27、大混乱の夜会、テオドールに会って大混乱のユリアーネ
ユリアーネはノックをしてルビーの間に入室する。
正面のソファーにアルベルトがゆったりと座っているのが見えた。その後ろに一人の騎士が控えているが、なんとなく不貞腐れているように見える。わりと整った顔立ちの白の騎士だ。多分アルベルトが会場にいた騎士を適当に引っ張ってきたのだろう。そしてアルベルトの正面にユリアーネに背を向けて男が一人座っていた。
「ああゴリアス、わざわざ呼んですまないが、今からの会話を記録してくれ」
「はい、わかりました」
ユリアーネはアルベルトの背後に回り懐から紙とガラスペンを取り出した。
「横に座れ」
アルベルトに言われアルベルトの横に座るとテーブルにインク壺もセットする。準備万端整えてユリアーネは視線を上げると目の前の男をまじまじと見た。でっぷりとした不健康そうな男だ。しかし意外にも目鼻立ちは整っている。山葵色の柔らかそうな癖毛に、四十代半ばなのにいわゆる童顔という顔立ちで年齢よりは大分若く見えた。その男は汗をしきりに拭いながら「どうして僕が……」とか「僕は何も知らないんだ」とか引っ切り無しに呟いていた。
「あの、き、記録って何ですか? ぼ、僕はもう帰らなくちゃ」
ようやく意を決したように男が声を上げるが、アルベルトはにっこり微笑むと殊更ゆっくり喋った。
「まあまあ、ロンメル男爵、そんなに急がなくてもいいだろう。俺はただこれを貴殿に返したいだけなんだ。そしてちょっとばかり話を聞かせて欲しいだけなんだよ」
騎士団総騎士団長のにっこり。赤髪に真っ赤な髭の大男のにっこり。ロンメル男爵はガタガタと震えだした。
「これは貴殿の物で間違いないな」
アルベルトがカフスボタンを差し出すとロンメル男爵は黙ったまま視線をうろうろと彷徨わせた。
多分肯定した方がいいか否定した方がいいか迷っているのだろう。
「この模様はロンメル男爵家の家紋で間違いないだろう?」
アルベルトが重ねて言うとロンメル男爵は観念したように口を開いた。
「そ、それは落としたんです。ぼ、僕も探していたところで……」
「ほう……落とした。いつ、どこで?」
「さ、さ、さあ? 知らないうちに無くなっていて。あ、盗まれたのかも」
「そうか。ところで、十日ほど前なんだが、男爵はどこに出かけていたのかな? 五日間の休暇を取ったそうだが」
狼狽えながらもロンメル男爵はしっかり答えた。
「じ、実家のプラール伯爵家の領地です」
プラール伯爵家の領地は王国西南でドーソンの港町に近い。しかし口調に迷いがないという事は口裏合わせを頼んでいるのだろう。
「何の用事で?」
「それは……プライベートなので今ここでは……」
ロンメル男爵の口調に余裕が出て来たように見える。
ここは一旦引き下がってプラール伯爵家の使用人辺りから崩した方がいいかな? とアルベルトが考えた時、ノックの音が聞こえた。
「誰だ?」
「ただいま戻りました。間に合って良かった」
部屋に入ってきたのはドミニク副団長。急いでいたのかまだ旅装のままだ。それに右腕に包帯を巻いて肩から吊っている。
「マルティン・ロンメル男爵、バロー商会及びお前の手下が全て白状したぞ」
それを聞いてアルベルトが「よくやった」と呟くとロンメル男爵を見据えながら言った。
「マルティン・ロンメル男爵、貴殿を児童誘拐、人身売買の罪で拘束する」
ロンメル男爵は呆けたように口を開けた。
「あ、あああ、ああああ嫌だああああ」
弾かれたように立ち上がると戸口にいたドミニク副団長に突進する。
アルベルトもユリアーネも虚を突かれた。終始怯えた表情のロンメル男爵がいきなり行動を起こすとは思っていなかったのだ。太っている割に素早い行動だった。
ロンメル男爵はドミニク副団長を突き飛ばして廊下に出た。普段のドミニク副団長ならロンメル男爵ごとき簡単に取り押さえられる。しかし怪我をした方の手を突き飛ばされてよろける。踏みとどまった時にはロンメル男爵はもう廊下に出ていた。
「わあああああ」
喚きながらロンメル男爵は夜会会場の方に走って行く。周囲にいた貴族たちは何事が起こったのかとポカンとそれを見送っていた。
「追いかけろ!」
アルベルトが後ろに立っていた騎士に命ずるより早くユリアーネは行動を起こした。
ペンと紙をテーブルに投げ出した瞬間にテーブルを飛び越え廊下に向かって走り出していた。
「キャー!」
夜会の行われているホールから悲鳴が聞こえる。
ユリアーネがホールの入り口に入った時、ロンメル男爵が近くにいた令嬢を拘束するのが見えた。
「不味い!」
背後に回って飛びかかろうとユリアーネが移動しようとした時、ロンメル男爵の斜め後ろから声が聞こえた。
「え? え? どうしたの? 何の騒ぎ?」
現れたのはソフィー王妃。後ろに白の師団長のアイベルクを従えている。
王妃を見た途端、ロンメル男爵の顔に歓喜の表情が浮かんだ。
