24、的外れの捜索に唖然とするユリアーネ
午前中いっぱい調べ物に費やしたが大した成果は得られなかった。
「うーん、プラール伯爵家の家紋と似ているんですけどほら、ここが違うんですよね」
ユリアーネは違う個所を指し示す。
図書館に入るときはそりゃあドキドキした。なるべく顔を伏せてアルベルトの陰に隠れた。だけど心配は杞憂に終わった。司書は滅多に現れない王弟に緊張しまくりで従者であるユリアーネには何の注意も払わなかったからだ。
「一旦戻るか。腹が減った」
アルベルトの言葉に頷いて図書館を後にする。気が付けば正午を二時間も過ぎていた。
騎士団の団舎に戻り遅い昼食をアルベルトと共に取っていると事務官がバタバタと食堂に駆けこんできた。
「アル団長、王太子殿下の執務室の方がお見えです。至急お願いしたいことがあると」
アル団長の執務室で待っているというので渋々とアル団長は立ち上がった。
「お前はゆっくり食べていていいぞ、食べ終わったら執務室に来てくれ」
その言葉を聞いてユリアーネは胸を撫でおろした。テオドールの執務室付きなんて図書館以上に鬼門だ。もっとも、テオドール付きの事務官は十数名いるが、テオドールの側近の二名と秘書のイゾルテ以外は話したことも無い。話したことは無いが、ユリアーネの顔ぐらいは見ているだろう。
なるべくゆっくり食べてアルベルトの部屋に戻るとテオドールの事務官はもういなかった。アルベルトはなんだか苦い顔をしている。
程なくノックの音がして二人の人物が入室した。白の師団長と赤の師団長だ。二人を前にアルベルトが口を開いた。
「テオドール殿下の婚約者であるユリアーネ・フェア・ヴァルツァー辺境伯令嬢がいなくなったそうだ。捜索に協力して欲しいと要請があった」
ユリアーネはひっくり返りそうになった。え? 何? 今?
「ヴァルツァー様がいなくなったのはいつでしょうか? どういう状況で?」
赤のキースリング師団長が聞くとアルベルトはもっと苦い顔をして答えた。
「事務官の話はあまり要領を得ないのだが、どうもいなくなったのは一週間以上前らしい」
「は? 何故その時すぐに依頼しなかったのでしょうか? ヴァルツァー様は奥宮にお住まいですね、では奥宮からいなくなったのでしょうか? メイドや侍女、護衛は何をしていたのでしょう」
(そうそう、それが普通の反応よね。でも本当に今更だわ。まさか今まで私がいなくなったことに気づいていなかったのかしら)ユリアーネは呆れた。ユリアーネが王宮を出てもう十二日経つ。この一週間、いつ正体がバレるかとビクビクしていた。まさかユリアーネが王宮を抜け出したことに誰も気づいていないなどと思わなかったのだ。誰も気づいていないのだから当然捜索もされていなかったわけである。
「それについてはわからん。アイベルク師団長、ヴァルツァー嬢の護衛には誰がついていた? その者から事情を聞きたい」
アルベルトが今度は白のアイベルク師団長に訊ねるとアイベルク師団長は仏頂面で答えた。
「ヴァルツァー様に護衛はついておりません」
「なに?」
「白の騎士団は王族と要人警護が職務です。ヴァルツァー様は王族ではございませんから」
「いや、しかし、王太子の婚約者だろう? 護衛が付くのが普通じゃないか?」
「ご依頼はございませんでした」
「……そうか」
アルベルトは腕を組んで考えている。話を聞きながらユリアーネはそういうものなの? と内心で首をひねった。ユリアーネ自身は護衛の必要性を感じなかったし、ヴァルツァー領にいた時も護衛などついたことはない。魔獣が人里近くまで来た時は町の人を護衛したことならあるが。むしろ、今の状況からすると護衛がつかなくてラッキーだった。
「それで、捜索の協力とは何をしたらいいのでしょう、奥宮の探索ですか?」
キースリング師団長が再び聞く。
「いや、まずは雑木林の探索だそうだ。赤の兵団で既に行っているらしいが」
「雑木林ですか? どうしてそんなところを?」
「ヴァルツァー嬢は西の離宮にいたらしい。西の離宮って知ってるか? 俺は知らなかったが」
アルベルトの問いにキースリング師団長は考えながら言った。
「ああ、昔チラッと聞いたことがあります。雑木林の向こうに三代前の国王陛下の時代に王族の一人を隔離した離宮があるそうです」
