33、ピンチのユリアーネ
「シュテファンと会う約束を取り付けたぞ」
その日アルベルトの屋敷に来たテオドールは土産のタルトをメイドに渡しながらそう言った。
「え?」
タルトに気を取られていたユリアーネはその言葉を聞き逃す。
アルベルトがユリアーネの頭をわしゃわしゃとかき回しながら言う。
「ハイツマン公爵の息子と会う約束をしたそうだぞ。はは、食い物に気を取られるとはゴリアスらしいな」
「もう! アル団長!」
髪の毛を手櫛で直しながらユリアーネがアルベルトを軽く睨む。
だって、テオドールが持ってきてくれるお菓子は本当に美味しい。だからテオドールの訪問が密かな楽しみになっているなんて絶対に思わない。私はそんなにチョロくないと思うユリアーネである。
「可愛い顔で睨んでもちっとも怖くないぞ」
「アル団長! 僕は男です!! 男に向かって可愛いなんて!!」
じゃれ合う二人をテオドールは恨めしそうに眺めていたが、ユリアーネが「ねえ! テオドール殿下もそう思いますよね? アル団長は僕を馬鹿にしてますよね!」と言いながら近づくとその髪にそうっと手を伸ばした。
「すまん、ゴリアスは立派な男だ。俺はその強さを良く知っている」
アルベルトが謝るとユリアーネがくるりと踵を返したのでテオドールの手は中途半端に止まってしまった。
「それなら許してあげます」
テオドールは不自然に止まってしまった手をごまかすように咳払いをした。
「叔父上は従者と距離が近いのですね」
「そうか?」
アルベルトは不思議そうな顔をした。
「俺は母の実家の国で育ったからな。母の実家は大きな商会だが平民だ。その国の王家は俺がこのシュヴァルツ王国の王子だと知っていたが、俺は母の実家で世話になる事を選んだ。つまり平民として育ったんだ。だからじゃないか?」
アルベルトが他国で育ったのは前王妃、つまりテオドールの祖母の実家が命を狙ったためだ。前王妃は穏やかな人柄だったらしいが早世した。テオドールは肖像画でしか見たことがない。そして前国王がその後愛したのがアルベルトの母だ。しかし現国王エドヴィンの王子時代、その凡庸さが浮き彫りになるにつれ、アルベルトを王太子にというムードが高まった。陰謀か否かは今はもうわからないが母が命を落とし、アルベルトはエドヴィンが王になるまではこの国に戻らないと宣言して母の母国に行ったのだった。
その侯爵家は国王に睨まれた上に他にも失態があったらしく今では見る影もないが当時アルベルトが祖国を離れざるを得なかったのはテオドールの父が原因と言えるだろう。
「すみません……」
テオドールが謝ると「テオドールが謝ることなど何も無いぞ」と言いながらアルベルトが手を伸ばしてテオドールの髪をわしゃわしゃとかき回したのでテオドールはびっくりした。
だけど嬉しかった。父と母にはこんなふうに接してもらったことなどない。周囲の者たちは皆、テオドールを褒めたたえる。憧れの眼差しで見る。だけどこんなふうに接してもらった経験はなかった。
「おそろいですね」と乱れた髪を見てユリアーネが笑った。
シュテファンは王都の街中のとある店を会う場所に指定した。
王宮で会っているところを見られたくないそうである。指定された日時は五日後の昼過ぎ。その日の午前中にアルベルトの屋敷を訪問することを約束してテオドールは帰って行った。
次の日、いつもの通りアルベルトがユリアーネを伴って室内訓練棟に向かおうと準備していた時にノックの音がした。
騎士たちは勤務で団舎にいない時を除いてほぼ毎日鍛錬を行う。剣や弓、鉾や槍などに加え体術や捕縄術などの技術を向上させることは騎士の使命でもある。基本は各師団ごとに師団長を始めとしたベテランが後衛の指導に当たるのだが、アルベルトは着任以来、暇が出来ると訓練場に顔を出し、酒場以外でも訓練を通じて団員たちとコミュニケーションを図って来た。
但し、白の騎士団を除いて、である。白はほとんど鍛錬場に顔を出さない。エリートである白は他の団員に交じって汗を流すような泥臭い真似はしないというのが白の師団長、アイベルクの弁である。白の騎士たちの強さがいかほどのものか一度確かめる必要があるとアルベルトは常々思っていたのだが、その機会を失してしまっていた。
