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ナイラーに対するアルトの推察

 冷たい星の様な銀色の閃光が現れ、ついで虫のお尻に似る緑色の発光色が球体を作り俺の車の右側を包むと、見事ナイラーが閉じこもる左側のバブルの一部に結合と言うか浸食した。初夏の河原に飛び交う緑色の内側は実は透明で、おそらく大気圏を通過するときに「聞こえる」車外の無音よりもさらに静寂だった。

「どうしました?」幸運を感じ取られぬよう、俺は車から降りて言った。

「あぁ、あんたか。ツインエンジンの片肺が止まったんだ。今はまだ詳しくは分からないけど、たぶんどちらかのシリンダーがやられたんだと思う。両方ともやられたくないから、止まったんだよ」あんたか、ということはつまり俺を誰だか認識していたのだった。

 俺は初めてナイラーの声を聴いた。掠れていたり、甲高かったりの特徴はない。でも言い方はぶっきらぼうだった。嬉しさは100点満点ではないけれど、80~90点と満点の差は俺にはもちろんなかった。

「レスキューには連絡してるんですよね?」

「待っているところさ」ナイラーはゴーグルの中から直視した。

「ぼくが引っ張ってあげますよ。地蔵を乗せていた台車があるんです。あなたはあれですよね? 蛇女を届けた帰りですよね」

「そうだけど、地蔵ってなに?」

「あなたが届けたキャラクターの恋人です」

「なんだそれ?」

「とにかくぼくが引っ張りますから、レスキューには解決したから来なくてもいい、って連絡してあげてください。彼らも忙しいだろうし、知っていると思うけどレッカー代はかなり高額ですよ。まして大気圏だからなおさらに」

「・・・・・・」

「遠慮しないでください。困ったときはお互いさまです」

 俺はナイラーのサイドカーを押して台車に乗せ、もちろん拘束ベルトでしっかり固定した。

「このバイク、ユーロのビンテージですよね? すごいですね」バイクのことはよく分からないけれどユーロのビンテージは貴重だということくらい分かっている。

「そっちも旧車だろ。どこかいい修理屋を知っていたら紹介してもらいたいんだけど」

「もちろん。いつも世話になっている旧車専門の工場があるんです。旧車に乗るぼくたちの足下をみて、かなり割高ですけれど、古い車やバイクを専門にしているんで修理に関しては安心してください」

「あんたのはV8か?」

「そうですね。一応は」言われてちょっとうれしかった。

「調子はどう?」

「悪くないですよ」

「よかったね」ナイラーの口元が初めて緩んだ。

「こっちに乗ってください」俺は助手席のドアを開けた。思えば助手席に誰かを乗せたことはなかった。俺が子供のころ親父の隣に乗っていただけだ。

「親切なんだな」ナイラーは言って俺の車に乗り込んだ。そして「端末」を使いレスキューに連絡をした。メットは脱いだがゴーグルは外さなかった。細い流線型の形のいい小さな頭を丸刈りする、しかも赤い髪には少なからず驚いた。それにしても頭の形がいい奴は、顔もいいらしいが、後にゴーグルを外した彼女の素顔を見たとき、その説は正しい、と思わざるを得なかった・・・・・・。

 ナイラーは予想した通り無口で、こっちが話しかけても、そう、とか、かもね、とかしか言わなかった。でも決して不機嫌だったわけではなかったと思う。彼女は誰とも関わりたくないと思っていたが、こうして拘わらざるを得なくなったことに戸惑っているだけに見えた。だからそのうち俺も、運んでいるときに思い悩んでいたり不安がっている様々な「キャラクター」に対するのと同じく、話しかけることをしなかった。心の中では踊りたいほど浮かれていたのだが・・・・・・。


 旧車修理を得意とする「アルト自動車工場」までサイドカーを引っ張ってきて、工場長のアルトに引き渡すと手先の器用な巨漢の老人は目を丸くして驚いた。

 持ち込まれたユーロは「カフェⅠ型」というバイクだったらしく、実物を見るのは還暦を迎えたアルトが子供のころ父親に連れられて行った、今はとっくに閉館して久しい「バイクミュージアム」で展示されていた以来だったらしい。

