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【本編完結】一発殴ってもいいですか?  作者: 一理。
【本編】

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20/67

20、茫然とするテオドール


 本宮の会議室に場所を移しテオドールはユリアーネの捜索にあたっていた。

 この部屋にはテオドールの側近のほかにヴァルツァー辺境伯をはじめファラー公爵、ハイツマン公爵まで陣取っていて上がってくる報告に耳を傾けていた。


「雑木林の捜索は現在三方向から行っておりますが、ヴァルツァー辺境伯ご令嬢は発見されておりません」

「西門の衛兵はヴァルツァー辺境伯ご令嬢が門を通っていないと証言しております」


 離宮にはユリアーネはおろか使用人たちも居なかった。

 屋敷内を捜索した結果、厨房に残された食材などから一週間以上無人であると結論付けられた。

 

「どういうことだ?」


 テオドールはパニックに陥りそうな心を叱咤してハンネスに問いかける。


「ユリアーネの様子は毎日報告が来ていたのだろう? あれは嘘か?」

「いえ、私の元には報告が届いておりました。となれば離宮に遣わした執事が嘘の報告をしていたという事になりますが……」


 ハンネスは煮え切らない返事をする。

 テオドールたちの様子をヴァルツァー辺境伯は腕組みをしながらじっと見つめていた。


 バタンと扉を開けて入ってきたのは現在の宰相、ガルドゥーン公爵だ。


「テオドール殿下、これはどうしたことでしょう」


 テオドールに訊ねながらガルドゥーン公爵はじろっと娘を見た。


「私はヴァルツァー辺境伯ご令嬢が殿下の御不興を買い、離宮に幽閉になったと聞いておりました。さすれば殿下との婚約も考え直さなければと陛下に奏上いたしたところなのですが」

「ガルドゥーン公爵、僕はユリアーネとの婚約を取りやめるなど一度も言ったことはない。勝手に話を進められては困る。そもそもユリアーネを西の離宮に行かせたのは反省を促すためであって内輪の者しか知らない話だ。僕は大ごとにするつもりなど無かったし、夜会までには奥宮に戻すつもりでいた」


「失礼」


 割って入ったのはヴァルツァー辺境伯だ。


「婚約解消、結構ですな。今回の事にしても王家が信用できないのは明らかですからな。しかしその話について我がヴァルツァー家に一言もないのはどうしてでしょう」

「まて、辺境伯、僕はそんなつもりは―—」

「そうですか? 俺は前王陛下との約束で大事な娘を王家に預けた。だが、ここに来て判明したことがいくつもある。娘が奥宮ではなく寂れた西の離宮に追いやられていたこともあるが―—」

「だから! それは一時的な事だと言っただろう! ユリアーネが意地を張るからだ」

「では、どうしてユリアーネには侍女の一人もついていないのです。離宮に派遣された使用人はわずか三人。王子妃教育はずっと中断したままだとつい先ほど聞きました。そして、それについて俺の元にただの一度も報告が無かった」

「それは―—」


 言葉に詰まるテオドールに辺境伯は一通の手紙を差し出した。


「ヴァルツァー領を発つ直前にユリアーネから届けられた手紙です。ここには王宮で何不自由ない生活を送っていること、テオドール殿下との仲が良好であること、王太子妃教育に頑張って取り組んでいることが書かれている。そして忙しいだろうからデビュタントの夜会には来なくていいと。全て嘘っぱちだ」

「ヴァルツァー辺境伯、それは見栄と言うものではないかね」


 ガルドゥーン公爵の言葉にヴァルツァー辺境伯は「何故そんな必要が?」と低い声で返した。


「ご令嬢はメイドに命じて我が娘に嫌がらせを行っていたようですな。そして新しいメイドには我儘を言ったり冤罪を被せたりしたと。おおかたそのような所業を知られたくなくて嘘の手紙を書いたのでしょう」

「ああ、婚約者でもない男性と妙に距離の近いあなたの御息女に嫌がらせを? ふん、馬鹿馬鹿しい」


 辺境伯の嫌味にガルドゥーン公爵は真っ赤になった。それを意に介さず辺境伯は更に言葉を重ねる。


「はしたない娘と殿下がイチャイチャしようがくっつこうが我が娘ユリアーネが嫌がらせなどする訳がないだろう」


(嫌がらせなどせず、ユリアーネなら拳一発で終わりだ)という辺境伯の心情を理解していたのはこの部屋の隅に控えているフォルカーとラウレンツだけだった。


「ヴァルツァー辺境伯! 不敬だぞ!」


 ガルドゥーン公爵だけでなくテオドールまで真っ赤になって抗議したが、ヴァルツァー辺境伯は全く動じず、手紙をテオドールに突きつけた。


「俺はこの手紙はユリアーネの筆跡ではないと考えています、非常によく似せてありますが。今までユリアーネから届いた手紙を全て持ってきた。筆跡鑑定を要求します」

「誰がそんなことを……」

「さあ? ここで起こっていることを俺に知られたくない誰かでしょうな」


 呆然としながらテオドールは手紙の筆跡鑑定をするようエグモントに指示を出した。


「殿下、失礼いたします」

 

