13、隔離されたユリアーネ
「テオドール殿下、お騒がせして申し訳ありません。彼女たちが私の私物を勝手に持ち出したので衛兵を呼んだところですの。最近、物がよく無くなって困っていたのです」
普段ユリアーネの部屋の近くなど滅多に来ないくせに何で今はこんなところにいるのだろうと思いながらユリアーネは説明する。
「何だと?」
テオドールは鋭い目をメイドたちに向けた。すると二人のメイドはいきなりテオドールの足元に縋りついた。
「「テオドール殿下! お助け下さいませ!」」
「な……」
「全てユリアーネ様の指示でしたことです!」
これにはユリアーネがびっくりした。彼女たちは何を言い出したのだろう。
「ユリアーネ様はハイツマン公爵令息や他の殿方に贈り物をするためにテオドール殿下からいただいたドレスや宝飾品を売ってお金に換えていたのです。私たちはそれに協力をさせられて……」
「そうです。もう嫌です、こんなことはお止めくださいと申し上げたら『それではあなたたちを盗人として衛兵に突き出すわ』と仰られて……」
「は? あなたたち何を言っているの!? どうして私が自分の物を売らなくてはいけないの?」
ユリアーネは驚きのあまり開いた口が塞がらない。ユリアーネとて自由になるお金はある。五年前、ヴァルツァー領を出るときに少なくないお金を持たされていたが、王宮で使う必要はなかった。最近は滞りがちだが、前国王陛下がご存命中はちゃんとユリアーネの予算が組まれ支給されていた。おしゃれに興味がなく交友関係があまりに狭いユリアーネはそのお金の使い道がほとんどなく、たまる一方だったのだ。
「どちらが言っていることが正しいのだ?」
テオドールが戸惑いの声を上げるとイゾルテがテオドールに近づいた。
「テオ様、彼女たちの事は私、よく存じております。嘘を言うような方たちではありませんわ」
イゾルテが指し示したのはメイドたちだった。
「私は嘘を言っておりませんわ」
ユリアーネはこめかみをピクピクさせながら反論する。マルゴットは後ろでぶんぶんと首を縦に振っているが彼女が口を出すことは出来ない。
「失礼、これは後で報告しようと思っていたのですが……」
眼鏡をくいッと上げてハンネス・ヴェーゼがテオドールに一枚の紙を渡した。
「先日、私の所にもヴァルツァー様から贈り物が届きまして不審に思い調べてみた結果です。ヴァルツァー様のお名前で私やハイツマン公爵令息様に贈り物をなさっていますね。私の婚約者がヴァルツァー様と親しいようなのでその関係かもしれませんが、それにしては高価な品物だったので……ああ、下に書いてあるのが売られた品物です」
「……全て僕が贈ったものだ……」
テオドールは茫然としている。
謀られた……と思いながらユリアーネは「私ではありません、メイドたちが私の私物を盗んだのです」
と繰り返すしかなかった。
メイドたちがユリアーネの私物を盗んだのは金銭目的ではなくユリアーネの信用を失墜させることだったのだ。街で盗んだものを換金するときも人目を避ける必要はない、むしろ堂々とユリアーネ様の指示で、と言ったのだろう。プレゼントを贈るときもそうだ。彼女たちはユリアーネ付きのメイドたちなのだから。
メイドたちが盗んだ物が全てテオドールからの贈り物であることも芸が細かい。まあ、ヴァルツァー領から贈られてきたものは大事な思い出の品だったからメイドたちがわからないところに隠しておいたのだが。それにしても前国王陛下からいただいたものもあったのに見事にテオドールから贈られた物だけをメイドたちは盗んでいる。そしてそれに気が付いたテオドールにユリアーネは驚いた。
