32、チョロ過ぎるユリアーネ
この訪問をきっかけにテオドールは足繁くアルベルトの屋敷に訊ねてくることになった。
足繁くと言ってもテオドールは執務で忙しく、アルベルトは毎日騎士団に出勤しているので訊ねてくるのはアルベルトの休日に合わせ、十日に一度ほどだ。
お茶会のメンバーはテオドールの調べにより判明した。
国王、宰相のほかはマルティン・ロンメル男爵、白の師団長ニクラウス・アイベルク伯爵、財務庁第一部長官モーリッツ・ベルク子爵だった。
しかし、このお茶会が何を意味しているのかは分からない。単に話が合う人々の集まりだと言われてしまえば別に違法でも何でもない。国王夫妻や宰相と、子爵男爵が同席しているのは不自然ではあるが。そしてアイベルク師団長はやはりロンメル男爵と顔見知りだった。親しくかどうかは知らないが一緒にお茶を飲む仲間を一刀のもとに切ったのである。そこに何か作為があると疑うのは穿ち過ぎなのか?
もう一つ、アルベルトがテオドールに頼んだのはスラムの事だった。
西地区支所の副所長コーマックに頼まれた再建の為の予算の事である。頼まれた次の訪問の折、テオドールは意外な返事をもってやって来た。
「え? 復興の予算が既に下りているんですか?」
「ああ。僕の調べでは財務からあの大火の後、住宅再建や被災民の救済のための予算が二回にわたって出ているな。もう一年近く前になる」
ユリアーネの問いにテオドールが答える。
度重なる訪問で少しずつ距離が縮まったユリアーネとテオドール。テオドールが何かとユリアーネに話しかけるのでユリアーネもつい友人に接するようにテオドールに接してしまう。これはダメだと距離を取ろうとするのだが、その度にテオドールが寂しそうな顔をするのでつい絆されてしまうユリアーネであった。
「お前、チョロ過ぎだろ」
相談したディルクにユリアーネが言われた言葉である。ディルクは忙しく魔獣討伐や盗賊討伐、災害救助など国中を飛び回っているが、帰ってくるとユリアーネの元へ一目散にやってくるのだ。
「そんなんじゃバレるのも時間の問題だぞ」
「うー……気を付けているもん」
「もんなんて可愛ぶっても駄目だ。なあ、お前辺境に帰った方がいいんじゃねえか?」
別に可愛ぶっている訳じゃないとユリアーネは口を尖らせた。まだヴァルツァー領に帰る訳にはいかない。色々と中途半端だ。
ディルクと再会して半月ほど経った頃、ディルクの父のラウレンツにも再会した。ラウレンツは一人王都に残りユリアーネの行方を捜していたそうである。本当に申し訳ない……
ラウレンツがディルクを訪ねてきたことでユリアーネの所在も判明した。ラウレンツは暫く開いた口が塞がらなかった。
「お嬢様が王弟殿下の従者をなさっているとは……」
それはユリアーネもそう思う。王太子の元を逃げ出したのにその叔父の従者をしているのだから。
おまけに今はその王太子とも仲良く? かどうかはわからないが、普通に話をする間柄である。
「お嬢様のやりたいようになさればよろしい。俺も、辺境でお嬢様を案じている閣下もお嬢様を後押しします。困ったことが起きたら存分にこのディルクをお使いください。もちろん俺もいつでも駆けつけます」
「おい、親父……」
「何だ? 不服か?」
「いや、俺がユリアーネの味方なのは生涯変わらないからいいんだけどよ」
名残惜し気にラウレンツは辺境に帰って行った。という訳でヴァルツァー家の家族はユリアーネの所在を知っている。アルベルトの為人をディルクに聞いた辺境伯は一応安心したようだ。
ユリアーネはヴァルツァー辺境伯に一つ頼みごとをしていた。ドミニクがドーソンで取り逃がした奴隷商人の行方だ。奴隷商人はソリュージャ帝国の者である。ソリュージャ帝国はヴァルツァー辺境伯領の隣りだから距離的には近い。しかしソリュージャ帝国は数年前まで戦争をしていた国だ。あくまで、調べられたら、という事でくれぐれも無理はしないようお願いした。もちろんアルベルトには内緒だ。
季節は夏を過ぎ、秋に差し掛かり現在はどこかに消えた復興予算の行方を調査している段階だ。
「財務庁の人から話を聞けませんか? 誰か信用できる人がいるといいんですけど」
ユリアーネの言葉にテオドールは考え込んだ。
「一人……いないでもないが……」
「何か問題があるのですか?」
「僕の婚約者、ユリアーネと親しくしていた人物なんだ。ハイツマン公爵の嫡男でシュテファンという。まあ、親しくしていたと言っても彼は新婚だし来年には子供も生まれると聞いているから……」
「なんだ、やきもちを焼いていたのか?」
アルベルトの茶々が入りテオドールは顔を真っ赤にした。
「そんなわけありません。ユリアーネは僕にぞっこんでしたから。それより叔父上、ユリアーネの捜索はどうなっているのです!!」
(ええー! ぞっこんじゃないし……でも今テオドール殿下は婚約者と言ったわ。元婚約者じゃないの? 半年も行方不明の令嬢なんて王太子の婚約者に相応しくないでしょうに)
テオドールとの婚約は未だに解消されていないようである。それにしては最初の頃の必死感がテオドールに無い。アルベルトの屋敷に来てアルベルトやユリアーネと話をするテオドールは生き生きしている。
「すまん、ヴァルツァー嬢の目撃証言はまったく上がってこないんだ。(ビゼンデルが無能なのかもしれないが)」
お飾り緑の師団長のビゼンデルを小声でこき下ろした後、アルベルトは続けた。
「今はヴァルツァー嬢付きだったメイドの行方を追うように指示を出している。ヴァルツァー嬢の失踪とは無縁かもしれないが何か知っているかもしれないからな」
アルベルトの言葉にユリアーネはごくりと唾を飲み込んだ。マルゴットは元気にこのお屋敷で働いている。緑の騎士団がマルゴットの足取りを掴む可能性はあるのだろうか?