「王妃殿下!」
「え? マルティン? 何をしてるの?」
「王妃……ソフィー様! 助けてください! 僕は……僕は貴方の為に……」
拘束していた令嬢を突き飛ばしてロンメル男爵はふらふらと王妃ソフィーに近づく。その顔には笑みが浮かんでいる。
「きゃあ」
「痴れ者!」
ソフィーが悲鳴を上げるのと同時にアイベルク師団長が怒声と共に抜刀した。
「待て! アイベルク!」
アルベルトの制止の声も空しくアイベルク師団長は剣を振り下ろした。
「「「キャーー!!」」」
ホールに多数の悲鳴が飛び交う。
ロンメル男爵は肩から腰まで切り下げられて血しぶきをまき散らし床にドウと倒れる。顔には驚きの表情、そして倒れる瞬間「どうして……ソフィー……アイベル……」と呟いたのをユリアーネの耳は捕えた。
「くそっ! アイベルク! どうして切った?」
叫びながらアルベルトがロンメル男爵に駆け寄るがロンメル男爵の目は既に光を灯していなかった。それでも止血を試みながらアルベルトが指示を出す。
「夜会は中止だ! 第二騎士団! 速やかに客を誘導! 第一騎士団! 現場保存! 第三、第四はその補佐にあたれ! おおっと、アイベルク師団長はここに待機、後ほど話を聞く。誰か宮廷医を呼んでくれ!」
ユリアーネもロンメル男爵に駆け寄る。やはりユリアーネが見てもロンメル男爵はこと切れているようだった。
騎士団が命令に従って動き出す。パニックになりかけた会場は一応の秩序を取り戻した。何人かの令嬢や夫人は失神したようだが。
ソフィー王妃も真っ青な顔で目を瞑りアイベルク師団長に凭れ掛かっていた。
「国王陛下は?」
駆けつけた侍従長にアルベルトが聞く。
「国王陛下、宰相閣下共に早めにご退出なされましたので陛下は奥宮に、宰相閣下はご自宅にお帰りになっておられます」
「そうか……」
アルベルトはアイベルク師団長に抱かれているソフィー王妃を見た。咄嗟にアルベルトが夜会の中止を宣言したが、この場の最高権力者はソフィー王妃だ。しかし彼女はアイベルク師団長に抱かれて震えているだけだ。
ユリアーネは死に際のロンメル男爵の言葉が気になっていた。
ロンメル男爵は「どうして」と呟いた。つまり彼は自分が切られるなどと微塵も思っていなかったのだ。ソフィー王妃がこの場に現れた時、彼は喜びの表情を浮かべた。つまり彼はソフィー王妃が味方だと思っていたのだ。ソフィー王妃に付き従うアイベルク師団長も。
「母上! 何があったんですか!?」
後方から大股で近寄る人物に突き飛ばされそうになってユリアーネは咄嗟に避けた。
ユリアーネの真横を通り過ぎた人物はアルベルトの前で歩みを止めた。
「叔父上、何があったのです」
「テオドールか。少し待て、場所を替えて話をしよう」
宮廷医が駆け付けロンメル男爵の脈をとる。首を横に振ると助手に命じで担架でロンメル男爵を運んで行く。
テオドールがその作業の邪魔にならないようにと脇に退いた際、ふとユリアーネの方を見た。
「!!」
テオドールの顔が驚愕で固まる。
(あ、あああ! 目が合っちゃったあ!)
今更ながらにユリアーネはここが王宮の夜会会場で会っちゃいけない人が沢山いることを思いだした。
(ど、ど、どうしよう……ここは白を切るしかないよね。あ、なるべく声も変えなきゃ)
ユリアーネは覚悟を決めた。
テオドールは驚愕の表情を浮かべたまま一歩一歩ユリアーネに近づいてくる。
「ゴリアス」
肩を引っ張られて振り向くとディルクが立っていた。
「ゴリアス?」
訝し気なテオドールに向かってディルクは略式の礼をした。
「テオドール王太子殿下、自分は騎士団第四師団、副師団長のディルク・アスマンと申します。こいつはゴリアスと言ってアルベルト総騎士団長の従者です。こいつに何か御用でしょうか?」
ディルクが『フェア』の固有名称を抜いたのは故意だ。ヴァルツァー辺境伯家と結び付けられないように。
(ディルク、グッジョブ!)
ユリアーネがディルクの言葉にコクコクと頷くとテオドールの顔に戸惑いが生まれた。
「いや、その、彼によく似た人物を知っているんだ。君、ヴァルツァー辺境伯領に血縁者はいないか?」
ユリアーネは首を横に振る。
「そうか……しかしよく似ている……髪が長くて銀色なら……」
テオドールはまじまじとユリアーネの顔を見る。
「ゴリアス!」
アルベルトに呼ばれてユリアーネは「はい!」と返事をした。
「呼ばれているので失礼します」
テオドールに向かってなるべく低い声で告げると踵を返す。
グンッと手を引っ張られた。
「また、会えないか?」
(は? はああ? 無理無理無理無理)
「アルベルト侯爵は僕の叔父なんだ。また、会いに行くから」
(なんで? なんでなんで?)
ユリアーネは逃げるようにアルベルトの元へ向かった。
次話予告『アル団長の癒しになったユリアーネ』です。