「誰だ?」
楽しい訓練を邪魔されていささか不機嫌になりながらアルベルトが入室を許可する。これがデスクワークの時なら邪魔大歓迎なのだが。
「失礼します」
意気揚々と入ってきたのは部下を二人従えた緑のビゼンデル師団長だった。
「総団長、ついに手がかりをつかみました!」
得意げなビゼンデルにアルベルトが訝し気な視線を向ける。
「何のだ?」
「嫌ですな、もちろんヴァルツァー辺境伯令嬢の失踪事件ですよ。お忘れですか?」
ユリアーネは気づかれないように息を呑んだ。
「ヴァルツァー嬢の行方が分かったのか?」
「いえ、それはまだです。しかしもうすぐでしょうな。総団長は都合が悪いかもしれませんが」
「何のことだ?」
アルベルトは訝しげだ。しかしユリアーネは気が気ではなかった。目の前のこの男は何を掴んだのだろう? 従者であるユリアーネの事を視界にも入れていないようなのでゴリアスがユリアーネだとバレたわけではなさそうだが。
「とぼけられなくても……いえ、何でもありません」
コホンと咳払いをしてビゼンデルは続けた。
「ヴァルツァー辺境伯令嬢の専属メイドの行方を我々は追っておりました。辺境伯ご令嬢はいつ王宮を出られたのか、どこから出られたのかなどは分かっておりませんが、メイドが王宮を出た日付は西の台帳に記録されております。西の門を出た者は通常、東の繁華街に向かいます。我々もそれを想定して聞き込みをしていたのですが、足取りはまったくつかめませんでした」
もったいぶって話すビゼンデルにイライラしてアルベルトが続きを促した。
「で? どこから目撃証言が出たんだ?」
「なんとなんと、繁華街とは正反対のスラム近くの屋台の店主からです。これは我々にとっても盲点でしたな。正確な日時は覚えていないそうですが、背格好、髪色すべて一致しました」
「半年ほど経っているのに店主はよく覚えていたな。そのメイドは目立つ容姿をしていたのか?」
「いえ、茶色の髪に小太りのいたって平凡な娘だそうです」
「そんな娘はそこらに沢山いるだろう」
アルベルトが呆れた声を出したが、ビゼンデルは得意げだ。
「いえ、名前も一致しました。彼女は弟を待っていたそうです。その弟が彼女を『マルゴット姉さん』と呼ぶのを店主は耳にしています」
「マルゴット……? メイドの名か?」
ユリアーネはこの場から逃げたかった。ついにバレる時が来てしまった。それでも動揺を押し隠しアルベルトの後ろに無表情で控える。淑女教育、ありがとう。そしてビゼンデル師団長、ありがとう。彼がもったいぶって話すので心の準備が出来たのだ。いきなり今の話を出されていたら絶対に変な声を上げていた。
「はい、メイドの名はマルゴット。そして彼女が待っていた弟は騎士を連れて現れたそうです。二人は店主も見慣れた緑の騎士でしたが一人は白地に金のモールの一際豪華な騎士団服だったそうです。それで店主は印象に残っていたそうです」
「白地に金モール……俺か」
「そうですな。はは、という訳で私は総団長に尋問をしなくてはなりません。ふふふ、ヴァルツァー辺境伯令嬢の誘拐や監禁に一役買っているかもしれませんからね」
ビゼンデル師団長は楽しそうだ。アルベルトに叱られてばかりいたので意趣返しが出来ると浮かれているらしい。
そんなビゼンデルに向かってアルベルトは口を開いた。
「知らん」
「え?」
「そんなことは俺は知らん。半年前はスラムや下町の子供の誘拐事件であの辺りを良く歩いていた。偶々その屋台に向かった時にそのメイドの弟も屋台に来たのかもしれん。俺とその弟が知り合いだったと店主は言っているのか?」
「は? え? しかし」
「俺は半年も前に偶然行き会ったメイドやその弟のことなど覚えていない。もう一度店主によく話を聞いてくるがいい」
アルベルトはそう言ってビゼンデルを追い返した。
ビゼンデルが不服そうにドアを閉めると室内は沈黙に満たされた。この沈黙がユリアーネはいたたまれない。かといって不用意な言葉を上げるわけにいかない。
俯いたユリアーネはアルベルトが自分をじっと見ているのを感じていた。
次話予告『告白したユリアーネ』です。




