17、改名するユリアーネ
ドゴーーン!!
屋敷から大きな音が聞こえて騎士たちに緊張が走る。
「門の中に入るぞ!」
アル団長の号令で騎士たちは木立から走り出て素早く門の中に走り込む。
屋敷に近づいたときに二階の一室で合図の灯りが振られるのが見えた。
「突入!!」
号令と同時にアル団長自らドアを蹴破った。
「あ! お前らなん―—やべえ! 騎士だ!」
「やっつけろ!」
「いや、逃げろ!」
賊たちが混乱する中、アル団長は二人の騎士に「頼むぞ!」と階下を任せて階段を駆け上がる。
チラッと見たところ階下に居たのは三、四人ほど。やはりさっきの大きな音で他の賊たちは二階に上がったらしい。早く駆けつけないとあの少年と子供たちが危険だ。
階段で切り付けてきた刃を避けそいつの足を薙ぎ払う。二階に上がったところで向かってきた男の短剣を剣で弾き返し、腕を切りつける。体制を崩したところを柄頭で打って昏倒させた。
そのまま走って合図が振られた部屋の前に立つ。
アル団長は息を吸って一気にドアを開けた。
「少年! 無事か!?」
―—ヒュン
何かが飛んできてアル団長が開けたドアのすぐ脇の壁にぶち当たった。
「あ、ごめん……ぶつかるところだったね」
少年が拳を前に突き出したまま謝った。
少年の周りにはピクリとも動かない男たちが四人、そして今しがた壁にぶつかってズルズルと床に沈んでいく男が一人。
呆気にとられるアル団長に向かって少年が笑った。
「言ったろう。僕は強いんだ」
ユリアーネは上機嫌だった。こんなに暴れたのはいつぶりだろう。
(これこれ! これこそ私よ。『鬼ユリ』よ。あ、私は人を殴るのが好きって訳じゃないわよ。誓って違うわよ。子供たちを守るためだもの、しかたなくだわ)
誰に向けてかわからない言い訳をしてユリアーネは埃を落とすように手をパンパンと叩くと子供たちに駆け寄った。
「みんな、怪我は?」
子供たちは十人いた。ここに着いたときに男たちが話していたより三人多い。他の仲間が攫ってきたのだろう。見回したところ、先ほど殴られていた男の子二人のほかにも腕や頬を押さえている子が何人かいる。攫われた時に抵抗して殴られたらしい。
「もう大丈夫だから。騎士様が助けに来てくれたからね」
安心したのか幼い子供たちが泣きだした。
「兄ちゃん、ありがとう」
お腹を押さえて床に蹲っていた男の子がお礼を言う。
「君こそ小さい子を守ったんだろう? えらかったね、後でお医者様に診てもらうんだよ。おわっ!」
お腹に何かがしがみついてユリアーネはびっくりした。
見下ろすと、あのパンを買ってあげた女の子だ。ユリアーネにしがみついて頭をスリスリと擦り付けている。
「……パン、ごめんなさい……落としちゃった……」
「いいんだよ、また買ってあげるからね。お母さんの分も」
頭を撫でながらユリアーネがそう言うと女の子はやっと笑顔を見せた。
「一階は制圧しました」
騎士が部屋に入って来てユリアーネが振り返るとアル団長が室内の賊たちを縛り上げながら報告を聞いていた。
「さすがアル団長! これだけの賊を短時間で制圧するとは!!」
「俺は何にもしていないんだがな……」
アル団長は呟いて頬をポリポリと掻いた。
その後近くの町に衛兵を呼びに行き、騎士たちはてきぱきと犯人たちを護送する手はずを整えた。子供たちも医者に診せ、食事や寝床が与えられた。そうして一晩過ごし、ユリアーネは騎士たちの馬に同乗させてもらって王都に帰ることになった。
翌朝、出立の準備で慌ただしい中、アル団長はユリアーネの所にやって来た。
「少年、まだ名前を聞いていなかったな」
「ええっと、ゴリ……アス」
「ゴリアス? 変わった名前だな」
(失敗したーー!!)
