16、忍び込んだユリアーネ
魔力を最大限流してユリアーネは馬車を追いかけた。ごみが散乱する狭い路地では馬車もそれほどスピードを出していなかったので、程なくユリアーネは馬車に追い付く。
「はっ!」
短い掛け声と共にユリアーネの肩くらいの高さの塀に飛び上がるとそれを足掛かりに馬車の屋根に飛び乗った。
衝撃がなるべく下に響かないように注意したつもりだが、そんな心配は無用だったようだ。ガタガタ道に粗末な馬車は引っ切り無しに揺れ、車輪が石を踏んでは跳ね上がる。ユリアーネは振り落とされないように姿勢を低くして馬車の屋根に張り付いていた。
二時間ほど走って馬車が停まる。
馬車はとっくに王都を出て小麦畑を走り抜け、野原を越え、大きな森の傍の朽ちかけた門を入り荒れ果てた前庭に停まっていた。もう辺りは薄暗い。目の前に一軒の家が建っている。
古びてはいるがそこそこ大きな家だ。元は貴族の別邸だったのかもしれない。
御者台から男が下り幌の中に声を掛けると三人の男が下りてくる。二人は子供を小脇に抱えている。内一人はさっきの女の子だ。ということはこの男たちはさっきの女の子以外の子供も攫ったらしい。
(この場でやっつけた方がいいかしら)一瞬考えたユリアーネだが、すぐその考えを捨てた。男たちの話が聞こえたからだ。
「今日は二人だ、上々じゃねえか」
「おう、それもこっちのガキはなかなか可愛いツラをしてる。高く売れるんじゃねえか?」
「これで何人だ?」
「ひいふう……っと七人だ。スラムなんて身寄りのねえガキがうろうろしてるからな」
「だけどよ、あのお方はこんなガキを集めてどうするんだ?」
「外国に売るんだとよ。この国は奴隷はいねえけど奴隷を欲しがる国もあるんだと。ほら、あのソ――、おおっと、これは俺たちが知らなくてもいい話だ。お前らも知らねえ振りをしておけよ」
「わかってらあ、そんでこれからどうするんだ?」
「ある程度集まったからな、明日ガキどもを全員別の場所に移す。奴隷の焼き印を押して引き渡して金を受け取って俺たちの仕事は終わりだ」
辺りを憚ることなく男たちは話をしながら家の中に入っていく。抱えられた子供たちは気絶しているのかピクリとも動かなかった。
男たちが家に入るとユリアーネは慎重に辺りを見回してからスタッと地面に下りた。
(さて、どうしよう……)一旦門を出て背後の木立の中に隠れてユリアーネは思案する。
ここがどこかわからないが、王都からかなり離れていることは確かだ。人里がどちらの方向にあるのかもわからない以上衛兵などの応援を呼んでくる案は捨てた方が良さそうだ。次は明日また馬車の屋根に飛び乗って男たちが行く場所を突き止める案だが、その場所までついて行けば敵の人数が増えるだけだ。親玉がいるなら捕えたいが少々荷が勝ち過ぎる。今は家の中に何人いるかわからないが居ても数人だと思われる。それプラスさっき入っていった四人。七人の子供たちを守りながら奴らをやっつけることが出来るか?
(今の人数ならやってやれないことはないわ。うん、何とかなるでしょ。もたもたしていたらあの子たちが痛い目に合うかもしれないし……)
決心してユリアーネは両の拳をパンと打ちつけた。
「何をしている」
ユリアーネは口から心臓が飛び出そうになった。
心臓が飛び出ないように口を押えながら横に飛んで同時に足を飛ばす。
しかしその足は後ろから声を掛けた男に難なく受け止められた。
「ほう、少年、いい蹴りだな」
(え? 何? 気配を感じなかったわ。誰なの?)