 「あんたミュージアムの館長の子孫かなんかなのかい?」アルトは割とまじめに聞いた。

 「それは違います。死んだ身内が所有していて、今は私が乗っているんです。大事にしているつもりだったけど、とうとう故障してしまったんです」ナイラーは愛想なく答えた。

 「館長だってとっくに死んでるだろ? 身内じゃないのかい?」今度は冗談を言った。

 「・・・・・・」

 ナイラーはゴーグル越しにチラっと俺を見た。俺は意味もなく頷いた。


 アルトがキックするとユーロのエンジンはポコポコ歌いだしたが、ポッコポッコ、と二人には聞こえるようだった。

「そうだな。一つが完全に死んでるな。走ってて違和感もあったんだろ?」

 アルトは何度かアクセルを開けて吹かした。

「でもスゲーな、本当に動いてるぞ。なっ?」巨漢の老人はうれしそうだ。

「アルトなら修理できるでしょ?」俺はアルトに聞いた。

「あんたが預けてもいいって言うならバラして確認するけど、なんて言うか、うちに限らずこいつの純正パーツなんてまず手に入らないよ。俺に出来るのは生きてる方をテキストに4Dコピーして造るしかない。でもそうしたら素材そのものが違ってくる。ツインのシリンダーの素材が違えば、連動バランスも違ってくるから、それはいずれ新たな故障の原因にならざるを得ない。だとすると、二本とも現代の素材で造った方が、長い目で見れば得策だ。要するにエンジンで一番大事なパーツが純粋なⅠ型ではなくなる。これだけ貴重なバイクのオーナーのあんたがそれをどう考えるか、問題はそこだ。どうする?」アルトは言った。

「・・・・・・つまり、外観は変わらないけど、内部は変わるってことね? ある意味で魂が新しく生まれ変わる、そういう理解でよろしい?」

 「俺が言ってるのは魂の問題じゃない。鉄屑の歴史の問題だ」アルトは笑った。

 「私が言いたのは、私の魂が生まれ変われるのか、って言うこと」ナイラーはゴーグル越しの目だったけれど、たぶん本気の雰囲気があった。

 「・・・・・・切っ掛けにはなるかもな」無学に見えるアルトは車やバイクを愛する者の気持ちをよく理解しているし、独自の哲学を持っているのだった。

 「いくらかかってもいいから、お願いできるかしら?」取りあえずだろうけれど、ナイラーはアルトを気に入ったようだった。

 「あの世に行ったとき、親父にする自慢話が増えそうだ」アルトはナイラーのゴーグルの奥を覗いて頷いた。

 そして男前のアルトは、ユーロを預かっている間の代車を無料で貸してやる、と言った。店のロゴが入る4WDの軽トラックだった。


「どうあれ、働かないと修理代が払えないだろ? 乗っていきな」


 無遠慮なのか、それとも大事なバイクを預ける老人を最後に試したのかは不明だが、ナイラーはアルトの愛車「コパ」がいいと言った。前後のフェンダーなど各種パーツを可能なだけ取り去り、もともと燃費が悪いにも拘わらず小さな燃料タンクに付け替えた1200CCのビンテージ「コパ」。アルトは自分のバイクを求められ一瞬固まったが「光栄なことだ」と笑い、操作を教えた。と言うのもアルトのコパはジョッキーシフトだったからだ。

 車のマニュアルのように左足でフットクラッチを踏み込み、左側面から伸びるシフトレバーを手で操作する。スタートはキックだったが、ユーロも同じなので、始動時にエンジン内部へ,燃料を送るチョーク弁の開閉や、それを充満させるキックの空打ちも彼女は理解していた。

「ユーロよりも排気量とおそらく重量はあるけど、結局走ってしまえば同じさ。違うのは加速と排気音だけだ」

 自分でやってみろ、と言われたナイラーは、カシカシ、カシカシ、二度の空キックをして火入れの準備を済ませると、本蹴の一発で見事エンジンを掛けてみせた。蘇生したかのようなコパは、低い車体を揺すりドロドロ、ドロドロ、そこらに重たいモノを吐き散らかす感じの排気を始めた。

 整備がいいからだ、とナイラーのキックを褒めなかったアルトはナイラーを促し跨らせた。ナイラーは言われるがまま揺れる車体を真っ直ぐに立ててサイドスタンドを畳んだ。車体が低いぶん脚の長さは際立った。ギッユッと絞られるコンパクトなハンドルに手を添えるトレンチコートの袖も明らかに揺れている。

「下からの振動がすごいぞ」ナイラーはゴーグル越しに俺の顔を見て、その時は嬉しそうにはっきりと笑った。

 最後に大気圏で使うハイビームシールードのスイッチの位置を教えられ、それはユーロと逆だったみたいだ。

「こいつのは右にあるからな。癖で左をいじろうとしてもそこにはないぞ。突入するとき慌てるなよ」

「そうね。気を抜いていると癖って出るから。それで侵入角度を間違えでもしたら大変なことになるし」  

 ナイラーは左グリップのスイッチをオンにした。ヘッドライトの光がより強くなり、放射線状に大きく広がった。光の先には角度を測る緑色の点もはっきり見えた。


 ナイラーはアルトに言われると嬉しそうに試運転しに行った。手を振っていたので、よほどうれしかったのだろう・・・・・・で、彼女がいなくなると直ぐに高齢者のメカニックは声を潜めるのだった。

「俺が知っている限りの話で言えば、ってことだが、旧車好きの間ではカーマンラインでユーロのⅠ型を所有していたらしい、って言われていた奴は一人だけだ。昔し死んだハバJrだ。言いたいことは分かるか?」

「えっ?」

「・・・・・・」




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