ユリアーネは心の中で絶叫した。本当はユリウスとかユーリスとか名乗ろうと思っていたのだ。それなのに、それなのに……昨晩ナルシストの婚約者? 元婚約者? を思い出したのが悪い。アル団長の赤い髪もあの忌々しい男を思い出させる。そしてその連想でゴリラを思い浮かべてしまったのだ。
ユリアーネはテオドールを逆恨みしながらごにょごにょという。
「その……ゴリラが好きで……」
「ゴリラ?」
「南方の国に生息する強くて優しくて可愛い動物なんだ」
「そうか、じゃあ昨日の活躍はご両親に大いに自慢してやれ。つけてもらった名に恥じぬ活躍をしたとな。親御さんは昨日ゴリアスが帰ってこなくて心配しているだろう。俺が直々に送って行ってやるからな」
「う……」
ユリアーネは困った。別に両親はゴリラ好きでも何でもない。いや問題はそこじゃなくて……
「……その……住んでいたところを出てきたばかりなので……家はないというか……」
しどろもどろのユリアーネを見てアル団長は何かを察したようだ、
「そうか……」
ユリアーネの肩に手を置き、もう片方の手で目頭を押さえるとアル団長は言った。
「両親を亡くして苦労したんだな。ゴリアス、良かったら俺のとこに来ないか?」
まあ、そんな訳でユリアーネは部下の騎士ではなくアル団長の馬に同乗させてもらって王都に帰って来た。一旦返事は保留にしてもらい攫われた子供たちが親元に帰るのを見届けることにした。スラム以外でも下町の子供たちが攫われていたようで、手分けして親元に送って行く。攫われた時の状況や賊たちの会話を何か聞いていないかなどの事情聴取もしなければならない。
ユリアーネはスラムの子供たちについて行くことにした。「アル団長は結構ですよ。団舎にお戻りください」と騎士に言われたのになぜかアル団長もついてくる。
朽ちかけた粗末な家に入ると女の子はトタトタと走ってベッドから半身を起こした女性に抱きついた。
ベッドと言っても粗末な板の上に薄い布団を敷いてあるだけだ。
「かあちゃん!!」
「メーナ!!」
女の人はメーナをぎゅうと抱きしめるとユリアーネたちに向かって頭を下げた。
彼女は大火事で夫を亡くし、それからここでメーナと二人、かつかつの生活をしていたようだ。少し前までは繕い物などをしていたが身体を壊してしまい、寝ていることが多くなった。
「この子がどこからかパンや野菜の切れ端などを持って来てくれますので……」
弱々しく話す母親と要領を得ないメーナの話を根気よく聞くと、空き地の向こうにある屋台の店主たちが偶に売れ残りをくれるらしい。
(屋台のおじさんはスラムのガキなんかに関わらない方がいいって言っていたのに)そう客には言いながらも自分はメーナの事を見捨てられなかったんだとユリアーネはちょっとほっこりする気持ちだった。
メーナの母親とメーナ本人から攫われた時の状況や以前に怪しい者を見かけたかなど話を終え(スラムは怪しい者だらけで参考にならなかったが)次の子供を送って行く。メーナより少し大きいその男の子は暗い目をしてメーナと母親をじっと見つめていた。
メーナの家から路地を一つ隔てたやはりボロボロの家をその男の子、カイは自分の家だと言った、
ノックしたら穴が開きそうな煤けたドアを開けて騎士が「誰かいるか?」と声を掛ける。
「あ゛あ゛?」
だみ声がして酒瓶を持った男がよろよろと歩いてきた。
「この子はお前の子か?」
騎士の問いかけに男はチッと舌打ちをした。
「さあねえ、俺は知らねえ」
「父ちゃん……」
カイは泣きそうな顔をしながらも歯を食いしばった。
「父ちゃん、オレもっと働くから。ゴミ拾いでもかっぱらいでも何でもやるから……」
「お前! 騎士様の前で人聞きの悪い事言うんじゃねえよ!」
伸びてくる手から庇うようにユリアーネはカイを抱きしめた、その時に小声で男が呟くのをユリアーネは聞き逃さなかった。
「チッ……半金が手に入らねえじゃねえか……」
「アル団長、行こう」
ユリアーネはカイを抱きしめたまま外に出る。
そうしてアル団長に耳打ちした。男は自分の子供を金で売ったらしいと。賊の一味と繋がりがあるかもしれないと。
アル団長は頷いて騎士に指示を出す。男からは話を聞く必要がある。でもそれはカイの目に触れない方がいいだろう。
「カイはどうなるの?」
「孤児院に行くことになるだろう」
そこは今より環境がいいのだろうか? とユリアーネが心配そうにアル団長を見上げるとアル団長がポンポンとカイの頭を叩きながら「俺が責任もっていいところを探してやる」と言った。
「一旦、騎士団の団舎に帰るか」
「あ、僕、行きたいところがあるんだけど」
ユリアーネが空き地の向こうのパンの屋台に寄りたいと言うとアル団長は頷いた。
「そうか、あの子にパンを買ってやるんだったな」
賊を縛りながらアル団長はユリアーネとメーナの会話を聞いていたのだ。
屋台が近づくとその陰から誰かが走り出すのが見えた。
その女性は叫び声をあげ、懸命にこちらに向かって走ってくる。走りに合わせて大きなお胸がポヨンポヨンと揺れる。
「ああああーーおおおじょお――――」
ユリアーネもそのお胸、じゃなかった人物に向かって走り寄り、抱きつきながらその口を急いで塞いだ。
「マルゴット姉さん! 僕だよ! ゴリアスだよ! 心配かけてごめんね!」
目で(わかった?)と問いかけるとマルゴットはブンブンと頷く。ユリアーネはやっと口から手を離した。
「心配かけてごめんね」と小声で言うと「ゴリアスなんて変な名前にどうしてしたんです?」と文句が返って来た。
ユリアーネは両手を天に向けて肩をすくめた。
次話予告『ぶっ倒れたユリアーネ』です。




