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【本編完結】一発殴ってもいいですか?  作者: 一理。
【本編】

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21/67

21、怒るテオドール


 日が傾き、薄暗くなったころ、新たな報告がもたらされた。

 南の通用門から、離宮に派遣していた使用人たちが帰ってきたと言うのである。南の通用門は使用人の寮に近い。


「何? 南門という事はその者たちは使用人の寮に帰って来たという事か?」

「はい、門の記録を調べたところ彼らは半月前から南門を出入りしていることがわかりました。頻繁に街へ出かけるので門衛が訊ねたところ臨時収入が入って休暇中なので街に遊びに出かけると言っていたそうです」

「何だと? 今すぐ連れてこい」


 テオドールの指示で執事と下級メイド、コックの三人は留め置かれた門からそのまま本宮の会議室まで連れてこられた。

 


 ノックの後に部屋の外の騎士が扉を開けると三人は室内に入り、ギョッとしたように足を止めた。


「執事のカスパル、コックのブルーノ、メイドのアルマだな」


 エグモントが問いかけると三人は慌てて跪きながら「はい」と答えた。


「今日はどこへ行っていた?」


 続けてエグモントが問うと三人は暫く顔を見合わせていたが諦めたように代表してカスパルが答えた。


「そのう……街へ……」

「昨日は? 一昨日は?」

「あの女……じゃなかったヴァルツァー様から何か文句が来たんですか?」


 質問には答えず、卑屈な愛想笑いを浮かべながらカスパルが問い返す。


「もう一度聞く。この半月、お前たちはどこで何をしていたんだ?」


 エグモントの厳しい顔にひるんだカスパルはテオドールに救いを求めるような眼差しを向けた。


「えーっと……実はヴァルツァー様にいびられて離宮を追い出されてしまったので仕方なく……」

「仕方なく? 仕方なく何をしていた? お前は毎日離宮の報告をハンネスにあげていただろう。あれは嘘か?」


 テオドールが同じく厳しい顔で問いただすと、カスパルはえ? という顔をした後に恐る恐るテオドールに言った。


「そ、その、殿下のご意向に沿うことは難しかったのであの女を暫く放置してやろうと……」

「あの女とはユリアーネの事か!?」


 テオドールの剣幕にカスパルたち三人は跪いたまま後ろに下がった。


「す、すみません。でも殿下のご意向に沿って俺たちは……」


 しどろもどろのカスパルをテオドールは睨みつける。


「ご意向とは何だ! お前たちは何をやったんだ!」


 三人は押し黙った。


「お前たちは職場放棄をした。この僕の婚約者であるユリアーネをぞんざいに扱ったんだ。相応の罰を受けると思え!」

「「「そんな!!」」」

「衛兵、こいつらを牢に入れろ」


「ちょっと待ってくれ!」


 衛兵に引っ立てられそうになった時、コックのブルーノが立ち上がって叫んだ。

「おい、ブルーノ」

「うるせえ! このままじゃ全部俺たちの罪にされちまう。俺は全部ぶちまけてやる」


 止めようとしたカスパルを押しのけてブルーノはテオドールの前に出た。


「王子様よう、それはちょっとひでえんじゃねえか? 俺たちはあんたの指示に従ったっていうのによう」

「貴様! 殿下に対して不敬だぞ!」


 衛兵がブルーノを押さえつけようとするのを制してテオドールが聞いた。


「お前たちはさっきから何を言っている? 僕の指示とは何だ?」

「あーそう、ここで言っちゃってもいいんすね。ヴァルツァーのお嬢さんを苛めぬいて泣いて故郷に帰りたいというまで離宮から出すなっていう命令ですよ」


 テオドールは呆気にとられた後、急いで否定した。ここにはユリアーネの父である辺境伯も三大公爵家の当主たちもいるのだ。妙な誤解を与える訳にはいかない。

 

