行き詰っていた。証拠が掴めず、誰が味方かもわからない。だからテオドールの話に乗ってみようと思ったのだ。実際に会ってみて信用できないと思ったら当たり障りのない話だけして帰ってくればいい。
そう思って出かけてきたのだった。
今の話を打ち明けようと決心したのは食事中だ。それほどテオドールの雰囲気が変わっていた。そして実際に会ってみてアルベルトも信頼に足る人物だと思った。
今後は協力して調査を進めようとシュテファンと約束して三人は店の外に出た。思った以上の収穫だった。
次話予告『魔獣と戦うユリアーネ』です。




