26、夜会を忘れていたユリアーネ
数日間は何事もなく過ぎた。
ロンメル男爵についての報告はまだ上がってきていない。ドミニク副団長はまだドーソンから帰ってこない。テオドールに依頼されたユリアーネの捜索は遅々として進まず(あたりまえだ)既に王宮にはいないのだろうと現在は緑の騎士団と緑の兵団所属の王都の衛兵が捜索にあたっているようだ。その事を聞くたびにユリアーネは(なんかすみません)と騎士と衛兵に頭を下げたくなった。
その日は朝から王宮中がざわざわしていた。
「今日は何かあるんですか?」
ユリアーネが聞くとアルベルトが面倒くさそうに答える。
「春の大夜会だ。今日は忙しくなる。白、赤だけでなく緑も王宮警護や貴族たちの馬車の誘導、貴族街の警護に駆り出されるからな。場合によっては黒もだ」
(春の大夜会!! すっかり忘れていたわ)本当ならこの夜会で社交界デビューをする筈だったユリアーネである。
ユリアーネは久しぶりに婚約者? 元婚約者? の事を思い出した。ユリアーネの捜索にあたってイゾルテの様々な謀略が発覚したそうで、イゾルテは現在謹慎中と聞いた。謀略と言ったってメイドたちに意地悪をさせたり勝手にユリアーネの私物を盗んで売らせたりしたくらいであまりユリアーネに実害はなかった。イゾルテの言い分を信じて離宮に追いやったのはテオドールだし、あの離宮の使用人に関しては今度会ったらぶん殴ってやりたいがまあそのくらいだ。イゾルテに対しても一発殴ればすっきりするだろう。か弱いご令嬢だから力の加減はしなくてはいけないが。
(あのボンキュッボンがいなかったらテオドール殿下は誰をパートナーにするのかしら。あ、そう言えば……)
「アル団長は夜会に出席なさるんですよね」
「ああ、面倒だけどしょうがないな」
王弟で侯爵家当主、出席しなくてはならないのは当たり前だ。
「アル団長って独身ですよね、お付き合いしている方はいるんですか? パートナーはどなたが?」
ユリアーネの身もふたもない聞き方にアルベルトは苦笑した。お付き合いしている令嬢なんていないことは従者として共に過ごしてわかっているだろうに。
「パートナーなんかいないぞ、ああ、ゴリアスが女装してパートナーになってくれると助かる」
アルベルトの言葉にユリアーネは真っ赤になった。
「ぼぼぼ僕なんて、む、無理です!! じょ女装なんてできません!!」
「ははは、冗談だ。俺はいつも一人で参加しているからな。ちょこっと顔を出すだけだよ。ゴリアスは従者の控室で待っていればいい」
控室までは行かなくちゃいけないのかとユリアーネは憂鬱な気持ちになった。
「ここで待っていちゃ駄目ですか?」
「駄目ってことは無いが……パーティーって奴は人がたくさん集まるからな、何かあった時にお前が控えていてくれると俺にとっても都合がいい。お前は機転が利くし博識だからな。それに大夜会には末端貴族まで参加するからロンメル男爵も参加するだろう。顔を見ておいた方がいいかもしれん」
一旦言葉を切ってアルベルトは心配そうにユリアーネを見た。
「顔を合わせたくない奴でもいるのか?」
アルベルトは久々に虐げられた貴族の隠し子設定を思い出したみたいだ。会いたくない人など沢山いる。だけど……
「控室でお待ちしています……」
ユリアーネは力なく答えた。
ユリアーネは騎士団の中央棟廊下で行き会ったディルクに声を掛けた。
「ディルク副師団長、忙しそうだね」
「ゴリアスか。どうした?」
にこやかにディルクが返すと周囲が音もなく騒めく。女っ気のないアルベルト総団長が傍に置いて片時も離さない美少年従者に、普段不愛想で令嬢たちにニコリともしない黒の副師団長が笑いかけたのだ。当人たちはつゆ知らず三人は今や騎士団の密かな話題提供者だった。
「別にどうもしないんだけどディルク副師団長は今日どうするのかなって」
「俺か? 俺は今日は王宮の警備だ」
ユリアーネは驚いた。黒は魔獣討伐や盗賊討伐などが主な業務だ。アルベルトは場合によっては黒も駆り出されると言っていたけれど。
「なんでも王妃様がな、夜会会場や周辺の庭園の警備には見目麗しい者を配置するようにって言ったらしくて俺にまで仕事が回ってきたんだ」
「見目麗しい……」
「笑うなよ、俺も柄じゃないと思っているんだから」
ディルクは心底嫌そうだ。ユリアーネは改めてディルクを見た。うん、背は高くて逞しい体つき。眦が上がっていてちょっと鋭い眼差しだけど鼻筋は通っていて薄めの唇。そうか、ディルクって意外と美形なんだ。
ユリアーネが今更な発見に感動しているとディルクはため息をついて言った。
「以前はもっと大変だったらしいぞ。騎士は勢ぞろいして演武までさせられたらしい。俺は下っ端でほとんど王都の外に出てたから知らねえけど」
「以前?」