「僕はそんな指示を出した覚えはない。誰からそんなことを聞いたんだ?」

「そんな言い訳は通用しませんよ。こっちにはちゃあんと証拠があるんだ」

「証拠だと?」

「手紙ですよ手紙。離宮に行くときに乗った馬車に置いてありましたよ。処分しろと書かれていたけど万が一の時の為にとっておいたんだ。なあ、カスパル」


 カスパルも青い顔をしながら頷いて懐から手紙を出した。

 それをテオドールに差しだそうとしてブルーノに止められる。


「勝手に破かれたりしちゃ敵わねえ」

「じゃあ俺が中身を検めよう」


 横から手を出したのはヴァルツァー辺境伯だ。


「あんたは?」

「ヴァルツァーだ。ユリアーネの父親だ」

「こりゃあいい」


 ブルーノはニヤリと笑って手紙を辺境伯に渡す。


「俺たちはテオドール殿下の指示でお嬢様を苛めただけで……その……殿下には逆らうことが出来ずに……」


 ごにょごにょというカスパルを差し置いてブルーノは笑った。


「さすがあのお嬢様の親だけあって強そうだ。あのお嬢様はとんでもねえな」

「ん?」


 手紙を開きながら辺境伯はブルーノを見る。


「俺たちはお嬢様を苛めるつもりだったんだ。だけどあの女、おっかなくてよ、全然上手くいかなかった。俺は不味い飯を作ったら腕をひねり上げられて作り直しをさせられた。俺たちが仕事をなまけたり態と手を抜こうとすると監視して全部やり直しさせられるんだ。足を引っかけたり上から物を落とそうとしても全部上手くいかねえしよ。だからお嬢様がいなくなった隙に三人で逃げ出したんだよ。いなけりゃ仕事をさせられることも監視させられることもねえからな。これも立派な苛めだろ」


 観念したのか開き直ったのかブルーノはよく喋る。それも王太子や高位貴族に対する言葉使いではない。しかしこの場の誰もが呆気に取られてブルーノを咎めるのを忘れていた。


「うん、確かにユリアーネを苛めるように書いてあるな」


 辺境伯の言葉に、弾かれたようにテオドールはその手紙を奪い取る。


「まさか! そんな! 僕はそんな指示など……僕じゃない」

「え? その手紙には確かにテオドール殿下の署名があります! 今更言い逃れなど見苦しいじゃないですか!」


 カスパルの抗議を無視してテオドールは手紙を皆の前に晒した。


「確かに僕の名前が書いてあるが、筆跡も違うし印も違う」

「ああ、確かに違いますね」


 賛同したのはハイツマン公爵。隣でファラー公爵も頷いている。


「とするとこれは殿下を騙った何者かの陰謀ですかな? ヴァルツァー辺境伯のご令嬢とテオドール殿下の仲を裂きたい誰かの」


 ハイツマン公爵の呟きにカスパルが悲鳴を上げた。


「そんな! 俺たちは殿下の指示だと思ったから! それに、それに」


 カスパルはいきなりイゾルテの元に駆け寄った。


「なあ、あんたも言っただろ。あの女を苛めてって。あの女が使用人を虐げていると噂を流してもいいわねって。殿下といつもべったり一緒に居るあんたがそう言ったから俺たちは安心だったんだ。あんな陸の孤島のような場所でも好き勝手出来る。金も自由にできる。遊んでいても首になったりしないって」

「な、な、何をいきなり仰いますの? 私には何のことだかわかりませんわ」


 イゾルテがしらばっくれようとした時に今まで黙っていたメイドのアルマまでが声を上げた。


「あたし、聞きました。ガルドゥーン公爵のお嬢様はもうすぐテオドール殿下の婚約者になるって。だからガルドゥーン公爵のお嬢様には逆らっちゃいけないって。先輩のメイドさんたちはガルドゥーン公爵のお嬢様の指示でヴァルツァー様のお嬢様の私物を持ち出して売ったって。でもそれはガルドゥーン公爵のお嬢様とテオドール殿下の為だから仕方のないことだって。お二人は本当は愛し合っているのに前の王様の結んだ婚約だからヴァルツァー様のお嬢様が居座っているんだって。西の離宮に誰が行くかって時にみんなが嫌がったからあたしに役目が回って来たんです。あたしが一番下っ端だから。でも真実愛し合っているお二人の為だから名前だけの婚約者を追い出すために頑張れって。上手くいけばきっと上級メイドにしてもらえるからって先輩に励まされたんです」

