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【本編完結】一発殴ってもいいですか?  作者: 一理。
【本編】

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14、決意したユリアーネ


 怒りをこらえながら一か月、ユリアーネは十七歳になった。

 相変わらずメイドもコックも叱って監視をしていないとまともな仕事をしないし、執事は何度本宮への馬車を手配しろと言ってものらりくらりと言い逃れるばかりだ。


「とうとう二人きりのお誕生日になってしまいましたね」


 淋しそうにマルゴットが紅茶を差し出しながら言う。


「街まで行ってケーキを買ってきましょうか?」

「ううん、いいわ。西の通用門から街までは遠いでしょう」


 東の大門から続く大通りは王都一番の繁華街だ。王宮の近くは貴族御用達の店、その先に平民が利用する最も活気のある街並みが広がる。その反対側の西の通用門の辺りは職人や人足が暮らす下町だ。王宮の近くは町工場や工房など、その外側に職人たちの住居エリアがあるらしい。


「それより私もとうとう成人したわ」


 シュヴァルツ王国の貴族の成人は十七歳だ。正式には十七歳になった令嬢令息が夜会で国王陛下にご挨拶をすることにより成人と認められる。地方貴族の場合はその土地の領主が国王陛下の代わりを務める。

 ユリアーネは今日で成人したのだから夜会に出席して国王陛下にご挨拶することになる。


「一番近いのは一か月後の春の大夜会だと思うわ」

「そうなるとそろそろドレスが贈られてきてもいい頃ですね」


 喧嘩したままのテオドールにエスコートされての初めての夜会は気が進まないが、今だ婚約解消の話がない以上テオドールと出席することになるだろう。

 それよりこれはチャンスだ、夜会の準備等で本宮から知らせが来るだろう。その時に離宮の使用人を入れ替えてもらおう。




 しかし、予想に反して一週間たっても本宮から使いは来なかった。


「お嬢様……もしかしてもしかするとテオドール殿下はお嬢様をこのまま放置するおつもりなのでは?」


 震える声でマルゴットが言う。

 ユリアーネは「まさか、そんなことは無いでしょう」と言いたいがそう言葉にすることは出来なかった。いくらユリアーネの事が気に入らなくてもデビュタントは大事だ。それをテオドールが蔑ろにするというのだろうか? 最後に会ったあの時に婚約破棄はしないと言っていたのに。


「やっぱりテオドール殿下に会いに行きましょう」


 決意してユリアーネはすっくと立った。離宮に押し込めて怠惰で粗悪な使用人をあてがい、大事なデビュタントも無視して放置するなら一言言ってやらなくては気が済まない。いや、一言で終わるかどうかはわからないが、拳だけは出さないと誓う。(だって私は淑女ですから)


「でもお嬢様、馬車はどうなさるのですか? それにお嬢様は西の通用門を通れません」


 チッチッとユリアーネは人差し指を立てた。


「門は通らないわ、雑木林を抜けていくのよ。考えてみたらここは王宮の中じゃないの」

「え……」


 マルゴットは言葉を失った。雑木林を突っ切って行くということは徒歩である。王宮内の雑木林ではあるが、その広さはかなりあり、騎士団の森林訓練と雑木林の管理者が見回るときに使われる小道ぐらいしか通れるところはない。その先には広い馬場、そこを抜けてようやく騎士団の演習場にたどり着くのだ。


「マルゴット、出来るだけ動きやすいドレスを出してちょうだい」


 爛々と目を輝かせながらユリアーネが言った。


 離宮を出て、雑木林に向かって歩く。林に足を踏み入れたあたりでユリアーネはドレスを膝上までたくし上げて縛った。レディにあるまじき格好だが、見ているのは雑木林に住む小動物くらいであろう。