テオドールは律儀な性格らしく定期的に贈り物がユリアーネの元には届いていた。それはあの無言のお茶会が無くなってもずっと。でもテオドールは贈っておけと指示を出すだけで侍従か誰かが適当に選んだものを贈ってくると思っていたのだ。ましてやテオドールが贈った品物をリボンの一つまで覚えているとは思いもよらなかった。
「僕の贈り物はいらないということか……」
テオドールの口から低い呟きが漏れた。
「ですから、売ったのも贈り物をしたのも私ではないと申しておりますわ。メイドたちが勝手にしたことです」
「そんなことをして彼女たちにどんな得がある」
「それはもちろん私の信用を―—」
(信用なんて元からあったっけ?)とユリアーネはハタと考えた。テオドールとの関係が良かったことなど一度もない。信頼関係など元から築いていない。
(私が他の男の人に言い寄ったと理由を付けて婚約破棄をする為?)それも何か違うような気がする。ユリアーネに瑕疵など作らなくてもテオドールの側からは簡単に婚約を無かったことに出来るだろう。
コホンと咳払いをしてユリアーネはテオドールを見上げた。
「私はテオドール殿下の贈り物を売ったりしておりませんわ。信じていただけないとは思いますけど」
至近距離でユリアーネに見上げられてテオドールは顔をゆがませた。
「ふん、お前が僕に対して素直だったことなどあるか?」
「……ありませんわね」
「今更何を言い繕っても無駄だ。ああ、お前にやったものはお前のものだ、売ろうがどうしようがお前の自由だ。しかしその金を他の男に貢ぐなど……」
「ですから!」
ユリアーネはもう面倒くさくなってきた。テオドールがユリアーネの言うことを信じないのだから何を言っても無駄だろう。
「私の言うことを信じられないならご勝手になさいませ。どうなさいますか? 婚約破棄ですか?」
「…………婚約破棄はしない」
テオドールは顎に手を当てて考えた。
「しかしお前は僕の事が気に入らないのだろう? 贈り物を売り払うほどに。だから僕が目に入らないところへ行くがいい」
テオドールは振り向いてハンネス・ヴェーゼに命令した。
「西の離宮を手入れしておけ。それから新しい使用人を用意しろ」
「かしこまりました」
テオドールはユリアーネを振り返り顎に手を当ててグイッと引き寄せた。
「西の離宮に行くがいい。もし……帰って来たければ僕に泣いて縋れ。もう二度とこんなことはしませんと許しを請え。そうすれは考えてやらなくもない」
「私は何もしておりません。ですから許しを請うことなどありえませんわ」
至近距離でも目を離さずユリアーネはテオドールの瞳をグッと見据えて言った。
「ふん」
テオドールはパッと手を離し唐突に踵を返した。
婚約を結んでもうすぐ五年、これがテオドールが初めてユリアーネに触れた瞬間だと二人は気づいていただろうか?
広大な王宮はいくつかのエリアに分かれている。東の大門は壮麗な門でここが王宮の表玄関だ。前庭の両脇に各種役所が立ち並ぶ。その奥にあるのが本宮でその周辺にはホールや雅な庭園があり、政治の中枢であると共に社交の中心でもある。北に向かうと騎士団の団舎や訓練場、南に向かうと従業員棟などがあり、本宮の奥に、本当に限られた人しか出入りできない奥宮がある。そして騎士団の演習場から西に進むと雑木林が広がっている。かなりの広さの雑木林を抜けた先、王宮の西の果てに小ぶりの離宮がポツンと建っている。
その西の離宮に向かうべくユリアーネはマルゴットと共に馬車に揺られていた。
なんでもその離宮に行くのは一旦王宮を出て王宮の外塀をぐるっと回り西の通用門から入るのが一番早いそうだ。王宮の中から向かうのは雑木林を突っ切らなくてはならないので馬車が使えないからである。
と言っても馬車を使っても小一時間ほどかかる。
「到着いたしました」
御者の声に馬車を降りると小ぶりの門があった。門扉も木製で粗末なものである。