「ち、違います……私は……」


 テオドールは狼狽するイゾルテに近寄った。冷たい瞳でイゾルテを見据える。


「イゾルテ嬢、いや、ガルドゥーン公爵令嬢、僕はいつ君と愛し合った?」

「嫌、テオ様、そんな冷たい目で見ないでください」

「ああ、勘違いさせた僕が悪かったな。その呼び方を許していたのも。君が僕を好きなのは仕方がないことだ。僕は至高の存在だから。だけど僕は一度も君に愛を囁いたことは無いしユリアーネとの婚約を破棄すると言ったことはない。僕のふりをして手紙を置いたりいじめを唆したり、ましてやユリアーネの私物を盗むなどとても許せるものではない」


 テオドールの言葉はイゾルテを突き刺した。昨日まで、いやほんの数時間前までテオドールはイゾルテに甘い瞳を向けていたのだ。ユリアーネに対してテオドールはいつも苛立っていた。でもイゾルテに対しては違う。テオドールは祖父の前国王を尊敬していたからユリアーネとの婚約を解消できないだけだ。それならユリアーネの方からもうここにはいたくないと言わせるか、ユリアーネに罪を着せて婚約破棄に持っていくしかないではないか。


「だって! テオ様はいつも甘いお言葉を掛けてくださるけど、肝心のことは言ってくださらない。ヴァルツァー様のことを嫌っているのに婚約を続けていらっしゃる。だからヴァルツァー様からもう嫌だって言ってもらおうと思ったのですわ! 婚約がなくなれば私とテオ様は心置きなく愛し合うことが出来ますわ!」


 イゾルテの必死の叫びもテオドールの心を動かしたようには見えなかった。冷たい瞳のままテオドールは続けた。


「それで? 君はユリアーネをどうした?」

「え……?」

「こいつらに命じて攫ったのか? どこかに監禁しているのか?」


 テオドールの手に火がともった。呪文を唱えたのだ。

 五年前にお茶会で披露した拙い魔術ではなく、素早い詠唱だった。

 手の上に両手を広げたより大きな炎を灯してテオドールはイゾルテに迫った。イゾルテはじりじりと後ずさる。


「殿下、早まってはなりません」


 止めたのはヴァルツァー辺境伯だ。


「ガルドゥーン公爵のご令嬢がユリアーネをどうこうしたとの証拠があるわけではありません」

「しかし、こいつら以外にユリアーネに危害を加える者などいないだろう」

「俺の……俺の最愛の娘を害したとなれば俺は容赦はしない。地獄の果てまで追いかけて魔獣の餌にしてくれよう。しかし、俺はまだ希望を失っていないのです。ユリアーネはきっとどこかで無事に生きているに違いないと」

「あ、ああ。僕もそう信じている。だから一刻も早くこいつらに吐かせてユリアーネを保護しなければ」


 テオドールは一旦言葉を切ると三人の使用人に向き直った。


「お前たち、ユリアーネをどうしたんだ! 攫ってどこかに閉じ込めたのか!? まさか……」


 手にかけたのかとは口に出せずにテオドールは三人を睨んだ。いや、ユリアーネは生きている筈だと自分に言い聞かせながら。

 しかし、三人の反応はきょとんとしたものだった。


「あの、俺たちはヴァルツァー様を放置しただけです。苛めようと色々したけど上手くいかなかったので」


 カスパルが口を開くとブルーノもそれに賛同した。


「ああ。まあちょこっとお嬢様に渡る金をちょろまかしたけどよ。特別手当ってもんだ。俺たちがしたのはその金で遊んでいたぐらいだよ。なんだ? お嬢様がいない? あの女ならメイドと二人でもしれっと暮らしていそうだけどな。流石に耐えかねて逃げ出したんじゃねえか? ははっ、それなら俺たちは任務完了って訳だ」