 この時間に見回りがいないのは把握済みである。雑木林を管理しているのはハンスを親方とする造園業者で西の通用門から出入りをしているのでマルゴットが仲良くなっていた。


「さあ、マルゴット、背中におぶさって」


 ユリアーネが背中を向けると「失礼します」とマルゴットはユリアーネの背中に縋りついた。

 身長はマルゴットの方が若干高め、横幅はマルゴットの方がかなり大きめであるがユリアーネは苦も無くひょいと抱える。


「しっかり掴まっていてね」


 ユリアーネは口の中で呪文を唱えると凄い勢いで走り出した。周りの景色がビュンビュン飛んで行き、マルゴットは思わず目を瞑って小さいユリアーネの背中にしがみついた。


「ついたわよ」


 どのくらい経ったのかマルゴットが目を開けると木々の先に王宮のフェンスが見えた。


「フェンスがあるのを忘れていたわ」


 王宮の中はいくつかのエリアに分かれそれぞれの身分で入れる場所が決まっている。そして雑木林や馬場と騎士団の団舎がある本宮近辺は高さ二メートルくらいのフェンスで仕切られ、その中門には当然ながら衛兵がいた。

 ユリアーネはスカートを下ろし、身だしなみを整える。身分的には奥宮まで入れるユリアーネである、この門を通ることは当然出来るはずである。


 マルゴットを従え優雅な足さばきで中門に近づくと衛兵が驚きの声を上げた。


「誰だ!? え? ご令嬢? ご令嬢がどうしてこんなところに?」

「ユリアーネ・フェア・ヴァルツァーと申しますわ。本日は婚約者のテオドール殿下に会いに西の離宮から参りましたの」

「え? は? ヴァルツァー様?」


 衛兵はユリアーネとその背後に広がる雑木林を何度も交互に見ている。


「たっ只今確認してまいります!」


 一人の衛兵が本宮の方に駆け出していく。本物のユリアーネだと信じてもらえたようでホッと胸を撫でおろす。ユリアーネの見事な銀髪はそれはそれは目立つので衛兵も知っていたようだ。

 しかしながら十数分後、しょんぼりして衛兵が帰ってくると申し訳なさそうにユリアーネに告げた。


「その……王太子殿下はご不在でした。側近の方のお話によるとヴァルツァー様の面会希望は出されていないので、執事さんを通して面会の約束をお取りになってから再度いらしていただきたいそうです」


 その執事が働かないから苦労しているというのに……とユリアーネは唇を噛んだ。でもここでごねても衛兵たちを困らせるだけだ。


「わかりましたわ、どうもありがとうございました」


 丁寧にお礼を言ってユリアーネはその場を離れた。


「お嬢様、どうしましょう」

「しばらくこのフェンスに沿って歩きましょう、どこか入れるところがあるかもしれないわ」


 いざとなったらマルゴットに待っていてもらって一人でフェンスを乗り越えるという手もある。ユリアーネにとってこのくらいの高さのフェンスなど障害にもならない。


 てくてくとマルゴットと二人で歩いていた時にユリアーネの耳は人の話し声を捉えた。


「あちらに人がいるようだわ」


 声のする方に足を向けるとふいにはっきりと話し声が聞こえた。どうやらフェンスの向こうに人がいるようだ。


「テオ様、こちらは外国から取り寄せた薬草茶ですの。気分がすっきりして安らげるそうですわ」

「ああ、これは爽やかで飲みやすいな」

「少しでも連日お忙しいテオ様のお役に立ちたくて取り寄せましたの」


 話し声に驚いてユリアーネはフェンスの隙間からのぞき込んだ。フェンスは目隠しのように装飾した板が貼られているが、ところどころ金属製の飾り格子があり、その隙間からなら向こう側が覗けるのだ。

 覗いた先は庭園であり、思ったより近くに東屋があった。その東屋で一組の男女が椅子に座っている。テオドールはユリアーネに背を向ける位置、そしてイゾルテの横顔が見えた。

