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【本編完結】一発殴ってもいいですか?  作者: 一理。
【本編】

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28、アル団長の癒しになったユリアーネ


 夜会から数日、ユリアーネは総団長の執務室で国王を交えた話し合いの顛末を聞いていた。


 あれから国王と宰相が駆け付け、ホール傍の個室で事情説明と話し合いが行われたようだ。

 ようだというのはユリアーネが出席できるわけもなく、従者控室で延々と待っていたからだ。もちろんユリアーネの顔を知っている人たちのオンパレードなのでそんなところには行きたくない。テオドールと会ってしまったので今更な気もするが。


 控室で待って待ってうとうとしだした日付の変わる時間、ユリアーネはアルベルトに起こされてお屋敷に帰ってきたのだった。






「アイベルク師団長はお咎め無しなのですか?」


 ユリアーネが聞くとアルベルトは苦い顔をしながら「ああ」と答えた。


「職務を全うしたと言われたらその通りだからな」

「ロンメル男爵は丸腰でしたよ。例え武器を持っていてもアイベルク師団長なら簡単に取り押さえられるでしょう」

「まあ、そうなんだがな……アイベルクは王妃殿下の警護をしていた。王妃殿下に近づく不審な輩は全て排除するのが使命ですと言い張ってな」


(王妃様はロンメル男爵の事をマルティンと名前で呼んだわ。王妃様とロンメル男爵は知り合いだった?)


 アルベルトはますます苦い顔をして個室での話し合いの様子を教えてくれた。


 駆けつけた陛下はオロオロとソフィー王妃に駆け寄り「怖かったね」「大丈夫かい?」と慰めるばかり。その胸に縋ってソフィー王妃はぐずぐずと泣くばかり。

 アルベルトは、マルティン・ロンメル男爵が子供を下町やスラムで攫って奴隷として他国へ売っていた疑いがあること、手がかりをつかんだので個室で話を聞いていたところ突然逃げ出したことを説明した。

 一同は驚いたような表情を見せたがアルベルトはなんとなく芝居がかっているなと感じた。


「王妃殿下はロンメル男爵と知り合いだったのですか?」


 アルベルトが聞くとソフィー王妃はアルベルトをウルウルと見上げた。


「やだあ、アル君ってエドの弟でしょ、じゃあ私の弟じゃない。他人みたいな話し方をしないでソフィーって呼んで欲しいわ。あ、お義姉様でも……うーん、やっぱりソフィーがいいかなあ」


 アルベルトの目が点になった。なんだ? 王妃は今まで怖い怖いと泣いていたのではないか? アル君ってなんだ?


「母上、今はそんな場合ではないでしょう」


 テオドールが窘めるとソフィーはてへっと舌を出した。


「あ、マルティンのこと? あの人私の事好きだから、贈り物とかよくしてくれたの」

「それ以上の関係は?」


 アルベルトはロンメル男爵の悪事について何か聞いているか聞き出したかったのだが、宰相、ガルドゥーン公爵が怒りだした。


「グラッツェル侯爵、いくら王弟だと言っても失礼ですぞ。ソフィー様と男爵風情が関係ある筈がない」

「しかし王妃殿下はロンメル男爵の事を名前で呼んでいらっしゃいますよ」

「ああん、ソフィーって呼んで」

「ソフィー様は親しみやすい性格をされていらっしゃるだけです。現に私の事もヨアヒムと……ウオッホン」


 ガルドゥーン公爵が咳払いをして口を閉ざす。アルベルトは眩暈がしてきた。


「アイベルク師団長、お前はロンメル男爵の事を知っていたか? 何故いきなり切った」


 アルベルトがソフィー王妃の後ろに立ったまま控えているアイベルク師団長に目を向ける。


「アル君、ニックを叱らないで! 私を守ってくれただけなのよ」


 ソフィー王妃が両手をお願いの形に握りながらアルベルトを見上げる。

 ニック? 一瞬誰の事かわからなかったアルベルトはやっと思い出した。ニクラウス・アイベルク、白の師団長のフルネームだ。


「ソフィー様、私はソフィー様の剣ですから」

「きゃあ、ニック頼もしいわ。ね、エドもそう思うでしょ」

「ああそうだね。アイベルク師団長、今後も私の最愛の妃、ソフィーの事を守ってやってくれ」

「命に代えましても」


 アルベルトは眩暈の上に頭痛がしてきた。


「俺は引き続きこの件の調査を進めます。主犯はロンメル男爵だと思われますが背景を調べなくてはなりませんから」

「犯人は死亡したのだからこの件はもう終りでいいでしょう?」


 ガルドゥーン公爵は打ち切りたそうだが、アルベルトは引き下がらなかった。結局は国王が折れた。


「アルベルト、よろしく頼む」

「グラッツェル侯爵、この度の騒動は犯罪を犯したロンメル男爵が取り調べ中に逃げ出した。そしてソフィー王妃様に害をなそうとしたので近衛騎士のアイベルク師団長に成敗された、とそう発表して構いませんな」

「わかった、ガルドゥーン公爵、そう発表してくれて構わない」

「アル君、危険な事はしないでね。私心配なんだから」

「やっぱりソフィーは優しいな」

「ふふっ、エドったらあ」


 頭痛が酷くなるばかりなのでアルベルトは立ち上がった。


「それではこれで失礼します」


 廊下に出て歩き出した時、後ろから追ってくる足音に気づいて立ち止まった。


「叔父上」

「テオドールか」

「あの、叔父上、今後の捜査で分かったことがあったら僕にも教えていただけますか?」

「何故だ?」

「……少し気にかかることがあって。詳しくは言えませんが」

「わかった」

「あ、それから」

  