「馬車ではこの門を通れませんので申し訳ありませんがここから歩いていただきます」
御者が門に常駐している衛兵に声を掛けると彼らが出てきて馬車の中の荷物を持ってくれた。連絡が届いていたようだ。
門から歩くこと五分、離宮に到着する。本当にこじんまりとした可愛い邸宅だ。西の離宮は木造で赤い屋根の素朴な造りをしていた。
玄関のノッカーを衛兵が叩くと中から三人の男女が出てきた。それぞれ執事、メイド、コックと名乗ったがユリアーネは彼らのうすら笑いが気になった。
衛兵の前では神妙にしていた彼らは夕食時に早速本性を現した。
「お嬢様の夕食がこれとはどういうことですか!?」
マルゴットの怒鳴り声が聞こえ、ユリアーネは食堂に顔を出した。
「どうしたの? マルゴット」
「お嬢様、見てください」
マルゴットが指し示したのはクズ野菜の浮いたスープと固いパン、それに少しの肉と野菜だった。
「ふうん……ここのコックは随分腕が悪いのね」
「なんだと!」
ユリアーネが馬鹿にするとコックが腕まくりをして凄んだ。ユリアーネはそんなもの怖くもなんともない。
「そうでしょう、こんなものしか作れないんだから」
「うるせえ! 文句を言わずにとっとと食え!」
コックがユリアーネの腕を掴もうとする。ユリアーネはひらりと躱すと逆にコックの腕をひねり上げた。
「いててて! 離せ! 離せよ!」
「あらごめんなさい」
パッと離すとコックは顔をしかめながら腕をさすっている。
「どうしますの? もう一度腕をひねりましょうか?」
そう言うと「チッ」と舌打ちをしてコックは渋々夕食を作り始めた。
結局、作る間監視をしてユリアーネが夕食にありつけたのは一時間後だった。
全てがそんな感じで一週間でユリアーネとマルゴットは疲れ果てた。
コックは見張っていないとまともな食事を作らない。ユリアーネの身支度はマルゴットが整えるが、メイドは掃除もしないしベッドメイクもしない。洗濯物を渡すと破れて返ってくる。執事は何をしているのかユリアーネたちの前に全く姿を現さなかった。
「お嬢様、これはあまりにひどいです。使用人を変えてもらいましょう」
「そうね、本宮に行きましょう。癪だけどテオドール殿下に使用人の交代を頼むわ」
(泣いて縋るわけでも、過ちを認める訳でもない、これは正当の権利よ!)とユリアーネは腕を組んでマルゴットに頷いた。
次の日、ユリアーネは馬車の手配を頼むために執事を探した。
執事はメイドとコックと奥の一室でカードゲームに興じていた。
「……馬車の手配をお願いするわ」
怒りを押し殺してユリアーネが告げると執事は鼻で笑った。
「はあ? する訳ねえだろ」
「ここの主人は私よ。あなたを解雇することも出来るのよ」
「出来るもんならやってみな」
拳に力を込めた時、マルゴットが後ろから囁いた。
「お嬢様、殺人はいけません。淑女です、淑女」
ふうーーっと力を逃がすとユリアーネはマルゴットに言った。
「西の通用門の衛兵に馬車の手配をお願いしましょう」
しかしそれは叶わなかった。衛兵がすまなそうに言ったのだ。
「申し訳ございません、俺たちは勝手に本宮の馬車を手配することが出来ません」
「では、街の馬車でもいいわ」
「それなら手配できますがヴァルツァー様をお乗せすることは出来ません」
ユリアーネは許可無く王宮の外に出るのを禁じられているのだという。王族か宰相の出した許可証があって初めてこの門を通ることが出来るらしい。マルゴットは帳面に記載すれば出入り自由だが、マルゴットだけ本宮に向かってもテオドールに会うことは出来ないだろう。
「その許可証はどうしたら手に入れることが出来るのかしら?」
「離宮の執事さんにお願いすれば連絡してくれると思いますよ」
ユリアーネはがっくりと膝をつきそうになった。
次話予告『決意したユリアーネ』です。




