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とても名誉なこと

「身内がいたら最後の声を聞かせてあげて」ナイラーは俺の肩を握った。細い指は骨ばっていて力が強かった。

 戸惑いながら半笑いすると身体中の熱が耳たぶへ集まった。

 俺は離れた街の施設で暮らす母親に連絡した。母親は自分の誕生日でもない連絡に驚き、事情を伝えるともっと驚いた。「でもとても名誉なことじゃない」母親は言ったが、声だけじゃなく膝まで震えているのが伝わってきた。

「・・・・・・あなたの好きなようになさい」母親は亡き夫のV8の処分にも同意してくれた。電話の切り際に、初めて「愛しているよ」と口にした。

「あいつにもよろしく伝えといて」父親以上に上手くやってこれなかった妹のことだ。

「兄妹なんだから自分でしなさい」母親の最後の言葉だ。俺たちは親の心をどれだけ煩わせてしまっていたことだろう。

 母親が世話になっている施設の費用は、そこそこ裕福に暮らしているらしい彼女の「はした金」で賄ってもらっているから当然感謝している。でも俺たちの関係は幼少の頃から根深いのも事実だ。その根拠や出来事はいくつもあるが、割愛させてもらう・・・・・・。

「・・・・・・」俺はいくらか残っていた貯えを全て母親が手に出来るよう「委任状」を書きながら、迷っていたが、でももう最後だし、と思い妹へ連絡してみた。出ないでくれ、出ないでくれ、と念じながら。

 妹は電話に出なかった。気が付かなかったのか、わざと出なかったのかは分からないけれど、逆の立場なら俺は絶対に出ない。

「もしもし、ちょっとした用事が出来たんだ。詳しくはおふくろに聞いてくれ・・・・・・」

 留守電に残した。でも最後まで謝れなかったし、感謝も伝えなかった。

 俺は今後「物語」の中で生き続けるのだろうから、これまでの関係を謝ったり、母親のことへの感謝を伝える最後のチャンスは来世にも持ち越されないわけだ。お互い憎しみ合い過ぎてしまっている・・・・・・だってそれはそうだろ? 母親の施設の費用を相談したとき「出して欲しいなら私と旦那の股を潜ってみてよ」と言われたのだ。もちろん母親のいないところで。そして俺は、子供はいないけれど、どちらにも恋人がいるらしい二人の股の間を順次潜った・・・・・・ただ考えてみれば約束は守る連中ではあったようだ。それだけでもありがたいものだ・・・・・・俺は部屋の電気を消して外に出ると、ナイラーに「委任状」を託した。

 「本部のシマさんに渡して欲しいんだけど、いいかな?」

 「もちろん。あいつは人情があるし、社会的な地位もあるから適任だと思うよ」ナイラーはトレンチのポケットにそれをしまった。

 


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