最初の接触 2
そもそも「台車」に乗せなければならない「配達物」だったら、どこかの会社の社員を使ってトラックで運ばせればいい話なのに倉庫係りは言う。どこのトラックもちょうど出払っているし、サイズ的に大型でけん引するほどでもないってことは、コスト的に見合わない、と言うことだ。そのうえ他の奴らの「脚」じゃさすがに悪いだろ?
「お前の車は馬力自慢じゃないのか?」係りは俺の肩を親し気に叩いた。
「重いものを運ばされるこっちの燃費も考えてくれよ」俺は叩かれた肩の手を払った。
「まぁ、そう言うな。少しはツケといてやるから。即配なんだ。台車に乗せて用意しているから直ぐに3番バースで受け取ってくれ」
「勘弁してくれよ」
「ナイラーが少し前に白蛇娘を届けに行ってるんだ・・・・・・地蔵と白蛇は同じ村の恋人同士なんだってよ。石とナニする白蛇の娘の物語ってなんなんだよな」係りはゲラゲラ笑った。
乗り気じゃなかった俺は、一言で気が変わってしまったのを見透かされないよう渋々伝票を受け取った。
ナイラーが「キャラクター」を届ける同じ作品に違う「キャラクター」を届ける機会は初めてだ。しかも即配便でだ。上手くいけば現場で会えるかもしれない・・・・・・しかしそうはいかなかった。巨大な地蔵は平台車には乗っていたのだが、一切固定されてはいなかったのだ。
「ガンガン飛ばさなければ重いから平気だろ」素人作家専門棟の倉庫係りは結構無能なのだ。
「そうは行くかよバカか?」結局は自分で巨大な地蔵に拘束ベルトを巻きつけ、大八車から進化したひ孫のような平台車に固定したのだったが、今度は台車と車体を繋げる接続フックが見つからず、ようやく倉庫の一人がずいぶん前に私用で勝手に持ち出したのを思い出し、従業員用駐車場に停めた自分の車の後部座席の下とか、とにかくそんなところから探し当てるという、顛末を経るとそこそこ時間が経っていた。
薄ら笑いしているように見えなくもない、巨大な地蔵をなんちゃって亀甲縛りしたとは言え、普段の速度で飛ばすわけにはいかないし、そもそもかなりの重量だった。そんなわけで、夜中にパソコンを開いてジントニックをちびちびやる三十代女のワンルームに着いたとき、明日も朝からパート出勤する作者は机の前で軽く舟をこいでいた。ナイラーはもうどこにもいなかった。
「・・・・・・で、降ろすときは台車を適当に揺すって、そこら辺に落っことすしかないから、それでいいぞ」
出発前、倉庫係りが言っていたので、俺は指示に従い、初めはシフトレバーをドライブとリアへ交互に入れて車を前後に揺すってみたが、もし仮に地蔵が前方へ倒れでもして、車のトランクを凹まされてみろ? たまったもんじゃないぞ、ということに気が付いた。そこで確実に後ろへぶっ倒すために、フットブレーキを踏みながら同時にアクセルをベタ踏み込みしてV8を唸らせ、リアタイヤには白煙と悲鳴をあげさせた。空回りするリアタイヤに車は左右へ揺れだし、心拍数は上がった。
赤く尖ったタコメーターの針が円の中の限界まできて停止すると一気にフットブレーキを解除した。俺の首は後ろへ吹き飛び、頭がシートに張り付いた。バックミラーに映っていた直立した巨大な地蔵は一瞬で後方へ倒れ台車に後頭部を打ってから、半笑いをそのまま滑り落ちパソコンの文字の中に消えた。俺の心拍数はまだ激しかった。まるで誰かと殴り合った後のようだった。地蔵の見事な倒れ方はさすがに笑えた。
緑色に発光する緊急用バブルを見つけたのは、そんなわけで帰りの大気圏でのことだ。
フリーの配達員に義務化されている二年に一度の公的な講習で最後に視聴しなければならない、睡眠導入術に他ならない動画や誰一人読むことのない「しおり」に写っているカラー写真以外では見たことがない「バブル」の実際の姿は幻想的ですらあった・・・・・・とは言え、この事態は少なくとも誰かの緊急ごとなのだから、当然俺はそちらへハンドルを切り近づいた。
地上の湖畔の朝靄に似ている、と言う半透明の白い世界の中に浮かんだ幻想的な光の球体は黒いサイドカーを包んでいた。
こんな場所に留まらざるを得ない危険な事態を理解していないはずはないのだろうけれど、黒ずくめの背の高い人影は退屈そうにしている風だった。
「どうしました?」横づけした俺は言ったが、もちろん相手には聞こえてはいない。でも俺の口の動きでナイラーは首を横に振り、両肩を持ち上げた。
「待ってて」俺は叫んだ。
ナイラーは細くて長い首を捻り、ミラータイプのゴーグル越しにこっちを凝視した。
俺はダッシュボードから緊急用バブルを取り出してそれを見せると、安全ピンを抜いて車外に放った。言い方は悪いけど、彼女に話しかけられる決定的なチャンスだった。使い捨てる緊急用バブルをどこかで買い直さなければならないのはちょっとした出費だが、偶然のチャンスはどこかで売ってなんかいない。