カーマン・マイツ
「寝ていたら叩き起こされてこの仕事を押し付けられたんだ。出勤していたドライバーの奴らは自分が嫌な仕事はしないだろ? だからあんたのことが好きだったんじゃないかな? あぁ見えても魂までは腐っていない連中なのかもな」二人で走り出してから彼女は左横に寄ってきてユーロの上から言った。
「俺を運ぶような仕事はギャラが安いだけじゃない?」
「・・・・・・確かにそれは言えてる」ナイラーはようやく笑った。
俺たちは昨日のアルトとは違う、部屋から一番近い別の「流し場」へ向かうのだった。
「この車を天の川へ向けて流したいんですけどいいでしょうか?」おおよその見当をつけた使用料を持ってきた俺は受付のマダムに聞いた。
「ここはゴミ捨て場じゃないんだよ。しかも飛び込みは受け付けていないんだ。そんなこと知ってるでしょ?」紫色のパーマネントの中年女は鼻で笑った。
「でも今はどこのレーンも空いてますよね? どこでもいいから一つを貸してくださいよ・・・・・・なんなら少し多く払いますから」俺は頼んだ。
「料金は決まっているんだ。私をバカにしないでくれる? 予約して午後においで。午後も空いてるから。今日は誰も死なないみたいだよ」パーマネントは手元の「端末」をいじくりながら、笑った。
「だけど、ちょっとした用事があって急いでるです」
「・・・・・・」
「はぁ」ヘルメットは脱いでいたがゴーグルをつけているナイラーはこれ見よがしな溜息を吐いた。
「・・・・・・そっちも頼みごとをしてるんならその失礼なメガネをお取り」紫はナイラーの顔にある二つの丸いミラーを睨んだ。自分の顔が映ったらしく紫色の髪を整える真似をした。
「あなたの小指だったらサイズが合うかしら?」ナイラーはトレンチコートの襟を少し開けて、実は常に首から垂らしていたらしい細いチェーンを引き千切り、光の角度によってゴールドだったり黒光りだったりの反射をする、いかにも高価そうなリングをチラつかせた。そして融通の効かない中年女に握らせた。パーマネントは目を丸くしてたぶん息も止めた。
「カーマン・マイツよ。あなたに似合うかもしれないから嵌めてみて」ナイラーは右の人差指を口元に持っていき、俺に向かって首を振った。
「・・・・・・料金を払って好きなレーンを使いな」パーマネントは芋虫の様な左の小指にそれを嵌めた。
「あなたには関係のない、私の気持ちだから絶対に何も言わないで」ナイラーは俺を睨み付けた。昨日の白い河原のときのような殺気はなかったが、強い意志はあった。
そんなわけで3レーンを選び、V8のシフトレバーをドライブに入れサイドブレーキを解除した。俺は洗車していなかったことだけを後悔した。三世代も世話になった車の最後だったのだ・・・・・・影が見えてきそうなくらい低くて重い音を立てて天の川の方にゆっくり走りだした無人の運転席には親父がいるようだった。
名もない俺たち一族のV8のために、喪に服す象徴としていたのかもしれない、かけがえのないリングを手放したサイドカーの未亡人が傍にいなければ号泣していたところだ。
・・・・・・俺は「親父の後ろ姿」をいつまでも見守っていたかったけれど、ナイラーは許さなかった。いい加減俺を届けなければ地上の作家は「自由な物語」を、始めから破綻させてしまう。大袈裟かもしれないけれど、そのような事態は、作家の「愛」の一つを奪ってしまうに等しい。地上で創作活動する素人連中の「愛」は、業界の末端で彼らを専門とする俺たちフリーの運び屋のプライドと地続きなのだ。