 再び歩き出そうとしたアルベルトをテオドールが呼び止める。


「その、ユリアーネの捜索は……」

「まだ、緑の騎士たちからめぼしい報告は上がっていない」

「そうですか……あの、叔父上の従者の少年ですが……」

「ゴリアスか? ゴリアスがどうした?」

「叔父上の従者になってどのくらい経つのですか? どういった経緯で従者に?」


 アルベルトは暫く考えた末に答えた。


「ゴリアスはちょっと事情がある少年でな、俺が信頼する筋から預かっているんだ」

「信頼する筋から……そうですか。あの少年の身元はしっかりしていると」

「ああそうだ。王弟である俺が一番身近に置いているんだからな」

「……そうですね」







「アル団長、ありがとうございます」


 ユリアーネは胸を撫でおろした。


(アル団長! なんてグッジョブ! アル団長は私がユリアーネだなんて想像もしていないでしょうけど)それにしても深い事情を聞きもせずユリアーネを傍に置いてくれるアルベルトは懐の深い男だなあとユリアーネは感心した。


「お前はいい奴だ。俺は人を見る目はあるつもりだぞ」


 そう言ったアルベルトはまだ憂鬱そうな顔だ。


「本当にお疲れさまでした」


 ユリアーネは感謝を込めて紅茶を入れてアルベルトに差し出した。お疲れのアルベルトの為にミルクとほんの少しの蜂蜜を入れてある。

 料理は壊滅的だったユリアーネだが、お茶を入れることは淑女教育で習ったのでお手のものである。

(グラッぺ夫人に感謝だわ)

 一年前に王宮を辞した厳しくも頼もしい侍女をユリアーネは思い出した。


「今回の事は俺の失態だ」


 ボソッとアルベルトが呟いた。


「夜会のホールでな、ロンメル男爵をちょっとつついたら異常に怯えたんだ。ああ、これは押せば落ちると思ったのが間違いだった。なにもあの場で問い詰めなくてもドミニクが帰るのを待って周りをしっかり固めたうえで拘束すれば良かったんだ。功を焦った俺の失態だな……」


 いつも堂々として余裕のあるアルベルトがしょぼくれて見えて、ユリアーネは執務室の椅子に座って俯いているアルベルトの頭を無意識に撫でていた。いつも気を付けていた敬語が素の言葉に戻ってしまっている。


「アル団長は悪くない。僕だってロンメル男爵が急に逃げ出すなんて想像もしていなかったんだから」

「ゴリアス……」


 頭に触れていた手を急に握られた。


「あっ! すみません! 僕―—」

「いやいい。もう少しこのままで……」


 アルベルトは椅子の傍らで立っているユリアーネに椅子ごと身体を向けるとユリアーネの両手を自らの両手ですっぽり覆った。


「あ、あ、あの? アル団長?」

「……小さい手だ。……お前は癒されるな」

「こ、これから大きくてごつい手になります!」

「ぷっ。お前はそのままでいいよ。こんなに小さい手でもお前は十分強い」


 パッと手を離してアルベルトは立ち上がった。


「ゴリアス、飯を食いに行くぞ、午後からは西地区の行政支所に出かける」








 

 西地区の行政支所は工場が立ち並ぶ地域と下町の境目にあった。スラムは西地区の中でも最も西、王都の西端にあり行政支所からは離れている。今思い出してみるとユリアーネが王宮を抜け出した直後スラムに迷い込んだという事は東の繁華街に向かうつもりが真逆に歩いていたことになる。あの時は自分より世の中を知っているマルゴットの後ろをついて行ったのだが……マルゴットは方向音痴だという評価がユリアーネの中で確定した。


 アルベルトが支所を訪れると支所内がざわざわしている。無理もない、ここの支所長であるロンメル男爵が王宮で死亡したことが伝えられたばかりであろう。

 混乱しているところ申し訳ないが話を聞きたいとアルベルトが受付に言うと、顔をひきつらせた女性が奥に駆けこんで行った。

 そうして青い顔をした中年の男性に案内されてアルベルトとユリアーネは応接室に通された。

 今日もユリアーネは書記係である。


 案内してくれた男性が向かいのソファーに座ったのでアルベルトは早速要件を切り出した。



 マルティン・ロンメルについて教えて欲しいと言うと目の前の男性、副所長のコーマックは言葉を選びながら話した。


 ロンメル男爵は一年半前に所長としてこの支所に着任した。「何で私がこんな薄汚いところに」が口癖で支所にいることは稀、偶に居ても仕事などほとんどしなかったそうだ。コーマックはかなり婉曲な表現をしたが、要約すると所内全員ロンメル男爵の事を嫌っていていなくても構わないと思っていることが窺えた。


「君はこの支所に長いのか?」

「僕は元はしがない男爵家の三男で兄が家督を継ぐときに平民になりました。元から平民と紙一重の男爵家だったので下町には馴染みが深かったのです。それでも貴族の方々とのパイプがあるので十年前から副所長をやらせていただいています。本庁は貴族の方が多いですから」


 コーマックはそう言ったが、元貴族という肩書だけではないだろう。実際にこの支所を切り回していたのはコーマックであることは職員の態度から推察できた。


「ロンメル所長の態度が変わったのは……十か月ほど前でしょうか」


 コーマックの言葉にユリアーネは身を乗り出した。







次話予告『スラムの話を聞くユリアーネ』です。

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