23、騎士団に出勤するユリアーネ
アルベルトの従者として王宮に通って一週間、やっとユリアーネは緊張の糸を緩めた。
出勤初日など見知った顔に出会うのではないかと常に周囲を警戒していた。アルベルトのお屋敷、グラッツェル侯爵邸は王宮の近く、東の大門を抜けて大通りを北に入った貴族街にある。貴族のお屋敷が立ち並ぶ中でもひと際立派なお屋敷だ。もっとも三大公爵家のお屋敷は大通りを南に入った貴族街にあり、アルベルトのお屋敷より大きいらしい。
東の大門がアルベルトのお屋敷からは最も近いのだがアルベルトは北の通用門を使用する。北の通用門の方が団舎に近いためだ。初日に馬に乗れるか聞かれユリアーネが乗馬は得意だと告げると厩舎に案内され馬を一頭与えられた。栗毛の穏やかそうな雌馬だ。その馬に乗って出勤する。アルベルトの従者としての身分証も作ってもらえたので、これで本宮、官庁街、騎士団のエリアは入ることが出来る。この一週間は騎士団のエリアに入っただけだ。今後もなるべく他のエリアには行きたくない。特に本宮にはテオドールの執務室があるので極力回避したいユリアーネだった。
騎士団の団舎は五つの棟から成っている。中央棟の周りに右回りに白、赤、黒、緑の騎士団の団舎だ。中央棟には幹部の執務室や応接室などのほかに会議室や食堂なども設けられ、団舎の西には屋内訓練棟、その奥に屋外演習場、そのさらに奥、雑木林との境に中門がある。ユリアーネがテオドールに会いに来て追い返されたあの中門だ。白、赤、緑、黒の騎士団は本来はこの順番に第一師団~第四師団という名称でそれぞれの団長は師団長と呼ばれているが色分けされた呼名の方が広く知られている。その全ての頂点がアルベルト総騎士団長であるが、アルベルトは総騎士団長という呼名を嫌い、アル団長とみんなに呼ばれていた。
団舎手前の厩舎に馬を預けてアルベルトと団舎に入る。総団長の執務室に入ると既に副団長のドミニク・ギーツェンが部屋で待ち構えていた。
「おはようございます。ドミニク副団長」
「おはようゴリアス坊、今日も可愛いね」
ユリアーネが挨拶するとドミニクが機嫌よく返してきた。ユリアーネはドミニクの事がほんのちょっと苦手だ。それはこの軽口だ。女とバレてはいないよな、と思いながらも毎回ドキッとしてしまう。
出勤初日、アルベルトが、皆の前で従者だとユリアーネを紹介したときはざわめきが起きた。臣籍降下したとは言え王弟であるアルベルトが従者を伴っていたことなど今まで一度もなかったからだ。総騎士団長に就任して以来、アルベルトは一人で身軽に騎士団内を飛び回っていた。気さくに団員たちに話しかけどの師団とも公平に交流を図った。騎士団の騎士たちとは交流を図る一方でアルベルトは貴族のご令嬢方とは全く交流を図らなかった。王弟という身分、精悍で逞しい体躯、三十五歳独身の侯爵アルベルトにご令嬢方は大いに関心があったが、アルベルト本人は騎士たちと交流ばかりしていた。そのアルベルトが紅顔の美少年を従者だと言って連れてきたのである。騎士団内にはあらぬ噂が飛び交った。ユリアーネはそれについては全く気付かなかった。単に女だと、テオドールの婚約者のユリアーネではないかと疑いを持つような者がいないようなのでホッとしただけである。王宮で暮らした五年間、ユリアーネは一度も騎士団に出向いたことはない。騎士の訓練など見たら何かの血が騒ぎそうだったので自制していたのだが、騎士に知り合いがいなくて良かったと胸を撫でおろしたのだった。
「ドミニク、何か用があるんだろう」
アルベルトが訊ねるとドミニクが数枚の紙をポンとアルベルトに渡した。
「昨晩、緑の騎士三名が帰って来ました。アル団長が誘拐犯を追跡させた三名ですよ。アル団長がお帰りになった直後だったので私が報告を聞きました」
「何? それで手がかりはつかめたのか? 首謀者は?」
質問しながらアルベルトは素早く書面を読む。