ユリアーネは首を傾げた。そんな噂は聞いたことがない。以前、前のメイドたちやグラッぺ夫人がいた頃は夜会の様子などよく話して聞かせてくれたものだ。
「以前って言っても今の王様になってからだから二年前くらいか? どんどんエスカレートして一年くらい前は騎士団総動員で広場で余興をやらされたらしい。王妃様はじめご令嬢方は大興奮だったらしいが」
呆れた……ユリアーネは声を潜めて言った。不敬発言だとわかっているので。
「国王陛下も王妃様も何考えてるの? 騎士団は見世物じゃないっていうのに」
「全くだ。流石になんか問題があったらしくてその後は控えめになったそうだ」
その後少し立ち話をしてユリアーネはディルクと別れた。
不敬発言の時など周りに聞こえないようにかなり近づいて話していたので物陰から見ている騎士たちがその距離感に色めき立ったのは二人とも知らない。
午後になってロンメル男爵の報告が上がって来た。
「マルティン・ロンメル、四十五歳。プラール伯爵の兄とあるな。という事はプラール伯爵家の嫡子か? 弟が家を継いだのは何か原因があったのか?」
アルベルトは呟いたがそのまま読み進めた。
「仕事は……王都行政官か」
アルベルトの目が光る。王都はいくつかの区割りがあり、その区ごとに顔役が居り、その区の揉め事や陳情などを取りまとめている。その顔役が陳情を上げるのが王都の行政庁で本部は王宮の中にあるが、各支所は王都の街中にあった。マルティン・ロンメルは西地区の支所長を務めている。
「西地区のトップなら色々な情報が集まりやすいな」
アルベルトの言葉にユリアーネも頷く。西地区は職人やあまり裕福でない者たちの住む地域。そしてスラムも西地区にある。子供たちを攫いやすい場所、衛兵の巡回場所、逃走経路など西地区の行政のトップならいくらでも犯人たちに情報を流すことが出来ただろう。
「ロンメル男爵が誘拐犯の黒幕ですか」
「まあ待て、今のところ証拠はこのカフスボタンしかない。ドミニクが帰ってくるのを待とう。しかし、奴の屋敷や西地区の支所は見張らせる。うん、今日の夜会でちょいとつついて焦らせるのも手かな」
アルベルトは緑の副師団長を呼んで指示を伝える。師団長は今日の夜会の準備で早々に帰宅したそうで副師団長が代わりにやって来たのだ。上からのごり押しで師団長になったビゼンデルより数段有能な男だった。
その後一旦お屋敷に帰り、身支度を整えアルベルトがユリアーネを伴って王宮に帰ってきたのは夜会が始まる直前だった。下級貴族はあらかた入場した後である。
エントランスでアルベルトと別れ従者控室に向かう。基本的に従者はこの部屋から先は進入禁止である。夜会に出席している主人が体調を崩したり、その他やむを得ない用事で呼び出された場合のみ、入ることが出来る。
従者控室に入ると皆が一斉にユリアーネを見た。
それもそのはず、貴族に付き従って王宮にくるのはベテランの使用人が多い。少年従者などユリアーネしかいなかった。
(なるべく隅っこで大人しくしていよう)
従者控室からはあまりわからないが夜会は滞りなく進んでいるようだ。
テオドールは誰と出席したのだろう? ユリアーネはまたも気になったが、気にしても仕方がないと思い他の事を考えることにした。本当ならこの夜会でユリアーネはデビューする筈だった。夜会そのものは興味がなかったが、父様や母様に会えたかもしれない。それを考えると悲しくなってきた。またも頭を振って別の事を考えることにした。そう言えば昨日マルゴットが買ってきてくれたお菓子は美味しかった。パイ生地の中に白いクリームと黄色いクリームが入っていて特に黄色いクリームをユリアーネは気に入ったのだ。マルゴットはびっくりするくらい侯爵家に馴染んでいる。侯爵家といってもアルベルトしかいないので使用人の数は少ない。日中は侯爵家のメイドとして働き、アルベルトと一緒にユリアーネが帰宅するとあれこれとユリアーネの世話を焼いてくれる。今は同じ使用人の立場だから世話を焼かれるのはおかしいとユリアーネが言ってもマルゴットは止めなかった。アルベルトもそれを黙認している。それに男の振りを押し通すのにマルゴットの協力は不可欠だった。
ちらほらと帰る者が出始めた頃、王宮の使用人がユリアーネを呼びに来た。
「えーと、ゴリアス様、いらっしゃいますか? アルベルト・フラン・グラッツェル侯爵閣下がお呼びです。この先のルビーの間と書かれた個室まで来ていただきたいそうです」
「承りました。ありがとうございます」
返事をして従者控室を出る。
従者控室はエントランスの近くにあるので早めに帰る貴族たちとすれ違う。
ユリアーネはなるべく頭を低くして廊下の端を歩きながらルビーの間に向かった。
次話予告『大混乱の夜会、テオドールに会って大混乱のユリアーネ』です。