振り返ってその男の姿を見てユリアーネは肩の力を抜いた。なぜならその男は騎士団の服を着ていたからだ。白地に金のモールの騎士団服は王宮で見かけた近衛の服と少し違う。
「アル団長」
数名の騎士が声を殺して近寄ってくる。こちらの騎士たちは深緑の騎士団服だ。
「む? お前は誰だ?」
「どうしてここに居る?」
声を潜めながらも鋭く追及してくる騎士たちを宥めてアル団長と呼ばれた男がユリアーネに向き直る。
「それで、どうしてお前はここに居たんだ? 少年」
ユリアーネは王都で少女が誘拐されるところを目撃したこと、咄嗟に馬車の屋根に飛び乗ってここまで来たことを説明した。
「ふうむ……七人の子供か……明日別の場所に移すとな……それにしても勇敢だな、少年」
大柄のアル団長はユリアーネに向かってニカッと笑った。三十歳は越えているであろうユリアーネから見ると十分おっさんなアル団長は整った顔立ちをしていた。真っ赤な髪と真っ赤な顎髭、深い緑の瞳は今は興味深そうな色を湛えてユリアーネを見下ろしている。
「別に……勇敢って訳じゃない。咄嗟に身体が動いちゃったんだ」
「はは、そうか」
アル団長はユリアーネの頭をクシャッと撫でると騎士たちに向かって言った。
「この家に踏み込んで子供たちを救出する」
「「「はっ!」」」
「その際、一人はわざと逃がす。少年、リーダーらしき奴の風体は分かるか?」
ユリアーネが特徴を告げるとアル団長は怪しまれないように自然に隙を作ってその男を逃がすように騎士たちに指示を出す。そして三名の騎士にこの場所に待機するように命じた。
「お前たちは逃げた男を追跡して他のアジトを突き止めろ」
「「「はっ!」」」
残りはアル団長を含めて三人。
「後は子供たちがどの部屋に居るかわかりゃあいいんだがな」
アル団長の呟きにユリアーネが反応した。
「それ、僕が出来ます」
「ん?」
「僕なら身が軽いし、耳もいいんです。僕が忍び込んで子供たちのいる部屋を見つけたら合図をします」
「……ダメだな」
即座に却下されてユリアーネは鼻白んだ。
「少年、これは遊びじゃないんだ。あいつらに見つかったら殺されるかもしれないんだぞ」
もちろん遊びじゃないし、たった数名の賊に負けるつもりもない。五年前には魔獣と戦っていたのだ。
「でももし見つかっても僕ならおっさんたちよりは怪しまれないよ」
「おっさん……」
アル団長はじめ騎士たちはショックを受けている。中の一人は「俺はまだ二十だ……」と呟いていた。
「大丈夫、僕は強いし逃げ足も速いんだ」
逃げるつもりなど微塵も無く、全員ぶっ飛ばすつもりを隠してユリアーネがもう一度言うとアル団長は渋々了承した。
「いいか、危ないと思ったらすぐ引き返せ。見つかったら下手に抵抗せず大人しく捕まる振りをしろ。くれぐれも無茶はするなよ」
「わかったよ」
短く返事してユリアーネは門の内側に身体を滑り込ませた。
素早く移動して建物の外壁にピタリと張り付くと魔力を流して耳を澄ませる。
現在灯りがついているのは屋敷の入り口付近と奥の方、ここからは見えないが裏側にも灯りがついている部屋はあるかもしれない。二階はぼんやり灯りが見える部屋が二部屋、そして一階にも二階にも移動する灯りがちらほら見える。
(物音は……入り口付近は見張りかしら。奥の方は厨房と食堂ね。数人が酒盛りしているみたい……)
二階の一室から子供のすすり泣きが聞こえた。
(見つけた! あの部屋だわ)
念のために他の部屋の物音も探ってみたがいびきが聞こえただけだった。
ユリアーネは外壁の窓枠に足を掛けた。もちろん人の居ない部屋を選んでいる。そこからジャンプし、二階の外壁の出っ張りを足掛かりに難なく壁に張り付くと二階の窓に手を掛けた。
(やっぱり閉まっているわね。どうしようかしら? 窓ガラスを割る?)
いや、ガラスを割ると音が響くだろうとユリアーネは木製の窓枠に手を掛けた。
ミシッ……少し音はしたものの窓枠ごとガコッと外して隙間を作るとユリアーネは身体を屋敷の中に滑り込ませた。
目指す部屋まで素早く移動する。
(ドアの前は一人ね)
「こんばんわ」
「は? お前誰―—あぎゃ!」
飛び蹴り一発。気絶した男を素早く抱えてそっと床に下ろす。
「おい! フーゴ何の音だ?」
部屋の中から声がする。
(マズいわ、部屋の中にもう一人いたのね)
子供たちを盾に取られると厄介だ。急いで部屋の中に入ると男がポカンとした表情でユリアーネを見た。
「小僧、どこから入った」
その言葉をユリアーネは聞いていなかった。男の目の前に床に這いつくばる二人の少年。一人は頬を腫らし、一人はお腹を押さえて苦しんでいる。二人は部屋の隅にかたまって震えている他の子供より年嵩に見えるがそれでもまだ十歳ぐらいだろう。
怒りに我を忘れたユリアーネの渾身の右ストレート!!
男は壁まで吹っ飛んで背中を打ち付け動かなくなった。
ドゴーーン!! とでかい音が屋敷に響き渡る。
(あ、やばっ!)
腰から外した小型ランタンに急いで火をつけ窓から振る。合図に、と渡されていた物だ。焦っていたので火をつけるのに少し時間がかかってしまった。
(こんな時火の魔術が使えれば便利なのに)と薄情な婚約者? 元婚約者? を思い出しちょっとむかっ腹が立つ。
大きな音がしたので階下からバタバタと階段を駆け上がる数人の足音が聞こえる。
ユリアーネは子供たちに「なるべく隅にかたまって動かないでいてね」と声を掛けるとにんまりと微笑み、ドアの前に仁王立ちになった。
次話予告『改名するユリアーネ』です。