「ああ、そこにも書いてありますが、彼らはドーソンの港町まで犯人を追跡しました。港に近い倉庫の一つに犯人は逃げ込みました。騎士たちはドーソン駐在の衛兵と共にそこに踏み込んだのですが犯人の一味をすんでのところで取り逃がしてしまったそうです。下っ端は数名捕らえたらしいですけどね。その時逃げた者たちの中に覆面の男が一人いたそうです。でっぷりした身なりのいい男で、一味の者たちはそいつを守るようにして逃げたそうです。それから……」
ドミニクが言葉を切ってユリアーネの方をチラッと見た。
「こいつには聞かせられない話か? 前にも言った通りこいつはその誘拐事件にかかわりがある。話して構わないぞ」
アルベルトが訊ねるとドミニクは「いやあ、血生臭い話をしてゴリアス坊が気分を悪くするといけないと思いましてね」と呟いた。
「僕なら修羅場に慣れているから大丈夫ですよ」
ドミニクにか弱い乙女だと思われているようでちょっと憤慨しながらユリアーネが言う。アルベルトも頷いたのでドミニクは話を続けた。
「逃げ込んだ奴は殺されていました。倉庫の奥の部屋に壁につながれた鎖があってその鎖につながれた子供が三人。その部屋には炉が切ってあって焼き印を押す道具や、鞭などが揃っていたそうです。幸いなことに三人の子供は奴隷の焼き印を押される前だったが酷く衰弱していたので現在ドーソンの診療所に保護されていると聞きました」
「焼き印の模様は国によって違うだろう。この国には奴隷はいない、どこの国のものだ? それからその倉庫は誰の持ち物だ?」
アルベルトの矢継ぎ早の質問にドミニクは首をすくめた。
「落ち着いてください、それらは現在調査中です。騎士たちが戻ってきたのはこれの為です」
ドミニクは小さなものを差し出した。
「これは……カフスか?」
アルベルトは小さな物をつまみ上げて目を近づけた。
「何の模様だ? 家紋か?」
「それは調べてみないと何とも。騎士の一人が逃げていく覆面の男の袖からむしり取ったものです。彼らはよく働きましたよ、アル団長の無茶な要求に応えて」
ドミニクの言葉にアル団長はそっぽを向いた。
「急な事だったから仕方がないだろう。それに何色でも関係なく騎士は全て俺の部下だ」
「まあそうですけどね、アル団長が王都を見回り中に急に手がかりをつかんだと緑の騎士たちを連れて飛び出して行ってしまったので私は緑の師団長に大分嫌味を言われましたよ。緑は王都の中が管轄ですからね」
「ビゼンデルか……奴は職務怠慢だ。スラムの治安はどうなっている」
アルベルトが苦虫を嚙み潰したような顔をするがドミニクは全く意に介さず話を続けた。
「ビゼンデル師団長はこれ以上王都の外の事件に騎士を貸し出すつもりは無いそうです。後は成り上がりの黒にでも任せたらどうですかと嫌味たらたらでした」
「誘拐事件が起こったのは王都の中だろう?」
「ですが既に事件の舞台は王都から離れました。今回、アル団長の命を受けて遠いドーソンの港町まで追跡した緑の三名はよくやったと思います。後で褒めてあげてください。それから今後は黒の騎士団がこの事件を引き継ぎます」
「こういう縦割りの仕組みは良くないな」とアルベルトは呟いてからドミニクに聞いた。
「黒は魔獣討伐に出かけているんじゃないか?」
「ええ、ですから在中の半数を連れて私がドーソンまで出向きます」
ドミニクの言葉にアルベルトは少し考えた末に頷いた。
「わかった、お前がドーソンに行っている間にこっちでも調べを進めておこう」
王国の四つの騎士団の職務内容は以下の通りだ。王族や要人警護の白の騎士団。その中でも王族警護の近衛兵は一番のエリートだ。ある程度の身分も必要だ。王宮警護の赤の騎士団も貴族出身者が多い。門の衛兵など、赤の兵団は平民がほとんどだが、それでも身元のしっかりした者しかなれない。王都警護の緑の騎士団は平民と貴族が半々、そして王都の外が管轄の黒の騎士団は弱小貴族と剣の腕で成り上がった平民で構成されている。黒の騎士団は王国各地から寄せられた依頼、盗賊討伐や魔獣討伐が主な仕事内容だ。ユリアーネのヴァルツァー辺境伯領は独自の騎士団、兵団を持っているがそれは隣国にも魔獣の森にも接しているヴァルツァー辺境伯領だけの特権である。三大公爵は小規模の私兵団や騎士団を持っているが、領内の治安を守る兵を最低限雇っている領主がほとんどだ。だから領内で対処できない事件が起こった時は騎士団に依頼して黒の騎士団がその領地に出向くのだ。黒の騎士団はその人数も他の団の二倍だった。