 おずおずと扉を守っている衛兵が声を掛け、西の通用門を守衛している衛兵が来たことを告げた。


「入れ」


 テオドールの声に恐る恐る入ってきた中年の衛兵は室内のそうそうたるメンバーに顔を青ざめながらテオドールの前に跪いた。


「赤の兵団、第二部隊第三班長のシュレールと申します」

「よい、立て。今は非常事態だ。それで持ってきただろうな」


 シュレールは一冊の台帳を差し出した。門の出入りを記録している台帳だ。

 兵団は騎士団の下部組織の様なもので主に平民で構成されている。騎士団は貴族と実力でのし上がった一部の平民。騎士団は職務内容によりいくつかに分けられており王族をはじめとする要人警護は白の騎士団、王宮警護は赤の騎士団、王都は緑の騎士団というように色で区別されている。兵団もそれに習い王宮の門衛などは赤の兵団の仕事だった。


「これによると離宮の使用人が西の通用門を出たのは半月も前だな。その後戻ってきたのを見た者は?」

「おりません。他の者にも確かめてまいりました」

「ユリアーネは門を通っていないのだな?」

「はい、誓って。誰も目撃した者はおりません。ただ……」

「ただ、何だ? 申してみよ」

「ヴァルツァー様のメイドのお嬢さんは門を出ております」

「何? それはいつだ?」

「十二日前です。そのマルゴットという署名がそうです」

「おかしいではないか! どうしてメイドが一人で門を出るのだ!? ユリアーネも一緒に外に出たのではないか!?」


 テオドールの剣幕に恐れをなしながらもシュレールはきっぱりと言った。


「いえ、我々がヴァルツァー様を見逃す筈はございません。あんなに綺麗な御方を……あ、いえ、その、ヴァルツァー様はとても綺麗な銀の御髪をしていらっしゃいますからとても目立つのです」


 使用人とユリアーネ付きのメイドは門を出た記録がある。でもユリアーネは出ていない。それは何を意味しているのだろう? テオドールは嫌な予感に襲われて寒くもないのに腕を擦った。一番考えたくない想像が脳をよぎるのを必死で追い払った。


「雑木林を捜索している者たちの報告はまだか!?」

「何度か報告は上がってきておりますが、ヴァルツァー様を発見したとの報告は上がっておりません」


 ハンネスの上げる冷静な声がやけに無常に聞こえたテオドールだった。


「殿下、騎士団の団舎と雑木林を隔てる中門の門衛がヴァルツァー様を見たとの報告が上がっています」

「何? それはいつの事だ?」


 報告をしたエグモントに飛びつくようにテオドールが詰め寄るとエグモントは少々後ずさり顔を引きつらせながらメモ書きを見た。


「えーと十五日前ですね。ヴァルツァー様とメイド一名となっております」

「それで、ユリアーネを見たという門衛は言葉を交わしているのか?」

「はい、あの」


 そこでエグモントはバツが悪そうに小さな声で言った。


「ヴァルツァー様はテオドール殿下に会いにいらしたそうです。それで……その……」

「なんだ、はっきり言え!」

「殿下の執務室に問い合わせたところ殿下はご不在で、面会の約束がない者は取り次げないからお帰り願えと……」

「何だと!?」


 テオドールは茫然とした。ユリアーネが半月も前に自分を訪ねて来ていた。それも中門から知らせが来るという事は雑木林を歩いてきたのだろう。起伏の激しい雑木林を女性の足で歩くとしたら二、三時間はかかるのではないか? そうまでして訪ねてきたユリアーネを追い返しただと!?


「僕が不在の間にユリアーネの面会を断ったのはどいつだ!?」


 恐ろしい剣幕でテオドールはイゾルテ、ハンネス、エグモントを見回した。

 三人は急いで首を横に振る。この会議室に入って以来隅で大人しくしていたイゾルテは涙目になっていた。


「そうですか、テオドール殿下や側近の方々が娘にどんな態度をとっていたのかよくわかりましたよ」


 不意に聞こえた声に振り返るとヴァルツァー辺境伯が薄い笑みを浮かべて立っている。


「先ほど向かった離宮からこの本宮まで馬車で小一時間かかりましたな。その距離を歩いてきた娘を無下に追い返したという訳ですか」

「僕は知らなかったんだ!」


 テオドールの言葉を辺境伯はせせら笑った。


「はは、だから? だから許されると? 驚きましたよ、信用して預けた王家がここまで娘を蔑ろにしていたとは。娘がそちらのお嬢さんを苛めていたと? メイドに冤罪を被せた? それについても再調査を要求しますね」


 テオドールは黙って頷いた。再調査など意味がないと言いたかったが言える雰囲気ではなかった。メイドに冤罪を被せた場面にはテオドールも居合わせた。ユリアーネはそんなことはしていないと言っていたがテオドールはユリアーネがテオドールの気を引きたいがための行動だったと思っている。二人のお茶会が無くなって以来、テオドールとユリアーネが会う機会は無かった。でもテオドールの傍には常にイゾルテがいる。テオドールを慕っているイゾルテが。だからユリアーネはテオドールの気を引きたくてわざと他の男に贈り物をしたのだと思っていた。可愛いやきもちだ。それなのにユリアーネが認めないからこちらも意地になってしまっただけなのだ。


(謝りに来たユリアーネを追い返した。そしてユリアーネが姿を消した。まさか、まさか、僕に決定的に嫌われたと思い込んでユリアーネは世を儚んで……)


 テオドールは急いで首を横に振った。

 そんなことはない。ユリアーネは生きている。あの、煌めく藍の瞳が、ポンポンと言葉が飛び出すサクランボのような唇が、月の光のような淡い銀の髪が……もう見られないなんてそんなことは認められないとテオドールは首を振り続けた。


 会議室には重苦しい空気が立ち込め皆の顔に疲労が見え始めていたが、未だユリアーネを発見したとの報告は上がっていなかった。





次話予告『怒るテオドール』です。

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