「ふうん、ヴァルツァー嬢はどうして離宮なんかにいたんだ?」
「さあ? 私には分かりませんが」
「隔離されたんでしょう」
アイベルク師団長が急に口を挟んだ。
「他のご令嬢に意地悪したり、高慢だったりとヴァルツァー様は評判が悪かったですから。何か失態をして離宮に蟄居させられていたのだと思います」
冤罪ですけどね、とユリアーネは心の中で反論したが(何? 騎士団に噂が届くほど私って評判が悪かったの?)と少々ショックだった。
(そんな噂が立ったのもあのナルシス王子の所為だわ)と久々にテオドールの顔を思い出して両手の指の関節をバキッ、ボキッと鳴らしていると呆気にとられたような六つの目がユリアーネを見ていた。
「なんだ? ゴリアスは捜索に加わりたいのか?」
アルベルトの問いにユリアーネはぶんぶんと首を横に振る。
「そうか。ではキースリング師団長、ヴァルツァー嬢の捜索にあたってくれ。雑木林は兵団が捜索しているので、他の場所を。王宮の本宮や、各官庁、ホールや控室など人が普段立ち入らない部屋を重点的に。攫われて閉じ込められていることも考えられるからな。アイベルク師団長はヴァルツァー嬢を見かけた者がいないか聞き込みをしてくれ」
「「了解しました」」
キースリング師団長は真面目に、アイベルク師団長は少々不服そうに返事をして両者は部屋を出ていった。
「そのう……そのご令嬢は王宮から外に出ているんじゃありませんか?」
ユリアーネはアルベルトに進言してみた。王宮を抜け出したことがわかって足取りを捜索されるのも困るけれど、沢山の人に無駄な苦労を掛けるのも忍びない。この捜索でユリアーネが見つかることはないのだ。
「西の門衛がヴァルツァー嬢は絶対に外に出ていないと断言したそうだ。ヴァルツァー嬢は見事な銀色の髪をしているそうでな、あんなに綺麗な髪を見落とす筈は無いし、帽子などで隠して門を通った者もいないそうだ」
(いや、堂々と出ましたけど……)もちろん魔術で髪色は変えてあったし髪は短いけれども。
俯いて顔を見られないようにはしたけれどユリアーネは堂々と門を出たのだ、それもマルゴットと一緒に。門衛、ポンコツ過ぎない? とユリアーネは心配になった。
「まあ俺もヴァルツァー嬢が王宮にいる可能性は半々だと思っている。一週間も行方不明なんだろう? 殺されているのでなければとっくに外に連れ出されているさ。雑木林かどっかで怪我をして行き倒れているという可能性もあるがな。王宮から外に連れ出すのは簡単だからな。西の門以外の門を通ったかもしれないし王宮を出入りする馬車に隠したかもしれない」
(自分の足で出ていった可能性は考えないの?)
アルベルトはユリアーネが誘拐された前提て話をしているように思える、普通の、特に高位のご令嬢は一人で外に出たりしないしそんなことは考えもしないという事をユリアーネはいまいち理解していなかった。
「ヴァルツァー嬢の事をゴリアスは……いや知っているわけないな。俺は会った事は無いが、一度会っておけばよかったな」
(いえ、会わなくて良かったです)とユリアーネは心で反論する。アルベルトと顔見知りだったら従者になろうなんて絶対に思わなかった。本当ならアルベルトが帰国した際に顔を合わせていてもおかしくなかった、王弟と王太子の婚約者なのだから。でもユリアーネは風の噂で王弟殿下が帰国したらしいと聞いていただけだった。
「アイベルク師団長は我儘で高慢な令嬢だと言っていたな。そんな令嬢でも行方不明になったら親は心配だろう。ヴァルツァー辺境伯は酷く胸を痛めているらしい」
「ヴァルツァー辺境伯?」
「ああ。今、王宮に来ていてテオドール殿下と捜索にあたっているそうだ」
(父様が!?)会いたい!! と今すぐここを飛び出していきたい衝動を何とかユリアーネは抑えた。ユリアーネが送った荷物と手紙は辺境に届かなかったのだろうか? なんとか顔を見せて無事を伝えたい!
でもユリアーネはこの場を離れる上手い言い訳を思いつかなかった。
午前中に調べ物をしていたせいでアルベルトは執務か溜まっており、午後はそれに忙殺された。ユリアーネもそのサポートで雑事に追われた。そして夕刻、一旦捜査は打ち切られ、ヴァルツァー辺境伯は王宮を後にしたと聞いてがっくりと肩を落とした。
次話予告『幼馴染と再会したユリアーネ』です。