「黙れ! 僕はユリアーネを害するような手紙は書いていない。本当にお前たちがユリアーネを攫ったわけじゃないんだな」


 三人はコクコクと頷く。ブルーノは「俺らが敵う相手じゃねえ」と呟いた。


「殿下、堂々巡りです。この者たちは本当に知らないのでしょう」


 ハンネスの言葉にテオドールは渋々頷いた。


「しかしお前たちは色々罪状がある。牢に入れて取り調べをしろ」


 今度こそ三人は衛兵に引っ立てられて連れていかれた。

 そしてテオドールは再びイゾルテに向き直った。


「ガルドゥーン公爵令嬢、あの三人でなければ誰に依頼した?」

「誤解ですわ! 私は誓ってヴァルツァー様に危害を加えてはおりません」

「ふうん、ではユリアーネ付きだったメイドたちにももう一度尋問を行う。今度は正式にな。僕を装った手紙は自分で書いたのか?」

「違います! 手紙など知りません! メイドたちには少しお願いをしてしまいましたけど、ヴァルツァー様がいなくなるなんて私も訳が分からないのです!」

「信じられないな。君は拘束させてもらう。今までの事を詳しく話してもらおう」

「そんな! 私は……私は殿下の為に……お父様だって―—」

「イゾルテ!!」


 慌てて割って入ったのはガルドゥーン公爵だ。


「テオドール殿下、娘が少々行き過ぎた行動をしてしまったようで申し訳ありません。それも殿下をお慕いするが故。娘は我が公爵邸にて謹慎させます」

「しかしユリアーネの行方が……」

「そんな大それたことが出来る娘ではありません。ヴァルツァー辺境伯のご令嬢がいなくなった件についてもこちらで引き続き調査をさせていただきます」

「しかし……」

「殿下! この私、宰相である私の顔を立ててはくださりませんか」


 そう言われるとテオドールも押し通すわけにはいかなかった。

 ガルドゥーン公爵は今現在非常に力を持っている。父である国王はガルドゥーン公爵に頼りきりだ。母は度々贈り物をしてくれてパーティーなど楽しい催しを企画してくれるガルドゥーン公爵を大変気に入っている。気が付けばガルドゥーン公爵家ゆかりの者が王宮の役所の主要なポストに多数就任している。


「わかった、この件は一時公爵に預ける。ただし、まめに報告はしてくれ。それにイゾルテ嬢の関与が判明したら―—」

「もちろん厳正な処罰を行うとお約束しましょう」



「そろそろ私たちはお暇しましょうかな」


 テオドールが振り返るとハイツマン公爵とファラー公爵が座っていた椅子から立ち上がったところだった。

 忙しい公爵たちを長時間にわたって拘束してしまったとテオドール申し訳ない気持ちになったが、まて、出来過ぎではないか? とふと疑問がよぎった。

 ユリアーネの行方不明が発覚した場にこの二人の公爵は居合わせた。離宮に同行したのも会議室に残ると言ったのも彼ら自身の申し出による。彼らがいなかったらもう少し事は内々に済ませることが出来たかもしれない。でもこのことは近日中に貴族の間に広まるだろう。王家の失態として。


 いや、そんなことは今はどうでもいい。ユリアーネさえ無事に戻って来てくれれば。とテオドールは今抱いた疑念を振り落とした。

 ユリアーネが戻ってきたら謝ってもう少し優しくしてあげよう。僕に冷たい態度をとられてユリアーネは意地を張りながら内心では悲しかったに違いない。イゾルテなど傍に置かないでユリアーネを秘書にしてあげよう。ユリアーネも成人したのだからこれからは可能なはずだ。だから安心して僕の元に戻ってきてくれとテオドールは祈った。


「テオドール殿下」


 ヴァルツァー辺境伯の呼ぶ声に振り向くと険しい瞳がテオドールを見下ろしていた。


「俺は殿下の疑いを解いたわけじゃありません。ユリアーネはここで虐げられていた。一番味方になる筈の殿下は何をしていたのですか? そして今は行方がしれない。ユリアーネの事を思うと胸が張り裂けそうだ。必ず娘を無事に見つけてください」


 そう言うと辺境伯は踵を返し二人の部下と共に部屋を出ていった。


 


 

次話予告『三者三様の夜』です。

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