 フェンスと東屋の間には数本の木が立っているが、木の隙間から二人の様子は良く見えた。


「あっ! テオドール殿下ですよお嬢様、ここから呼んでみましょうか」


(私がこんなに苦労しているのに自分はボンキュッボンとお茶会かい!)とちょっとむかついたが、マルゴットの言葉に「そうね」と頷いてユリアーネは声を上げようとした。


「テオ様、ヴァルツァー様の事はどうされるおつもりですか?」


 イゾルテの言葉が聞こえてユリアーネは上げようとしていた声を飲み込んだ。テオドールの本音を聞いてみたくなったのだ。盗み聞きみたいで少々気が引けたが。


「どうと言ってもな……」テオドールはため息をつく。

「離宮に行っても使用人たちにわがまま放題だそうじゃないか。僕にも謝りに来ないし……」


 イゾルテは席を立ってテオドールに歩み寄る。


「お可哀そうなテオ様、私が婚約者ならテオ様に寄り添って今以上にお力になれますのに」


 イゾルテはそっとテオドールの肩に触れる。


「ああそうだな、イゾルテ嬢だったらこんな苦労はしなかっただろうな……」

「テオ様……」


 イゾルテの手が肩から滑ってテオドールの頬に触れる。テオドールがその手を押さえて……


「アホくさ!! マルゴット、帰るわよ!」


 ユリアーネは踵を返すとズンズンと雑木林に向かって歩き始めた。

 テオドールが口の中で呟いた言葉も、イゾルテがユリアーネの居た方に向かってほくそ笑んだのもユリアーネは知らない。






 そうしてユリアーネとマルゴットが離宮に戻ってきたのは辺りが薄暗くなったころ。

 近くまではもっと早くに戻ってきたのだが、溜まりまくったストレス発散の為にユリアーネが雑木林で大暴れしたからだった。木に登って隣の木に飛び移ったり連続バク転をしながら斜面を下りたり幹にぶら下がって懸垂をしたり、ひとしきり身体を動かしてすっきりした気分で離宮に戻ってきたのである。

 マルゴットはその間地面に体育座りして「ああ、ドレスがビリビリに!」とか「お嬢様の御髪が凄いことに!」と嘆いていた。


「あら? 灯りが点いていないわ」


 離宮は薄闇に包まれている。ほぼ仕事放棄をしている三人だがカードゲームに興じるにしてもその部屋の灯りはつけるはずである。それにこの時間は夕食の支度をしている筈だ。ユリアーネに粗末な食事を出すにしても自分たちの夕食の支度はするはずである。

 それなのに離宮の窓は全て暗いままだった。



 一時間後、灯りを点けた食事室のテーブルでユリアーネとマルゴットはぐったりと座っていた。

 使用人たちはどこにもいなかった。西の通用門の衛兵に聞くと三時間ほど前に三人で通用門から外に出ていったそうである。


「ヴァルツァー様の御用で出かけると言っていましたが」

 

 と衛兵は不安そうな顔をした。この門は雑木林の管理をしている職人たちや土木工事の人足、それ以外は離宮の者たちくらいしか使用しない。だから使用人は名前さえ書けば出入り自由だ。


「帰ってくると思いますか?」


 マルゴットの問いにユリアーネはわからないというように首を振った。三人が単に街に遊びに行ったのなら戻ってくるだろう。でもこの門から繁華街までは遠い。ユリアーネは戻ってこないような気がした。


「あんな人たちはいない方がせいせいするわ。マルゴットと二人の方が気が楽よ。さあ、夕食を作りましょう!」


 勢いよく立ち上がる。食材は厨房に丸ごと残されていた。






「どうして……?」


 呆然とユリアーネは食堂の椅子に座る。

 あれからマルゴットと二人奮闘したのだ。でもユリアーネは元よりマルゴットも料理の経験はなかった。マルゴットは平民ではあるが、辺境伯家の上級メイドになるだけあって裕福な家の出だ。実家ではマルゴットがメイドを使う側だし、読み書きから一般教養、礼儀作法などを学んできたのでヴァルツァー家の上級メイドになれたのだ。


「どうしてこのスープは味がしないのかしら……」


 苦労して二人で作ったスープはコックが嫌がらせで作ったスープより不味かった。

 卵を上手く割れず、握りつぶして五つも無駄にした。肉を焼こうとしたら生焼けでもう一度焼いたら炭になった。


 結局ぶった切ったサラダとパンで夕食を済ませ、二人は早々にベッドに横になった。



 そうして三日、ついにユリアーネは決意した。

 王宮を出ていくと―—




ようやく第一話の場面にたどり着きました。

次話予告『王都に出たユリアーネ』です。

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