「王都にも魔獣が出るのですか?」
ユリアーネの唐突な質問にアルベルトが「ん?」と振り返った。
「ゴリアス坊は魔獣が怖いのかあ。大丈夫だよ、黒の騎士団が退治してくれるからね」
ドミニクの揶揄うような口調にムッとしながらユリアーネは質問を繰り返した。魔獣に関する事ならアルベルトの役に立てるかもと思っての質問だった。
「王都には魔獣は出ない。いや、断言はできないけどな。ヴァルツァー辺境伯領って知っているか?」
アルベルトのその質問にユリアーネはこっくりと頷いた。ええ、知り過ぎるほどによく知っていますとも。
「魔獣はほぼヴァルツァー辺境伯領に出る。ただ、ヴァルツァー辺境伯領は独自の騎士団を持っているので王都の騎士団が討伐に向かうことはない。しかし他の地域に魔獣が出ることもあるんだ。弱い魔獣ならその地域で対処するが大型魔獣だったり数が多い時は手に余る。そういう時は黒の騎士団が討伐に向かうんだ。魔獣が出現するのは山岳地帯や深い森だ。魔獣の森から彷徨い出た魔獣が住み着いて繁殖した場合などだな。王都周辺にはそこまで深い森はないから安心していいだろう」
「そうなんですね」
ユリアーネは半分残念で半分ホッとした気持ちで呟いた。自分の得意分野で役に立てないのは残念だが、王都の人々が魔獣の脅威にさらされないことはいい事だ。変事が起こった場合、スラムのような場所は真っ先に見捨てられるのだから。
(ちょっと待って、私はどうしてアル団長の役に立ちたいとか思ってるの?)
ユリアーネがアルベルトの従者になったのはスラムをどうにかしたかったから。メーナやカイが心配だったから。カイは孤児院に預けられ、メーナも母親が診療所に入るため、その間、カイと同じ孤児院に預けられると聞いた。でも二人を救ったから終わりという事ではない。スラムに関してはアルベルトが信用できる役人を探している。まずはその役人に話を聞くことが第一歩だ。
スラムの問題については直ぐに解決することではない。でも一応のめどがつくまでは見届けたいとユリアーネは思っている。その間はアルベルトの従者を務めるつもりだ。
(今の私はアル団長の従者。それなら主人の役に立ちたいと思うのは当然のことよね)
一応納得できる理由がわかったのでユリアーネが心の中で頷いていると「……アス、聞いているのか?」と声が聞こえた。
「ゴリアス、これから図書館に向かうぞ」
アルベルトに言われてユリアーネは周りを見回した。考え事をしているうちにドミニクは部屋からいなくなっていた。
「ドミニク副団長は?」
「黒の棟に向かったぞ。メンバーを選んでドーソンに出発するそうだ。俺たちはこれを調べる」
アルベルトは掌に載せたカフスボタンを見せた。
「このカフスに刻まれている模様、全く関係のない模様かもしれないが家紋かもしれないからな」
ユリアーネは三大公爵家をはじめ主だった家の家紋は覚えている。ただ、ここに刻まれた模様はそのどれとも微妙に違っていた。しかし、各家の正式な家紋以外にも略式の紋だったり、分家が本家の家紋の一部を変えたりして使用している場合もある。アルベルトは図書館で貴族の家紋に関する書籍を調べようと言っているのだった。
「それでは行ってらっしゃいませ、僕はここでお帰りをお待ちしていますから」
「お前、何言ってるんだ? 一緒に来て手伝え」
アルベルトはこともなげにユリアーネを引っ張って図書館に向かった。
(図書館は鬼門なのよー!!)
一時期、他に行くところがなくてユリアーネは図書館に通い詰めたのだ。図書館は本宮のすぐ近くにあるし、司書とも顔見知りだ。
(あああ、バレませんように……)
心の中で祈りながらユリアーネはアルベルトに引きずられていった。
次話予告『的外れの捜索に唖然とするユリアーネ』です。