男はある人物と向かい合っている。彼が信頼する人物だ、その男と彼は目的を同じくしているから。
「最近、殿下が距離を取り始めました」
「我々の目的に気が付いたのか?」
「いえ、そういう訳ではないようですが」
「そうか、まあいい、まだ勝手に泳がせておけ。それよりロンメルは残念だった」
「あいつも復讐対象の一人です。私はいい気味だと思いますね。私の手で殺せなかったことは残念ですが」
「死んだことは少しも残念ではない。もう少し王妃との繋がりを暴露してから死ねば良かったのだ」
「その危険があるからアイベルクが早々に始末したんでしょうね」
「ロンメルは、いや、マルティン・プラールは若い頃から甘ったれで他人任せだったからな」
「そうですか、私は良く知りませんが。それより横領の証拠はいつ出すのですか?」
「まあ待て、最も効果的な時、効果的な人物によってそれは暴かれなくてはならん。私はヴァルツァー辺境伯が適任だと思っていたのだが」
「あっさり辺境に帰ってしまいましたからね」
「婚約もまだ解消されていないようではないか」
「テオドール殿下がごねたんですよ。解消は決まっているんですけどね、ヴァルツァー嬢に一言謝ってから解消したいそうです。もう半年以上経ちましたからもうすぐ解消されるでしょう」
「半年も行方が分からないとするともう生きてはいないだろう。これは誰の策略だ?」
「私には分かりませんが王妃に傾倒する誰かでしょう。王妃はヴァルツァー嬢を嫌っていましたから」
「あの娘も王妃の犠牲者という訳か」
男の目が光った。この男もあの王妃の、いや、王妃とそれを取り巻く男たちの所為で大切な人を失ったのだった。
「横領より先にアイベルクをどうにかしよう」
「アイベルク師団長ですか? 何か弱みがありますか? それともロンメルのように悪事を唆しましょうか」
「小さな悪事なら沢山ある。王妃の意向で白の騎士団は見た目重視だ。能力のないものを一番大事な王族警護に充てるのは職務怠慢だろう」
「白の騎士どもは令嬢にもてはやされることしか考えていない無能集団ですからね。しかしその方が我々に都合がいいでしょう」
「それはそうだが、こういうのはどうだ? 王妃は最近お忍びで街によく出かけるらしい」
「……いつもの事ではないですか」
「いや、闇のカジノに嵌っているらしくてな、さすがに護衛を何人も連れていけないので闇のカジノに行くときは護衛はアイベルク一人だ」
「へえ、闇のカジノに。それを摘発すれば王妃もアイベルクも終わりでしょう」
「お前はそれで満足か? 王妃に甘い国王だ。しばらく謹慎して終わりだ。それで満足か?」
「いえ、そんな事ありません。あの方の屈辱、苦しみ、絶望がそんなことで癒されるわけがない。私はあの方の代わりに復讐を誓ったのですから」
「そうだ、それでこそ私の同志だ。それでな、王妃が闇のカジノに出かけたタイミングで魔獣を街に放す」
「魔獣を? そんなことできるのですか?」
「手練れを集めてな、実は既に捕獲してある。これを王妃の近くで放つ。アイベルクが一人で対処するしかないように。ああ、王妃はまだ殺さんぞ。危なくなれば私が助ける」
「民に被害が出るのでは?」
「かもしれんな。だから?」
「いえ……普段白の師団長としてふんぞり返っている奴の顔が見ものですね。奴は水の魔術の使い手だという話ですが」
「多少水の魔術が使えたところで何が出来る? 奴は魔術の鍛錬など大してしていない」
「はは、できれば彼には生き延びて欲しいものです。二目と見られない醜い傷を負って」
二人は暗い瞳で笑い合う。
そうして二人は薄暗い部屋でワインのグラスを掲げる。今はもういない彼らの大切な人の為に。
次話予告『ピンチのユリアーネ』です。




