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ルーラ

 ナイラーのサイドカーに乗ったのは初めてだった。座面が固いサイドの乗り心地は決していいものではなかった。これまで彼女に運ばれてきた「キャラクター」も同じように思っていたことだろう。

 人生最後の大気圏に突入すると、軽い衝撃も耳慣れた静寂も、生きのいいポコポコがこれで最後ですね、と歌っているようで涙を誘った。

「ねぇ、ナイラー。そう言えば俺には影が見えないんだけど、俺の影はあるのかな?」自分が運ばれるキャラクターになった今、自分の影が見えない。俺を求めた作者は「この物語」を必要とはしていないのだろうか?

「ちゃんとあるよ。あなたが二人いるみたいにね。でもいい? ミコよ。私はミコ キーラレイン。恋人の名前くらい間違えないでよ」ナイラーはこっちを向いて口元だけで笑った。

「・・・・・・」影があるらしいので安心したが、そんなことよりも恋人って何?

「私はね、気分屋で我がままなの。分かった? ルーラ」

「・・・・・・ルーラって車のあだ名だよ。じいさんは違ったみたいだけど親父も車のあだ名でルーラって呼ばれていたんだ。そっちこそ俺の名前を間違えないでくれますか」半べそだった俺はうれしくて笑った。


 ・・・・・・車は「ヘザー 4.5」だが、積んでいるV8が「声変わり」したことで「ルーラ」と呼ばれ、俺も親父も「ルーラ」と呼ばれていたのだ。

 本来のV8は、ヴァロロン、ヴァロロン、みたいに吠えるものだが、ある日を境にエンジン音を変える希少なV8がある。カラカラ乾いた音へ突然「声変わり」するのだ。走行距離や稼働時間にある程度は関係するようだが、決定的な原因は少なくともアルトにも分からなかった。

 彼は稀に持ち込まれる「ルーラ」のオーナーに内緒で、こっそりキャブレターの調整を変えたり、ファンベルトのテンションを試してはみたが「ルーラ」は「ルーラ」らしくカラカラ乾いた音を変えなかった、と言う。もちろん俺の親父が引き継いでいたときにはすっかり「声変わり」していたらしいこのV8も、貴重なサンプルとして、サービスでフルオーバーフォールしてもらったことがあったようだが、あるいは勝手にいじくられたのかもしれないけれど、ヴァロロン、ヴァロロン、と吠える先祖返りはしなかった。

 そんなわけでアルトは生涯を通じ、多くのV8と何台かの「ルーラ」をいじくった末に、こう結論した。


 合理的に考えるのならば、整合性のない推論か、むしろファンタジーな結論が、一番合理的かつ信憑性が高い。つまり鉄には生身の生命があり、ときとして他とは違う生き方を選ぶのがいて、それを貫くんだ。

 アルトが「魂」の存在を確信していたのは当たり前のことだった・・・・・・またこれは親父から聞いた話で、アルトも同じことを言っていたのだが、昨日今日を境に音を変えるV8が「ルーラ」と呼ばれる所以は、たまたま積んでいた何某の車種の、オーナーが「まるで声変わりした息子のルーラみたいだ」と呟いたことによる、というのが定説になっている。





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