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世界にはまだ正しい側面が残っている

 ナイラーは長い脚の上にある細い腰に手を当て、辺りの静寂を乱すことなく静かに泣き始めた。今さっきは抑えたはずの妄想が意に反し飛び出してきてしまい、なんなら俺は彼女の手ではなく小刻みに震える肩へ腕を回してもいいものか? 伸び始めている赤髪の匂いをこっそり嗅いでしまったとしても、それは仕方のないことなのではないのか? 等と河に飛び込むべき状態になっていたのだが、でもそんなことも吹っ飛んでしまい、罰当たりの手前までやってくるとナイラーは声を上げて膝から崩れた。

 俺もしゃがんで、どうあれ今しかないぞ、と意を固めた。嗚咽する細い体を腕で包もうとし、気配を感じたナイラーは首を振って拒んだ。ここでそんなことはするな、だったのか、今はほっといてくれ、の合図だったのかはわからなかった。きっとどちらかだろう、とは思った・・・・・・でも今しかない俺は気が付かなかった振りをしてもう一度トライした。一瞬だったが彼女の身体は見た目よりもずっと細かった・・・・・・ナイラーは色の違う両目から誰とも違わない涙を流したまま睨み付けた。殺気を感じるほどの強さだった。たぶんかなり神聖な場所で、古い友人の魂を少なからずないがしろにした、その不謹慎な思惑のツケを払わされた気がしたが、もちろん俺は河に飛び込まなかった・・・・・・。



「・・・・・・今もね、昔に聞いた幸せの缶カラの音が鳴り止まないんだ」

「・・・・・・」

「それを止めようとしてだったのか、もっと強く聞き取ろうとしたのか、もう自分でも分からないけれど、私は戻ってきた。戻ってくるべきじゃなかったのかもしれないわね」

「ナイラーはミコ キーラレインなんでしょ?」

「残念だけど、ミコ キーラレインよ」

「アルトが気づいたんだ。でも誰にも言わなかった・・・・・・たぶんだけど」

「お前はそうなのか? って聞かれたよ。俺がいつか死んだら魂を流せるのかって」

「それで約束したんだね?」

「・・・・・・誰かを好きなると、いつもその人は死んでしまう。私は呪われている。ケガレどころの騒ぎじゃない」

「アルトは元々持病を持っていたのは知ってるでしょ? ナイラーは関係ないよ。考えすぎだよ」

「・・・・・・カーマンラインに戻ったら、そのうちまたどこかに消えるよ。前とは違うつつましい暮らしだったけど、あんたがいた街で暮らせてそれはそれでよかったかな」

「・・・・・・ねぇ、この際だから聞くけど、俺は死なない感じなの?」

「はい?」

「・・・・・・ナイラーの呪いの犠牲になってもいいから、俺を好きなってくれないかな?」

「・・・・・・ってかアルトは関係ないって今自分で言ったよね? 慰めてくれたって言うか。絶句なんですけど」

「俺の彼女になってくれよ」

「あんた恋人がいたことないでしょ?」

「いないよ」

「世界にはまだ正し側面が残っている・・・・・・あんたを見てるとなんか安心する理由はそれだったのね」

「やっぱり俺じゃダメかな?」

「ダメだろそりゃ。なぁ?」


 このやり取りをしたのは河原だったのか「とても複雑な帰り道」の途中だったのか、俺には思い出せない。



 


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